第63話 お茶会での情報戦には不参加でお願いします

 豪勢な昼食を頂いた後、念のために王宮内の者を診察する。

 思ったより感染者は少なかった。


「俺にうつるといけないという理由で、怪しい症状がでた者はすぐに神殿の診療所に移しているからね。王宮内には重病患者はいないよ」


 そりゃそうか……現王一家全滅とか万が一でもあってはならないからね。


「ところで、ルーク君の魔力はまだ残っているのかな?」

「ほとんど残ってないですが、これがあるのでまだ大丈夫ですよ」


 そう言いながら試験管のような細い瓶を見せるように振る。


「魔力回復剤か。それ凄く苦いんだよね~。悪いね、そんなモノまで使わせて」


「まぁ超苦いけど……苦いくらい我慢します」


「じゃあ、すまないが次は妻たちの友人関係者をお願いしたい」

「分かりました」





 第1王妃のカーミヤ夫人と第2王妃のミラナ夫人のお茶会仲間の家に馬車で向かうことになった。ゼノ国王はついてきていない。午前中抜けた分の仕事をこれから埋め合わせしないといけないそうだ。


 王のお仕事って結構ブラックだよね。重要書類への最終確認は、王が持っている王印を押すことで決裁される。家臣が事前に何度も確認済みでも、この作業が不正等の最終防壁なのだから目を通さないわけにはいかない。さぼるとどんどん溜まっていくだろう。

 俺は国王とかには絶対成りたくない。お兄様、ご愁傷さまです。



「ルークさん、感謝しますわ」

「はい、どういたしまして」


 あれ? 『君』呼びから『さん』呼びになってる?


「これから向かう家の者たちは、わたくしの縁者や友人、そのご家族です。社交性の優れたとても優しい方々なので、ぜひ治してあげてくださいませ」


「カーミヤ王妃のご縁のある方たちですか? 善処いたします」


「身内だから、友人だから、と言う理由が一番ですが、わたくしたちが王宮に招くお茶会仲間は政治的要因も大きいのです」


「政治的要因?」

「ええ、政治には派閥があります。殿方たちは口が堅く、そういう話は外部に漏らしたりしないのですが、ご婦人方は愚痴や噂話としてお茶会時によくぽろっと口を滑らせてしまうのです。わたくしたち王妃は、そういう世間には出回らない情報をお茶会時に上手く誘導して汲みあげるという役目もあるのですよ」


 婦人会ネットワークか……。


「うふふ、カーミヤ、ルークさんのお顔が引き攣っていますよ。大丈夫ですよ、皆、楽しんでお茶会には参加してくれていますから。それとなく誘導して、それとなく愚痴としてこぼしていただいているだけですので」


 ミーファのように「うふふ」と微笑む顔は可愛いのだが、ミラナお義母さま……言ってることがちょっと怖いんですけど!


「なぜ今そういうお茶会の裏事情的なことを俺に打ち明けるのでしょうか?」

「わたくしたちがミーファにそういう話術的なテクニックを教えてあげられなかったからですわ。貴族家には足を引っ張ろうとする者たちがひしめいています。そういう者たちを事前に察知して夫に知らせ、事が起こる前に危険がありそうな案件を潰すのも大事なのです」


「言ってることは分かるのですが、ミーファには無理でしょうね」

「ええ、ミーファが参加していると知ると、皆、急用ができて不参加になるのです。予定の半分以下の参加者しか来ていないのを、聡い子なので自分のせいだと……可哀想に、今は全くお茶会には出なくなりました」


「まぁ俺は父や母から信用なくて、お茶会やパーティーにはあまり参加させてもらえない立場だったので、そういうのは別に今後も不参加で良いと思っています」


「ですがルークさん、神獣様を従魔にしたあなたを取り込もうと、今後はパーティーやお茶会にどんどん誘われることになりますよ。ミーファと正式に婚約発表をすれば少しは減ると思いますけど」


「ハティを政治利用とかしてたら、フェンリルのお母さんが怒って暴れる可能性もあります。元々この国に知人なんかいませんし、面倒事でしかないお誘いは全て不参加で良いと考えています」


「全ての者が悪意を持ってルークさんに近付いてくるわけではないのですよ。そういう場で貴族としての立ち居振る舞いを学ぶのも大事なことではないですか?」


「イベント事への参加も貴族の務めだとは思うのですが、別に一番重要ってわけでもないですからね。他で貢献すればいいと思います。ミーファなら一級審問官として貢献できるだろうし、俺ならこうやって回復師として役には立つでしょう。俺の唯一の弟子となったイリスは、俺が有用に動けるようにサポートをしっかりしてくれていますしね。各々ができることをやればいいのです」


 唯一の弟子と言ったイリスがにっこり笑って嬉しそうな顔をしている……ちょっと可愛い。


「できることをやればいいですか……そうですわね。ゼノがあなたを迎え入れるために10人と交換すると言った時には、『なに馬鹿なことを!』と思ったのですが、あの人もミーファも人を見る目がありますね。わたくしたちも全力でサポートいたしますので、ルークさんのやりたいようにおやりなさい」


「カーミヤ王妃、ありがとうございます」


 とは言ったものの、俺にそういう奥様ネットワークは必要ない。

 派閥や害意のある者の情報はナビーちゃんが全て引き受けてくれるからね。


「ところでイリス? あなたのそのおぐしはどうしたのですか? ちゃんと香油を付けてお手入れをしないと痛みましてよ……にしては、サラサラツヤツヤしていますわね? どういうことかしら?」


「実はわたくしもずっと気になっていましたの! ご病気の方たちの治療に回っているので、このようなことを聞くのもどうかと躊躇していましたが、やはり気になります。なぜイリスの髪はそのようにサラサラツヤツヤしているのですか?」


 カーミヤ王妃とミラナお義母さまに目聡く見つかっていたようだ。特にミーファのお母さんの喰いつきようがちょっと怖い!


 そしてイリス、何故こっちを見る!


 その後、二人に髪を撫で繰りまわされたイリスは、王妃たちの威圧に耐えられるわけもなくあっさりゲロってしまった。


「ではルークさん! 治療をすぐに終わらせて、あなたのお部屋に参りましょう!」


 ミラナお義母さま、お風呂に入りにくる気満々ですね!


「わ、分かりました……」


「勿論わたくしもお伺いしますわ!」


 カーミヤさん、あんたもか!



 *    *    *



 王妃二人は、弱り切った身内や友人を見た時は流石に涙を浮かべて心配そうにしていたが、予定していた6世帯を回り、俺の治癒魔法で全員が元気を取り戻した後は現金なもので、王宮に帰らずそのまま俺の部屋にやってきた。


 現在お二人はイリスの介助にて入浴中だ。



 そしてお風呂から出た第一声がこれだ……。


「ルークさん! とても素晴らしいですわ!」

「ええ! このような品があるとは驚きです! それで、ルークさん……お風呂の後に付ける、お肌を整えるお薬があるとのお話ですが……」


 イリス……入浴中に化粧水のことも言っちゃったんだね。

 そのイリスはレモン果汁の入った冷水をピッチャーに準備して王妃に出した後、俺と目を合わせないようにそそくさと台所に逃げて夕飯の仕込みを始めている。


 顔用の化粧水と手足用のローションを【インベントリ】から出して手渡す。


 それにしてもこの二人仲いいな。キャッキャと騒ぎながらローションを足に塗り広げている。


 細くてシミ一つない綺麗な生足だ。何人も子供を産んだ女性とは思えない綺麗な若々しい肌をしている。


「あらあら、そんなにじ~っと見つめて、ルークさんのえっち」

「うふふ、おばさんたちの枯れた足でも興味はおありなのかしら~」


 二人して俺をからかってくるが――


「お二人ともどう見てもおばさんには見えません。ミーファの姉と言われても疑わないですよ」


「「まぁ! お上手だこと」」


 王妃二人に弄られていたら、ミーファたちもやってきた。どうやら本日の『召喚の儀』の観覧授業が終わったようだ。


「ミーファ、お帰り。どうだった? 上級生たちはなんか凄いの呼び出せた?」

「ただいまです。そんなことより、お母さまたちはここで何をなされているのですか?」


 どうやら俺の前で際どいくらい上まで素足をさらけ出している姿を、エリカがメールに貼ってミーファにチクったようだ。

 ミーファは怒ってますオーラを出しているが、全然怖くなく、むしろ可愛いさしか感じない。


「ミーファお帰りなさい。そんなつれないことを言わないでくださいな。髪やお肌が綺麗になるお薬を使わせていただいていただけですよ」


「ルークさま、お母さまに教えてしまったのですか?」

「教えたというより、イリスの髪を見たお二人が気付いてしまったって感じかな」


「なんですか? 母には内緒にして、自分たちだけこんな良いモノを使うつもりなのですか? 実の娘に邪険にされて、わたくしとても悲しいですわ」


 ミラナさん、嘘泣きしながらミーファをからかって遊んでいる。

 ミーファも分かっているようで、頬を膨らませてむくれっ面だ。


「ところでルークさん。この品々の余分な手持ちはまだおありですか?」


 やっぱそうなるよね……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る