第51話 学園長のピッピちゃん?

 朝、体を揺らされて目が覚める―――


「おはようイリス……」

「おはようございますルーク様」


 イリスと思ったのだが、俺を揺り起こしたのはミーファ姫のようだ。


「ふぇ? ミーファ?」

「はい。あなたの妻のミーファですよ」


 まだ結婚してないでしょ!

 と、突っ込む前に……なぜ彼女がここに?


「ルーク様、実は昨晩『ルーク様たちは毎朝お散歩なさっているようです』とミーファ様に話してしまったのです」

「なんですのエリカ。つい言ってしまったみたいな言い方ですね。わたくしに隠すようなことではないでしょう?」


「ということは、ミーファは一緒に散歩したくてこんな朝早くに訪ねて来たのかな?」

「はい! ご迷惑でなければ、わたくしもご一緒したいです!」


「迷惑ではないけど、俺が痩せるための散歩なので30分ほど歩くよ?」

「わたくしも運動不足なので、ルーク様と一緒に歩いて体を鍛えますわ。やはり目の見えないわたくしが一緒だとご迷惑でしょうか?」


「昨日の体育では、手を引かれた状態で俺より速かったから問題はないと思う。じゃあ、着替えるので少しリビングで待っていてもらえるかな」


 こんな可愛い娘と朝から散歩とか、なんて贅沢なシチュエーションだ。

 こんな体型じゃなければ『どこのラノベ主人公だっ!』て思えただろうに。


「どうしようか? イリスは残って朝食を作ってくれるかな?」

「でも……」


「ひょっとして、まだ俺が逃げるかもとか思っている?」

「信用していない訳ではないのですが、万が一もありますし……」


「イリスさん大丈夫ですよ。ルーク様が逃げたところで、30m以内に追いついてみせますので」


「だから逃げないって!」


 エリカの奴、30m以内で追いつくだと? 俺は100m12秒前半だぞ! と言っても今のこのルーク君の体では、20秒以上掛かるだろうけど……。


「じゃあ、ルーク様の護衛はエリカさんにお任せしますね。私は朝食の準備をしてお待ちしています」

「お任せください。私は食事が作れないので助かります」


 という訳でイリスは俺たちが散歩に行っている間に朝食を作ってくれることになった。



「ミーファ、階段を下りる時は俺の後ろから肩に手を添えると良いよ。万が一転倒しそうになっても、前に俺がいれば転がり落ちることがなくなるからね」


 エリカに手引きされていたのだが、少し改善させてもらった。


「肩ですか?」

「エリカが介助してくれてるけど、姫として優雅な振る舞いができるよう配慮された介助なので、見栄えは良いのだけど姫にとっては少し不便なんだよね。試しに俺の肩に手を添えて降りてみて」


「あ、凄く下りやすいです」

「でしょ、後3段で下に着くよ。はい、着いた。そのまま平地の誘導も肩で良いけど、身長差がある場合は、相手の肘より上の腕を軽く持つと良いよ」


「腕組みの方が良いです」

「そんな恋人がするように腕に絡ませると、今度は歩きにくいでしょ。ほら、片手で俺の肘の上を持ってみて」


「本当です。凄く歩きやすいです」

「手を引っ張って誘導したり、後ろから押すようなやり方は目の見えない人からするとちょっと怖いからしない方が良いよね」


「ルーク様はお医者様の知識がおありなのですね♪ 凄いです♡」


 実は介護福祉士の資格を持っているんだよね。

 俺の通ってた高校は普通科の県立高校だったのだが、自由選択教科の中に簿記か介護の資格が取れる科目があったのだ。俺は介護を選択して2年生・3年生のカリュキュラムを終了して、国家試験に受かって資格を得ている。


 なので、こういう誘導のやり方は知っているのだ。


 歩きながら話すことといえば、やはり今日の『召喚の儀』のことだ。


「わたくしたちA組はおそらく午後からになると思いますが楽しみですね」

「そうだね。ミーファはどんな魔獣に来てほしいの?」


「抱っこして眠れる魔獣が良いです」

「ミーファに戦闘系魔獣は必要ないだろうけど、それだと完全にペットだね」


『♪ マスター、おはようございます。お話し中にすみません』

『おはようナビー。どうした、何かあった?』


『♪ 最終確認です。ナビーを召喚してしまうと、実体を伴い、姿形は呼び出した個体に定着してしまいます。今の状態ですとマスターの【インベントリ】内で24時間活動できますが、実体がないので戦闘などへの直接的なサポートが行えません。逆に実体を得ると外で活動ができるので、戦闘に参加できるようになりますが、個体の体を休める為に睡眠が必要になり、24時間体制のサポートが不可能になります』


 メリットデメリットがあるようだが、ナビーの気持ちは知っている。


『ナビーは俺と一緒に活動したいんだろ?』

『♪ はい……』


『亜空間に戻れないとかだと工房の管理者がいなくなるので困るけど、実体を得てもナビーが工房に行けるなら問題ないよ』


『♪ はい! ではナビーの体は何にしますか? 妖精タイプにはブラウニー、シルキー、ピクシーとかありますが、選ぶ個体で特性が違います』


『ナビーに希望はあるか?』

『♪ マスターのお世話をするにはシルキーが良いかなと思ったのですが、この妖精は家に縛られるタイプで、この世界では座敷童や家に幸運をもたらすゴースト的な扱いなのです。家に縛られてしまうと活動範囲が狭まってしまうので、本来の目的と違ってきます』


『今の姿はピクシータイプだったよね?』

『♪ はい。マスターがやっていたMMOで使っていたものと全く同じ姿をしているようです』


 俺がMMOで作ったアシスト妖精は、詳細にキャラメイキングできる仕様だったので、かなりの時間を使って作りこんだ可愛い容姿になっている。


『俺はそれ気に入ってるけどね。可愛いでしょ?』

『♪ 可愛いですか? う~ん、ただこの世界のピクシーは悪戯妖精なのですよね。悪戯ばかりしているので、人からは嫌われています。実体があってもピクシーは消えちゃうので、捕獲できない厄介な害虫扱いです』


『そうなんだ。じゃあ、ブラウニーは?』

『♪ この世界のブラウニーも可愛くないから嫌です』


『可愛くないの?』

『♪ この世界のブラウニーも身長は1メートル弱で、茶色のボロをまとい、髪や髭は伸ばし放題というのが一般的です。この茶色(ブラウン)を基調とした容姿から、ブラウニー(茶色い奴)と呼ばれるのも全く一緒ですね。ブラウニーは主に住み着いた家で、家人のいない間に家事を済ませたり家畜の世話をするなど、人間の手助けをすると言われています。人に有益という点ではシルキーに近い存在ですが、可愛くないのがブラウニーです。それなら可愛いシルキーの方が良いですよね』


『じゃあ、ケット・シーは? あれは可愛いよね? 人語もちゃんと喋れるし、あれは良い』


『♪ う~ん、マスターにペット扱いされそうなのでなんか嫌です』

『……じゃあ、もうピクシーで良いんじゃない? 今のその容姿って俺が1時間以上掛けて作り込んだものなんだよ?』


『♪ そうなのですか? では、このままの姿のピクシー妖精にいたします』


 ミーファやナビーと楽しくお喋りしながらだがきっちり30分歩いた。寮に戻るとエミリアたちも来ていて一緒に朝食を食べた。


 なんか充実している……良いのかこれ?


 美少女に囲まれて、毎日がこう楽しいと邪神退治とか忘れそうになる。



 *    *    *



「ふぉふぉふぉ、今日は皆のお待ちかねの『召喚の儀』じゃ。1年に1回のチャンスだが、ちゃんと考えて従魔にするのじゃぞ? 全員がスライムなどの下級魔獣を従魔にしても、学園の獣舎にそんなに沢山の余裕はないからのぅ。それと維持費が要ることも忘れるでないぞ? ただしB級以上の魔獣なら国から補助金が出るので、学園にいる間の維持費は全て免除になる」


 今、学園長が一段高くなっている召喚陣の上で開会式の挨拶を行っている。


「昨日授業で説明は受けているだろうから詳細は省く。儂が今から実演するので、やり方をしっかり見ておくのじゃぞ」


 そのままの流れで実演してくれるようだ。


「この台座にあるクリスタルの宝珠に自分の魔力を目一杯流すのじゃ! 宝珠が輝きだしたら召喚が始まる。魔獣はこの時流した魔力を感知して、気に入ってくれたヤツがやってくる。それ故に従魔契約が成立するのだが、何が来るか分からないのが欠点でもあり、毎年楽しみの一つにもなっておる……」


 魔法陣が輝いて治まった後には鳥の大きな魔獣がいた。


「「「おお! ワイバーンだ!」」」


「ふぉ? ワイバーンじゃと! おお! 良いのがきおった!」


 学園長メッチャ喜んでる!


「よし、契約じゃ! 良く来てくれた! メスなら……そうじゃの……名は『ピッピ』じゃ! そうか気に入ってくれたか? よしよし、良い娘じゃのぅ!」


 『ピッピ』って、インコかよ!


『♪ ふふふ、『ピーちゃん』よりマシではないでしょうか?』

『クッ……』


 『ピーちゃん』は、俺が飼ってたペットの名前だ。

 召喚された魔獣が名付けを受けたら体が一瞬輝いた。どうやらこれでこのワイバーンは学園長との契約が結ばれたみたいだ。


「「「ピッピ! 無駄に可愛い!」」」


 俺のつっこみに反して生徒たちの評判は良いようだ―――


「どうじゃ? このように良いのが来たら名付けを持って契約が成立する。以降契約に基づき毎日魔力を決まった時刻に消費するが、きっとこの娘は儂の役に立ってくれるじゃろうて。この歳になって良い足が手に入ると思っていなかったぞ」


 学園長マジで嬉しそうだな。


「見てのとおり、鳥種であるワイバーンの羽はドレイクなどの竜種と比べたらかなり大きい。理由は飛び方に違いがあるからじゃ。ドレイクは魔力で飛行するので羽は小さい。その分、体長はおなじでも体の部分は大きく体重もあるので戦闘力は凄い。魔法で飛ぶのでその場で滞空もできる。一方ワイバーンは魔法も使うが己の羽で羽ばたいて飛行する。上手く風に乗って滑空するのが得意なので、速度はドレイクの倍近く出るのが利点じゃ。ただし、羽で飛ぶので何人も乗せて飛んだりはできないし、失速すると墜落することもあるのでドレイクより事故も多いのじゃ。儂から言わせれば事故は魔獣のせいではなく、操者の腕が悪いからじゃと思うておるがな」


 それって俺のことだよね!


「儂はこれからちと用ができたので、後は教頭先生に任せるかの……」


「絶対ピッピに乗りたいんだわ!」

「だよな……試乗に行くんだな」

「「ピッピに早く乗りたいんだわ」」


 絶対俺もそうだと思う!

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