第46話 魔法の実技実習なのになぜランニング⁉
基本寮内はどちらも異性の立ち入りは禁止になっている。
女子寮へ男子は入れないし、男子寮へ女子は許可なく入れない。
基本的にはダメだが、学園に申請して許可さえ取れば入れるのだ。だって貴族が連れてくる従者の中には異性が含まれているからね。完全に立ち入り禁止にしてしまうと色々問題があるようだ。
エリカとナタリーがすぐに入寮許可を取ってきた。
上位貴族が暮らす3・4階へ行く階段は別にある。
階段の入口にはいつも衛兵がいて、許可証を胸に付けていない者の入場を厳しくチェックしている。セキュリティーは万全だね。
これから食事は毎食俺の部屋で摂ることになったのだが、ミーファの移動が大変そうだ。でもミーファの部屋じゃなくて良かった。
俺が毎回出向くことになっていたら、正直きつかった。
「ゼェ、ゼェッ……ハァ、ハァ~……フゥ……」
「ルーク様、頑張って」
「毎回この階段はきつい」
イリスが応援してくれるが、4階まで上るのはマジ勘弁だ!
もし『階段ぐらいで大袈裟な』と思っている奴がいるのなら、今すぐ近くの標準的体重の男性を一人背負って4階迄登ってみるといい!
「ルーク様、お昼休みは90分ありますが、今回色々時間を使ってあまり時間がないので簡単なものにしますね」
「うん。なんでも良いよ」
先日購入した応接セットの革の椅子に腰かけ、美少女3人がせわしなく調理している姿を、イリスが淹れてくれたお茶を飲みながらそれとなく眺める。
何と贅沢な光景なのだ。
美少女3人が学園の制服姿にエプロン!
日本だといくら払えば実現するだろう……。
『♪ 思考がおっさんです! 下品ですね!』
『だって~、これ日本だとお金取れるよ?』
『♪ 確かに向こうの世界だけではなく、この世界でもお金は取れそうですけど……』
侍女3人が調理しているのだが、時々気になるワードが聞こえてくる。
俺のことだね。『痩せさせる』『量は控えめ』。
ちなみにエリカも調理に参加している。
食器を並べたり、野菜を洗ったりぐらいはできるだろうとイリスが連れて行ったのだ。
「ルーク様、突然押し掛けてご迷惑ではなかったですか? エミリアも本当にごめんなさいね」
ミーファが心配そうに俺に尋ねてきた。
「うん? 驚いたけど迷惑ではないよ。ただ、この食事は慣れるまで緊張しそうだけどね」
「緊張ですか?」
「女子5人に対し男は俺だけでしょ? 可愛い娘に囲まれて、ちょっと緊張している。慣れれば楽しそうだけどね」
「ミーファお姉様、むしろわたくしはお姉様がこうやって間に入ってくれて嬉しく思っています。わたくしだけだとこうやって同じ席に着くことすら厳しかったです。あの……ルーク様……少しお聞きしたいことがあります」
エミリアが自分から俺に声を掛けてきた!
「何だい?」
「ルーク様は……わたくしの素顔が気にならないのでしょうか?」
少し躊躇いがちに聞いてきた―――
『♪ 皆が素顔を見たがるのに、あまり興味を示さないので凄く気になっているようです』
「興味がないといえば嘘になる……。気にはなっているよ。でも、エミリアは俺に素顔を見せたら、俺の気が変わって襲ってくるかもと警戒しているのでしょ?」
「そんなことは……いえ、はい……そうです。襲われるとまでは思っていませんが、興味を持たれて態度が変わるのではないかと……」
ミーファが横にいるんだし、嘘言ってもばれるからね。すぐに言い直し、本心を伝えてきた。
「素顔を知らない俺からすれば、『この自意識過剰女!』と思わなくもないけど、先日エミリアの家の騎士にめっちゃ睨まれたぐらいだから可愛いんだろうね」
「うふふ、そうでしたわね。ジェイル様に威圧されて、精鋭騎士たちが委縮していました」
「そのようなことがあったのですか?」
ミーファがエミリアに簡単に経緯を話した―――
「我が家の騎士たちが大変失礼をいたしました! 申し訳ございません」
エミリアは深く頭を下げ謝罪してきた。
「いいよ、噂の大抵は事実だし。でも騎士たちはエミリアの素顔を知っているんだね?」
「はい、パーティーなどの社交の場は辞退させて頂いておりましたが、領内での公式行事には参加しています。騎士なら護衛の為にその場にいたでしょうし、わたくしの素顔は知っていると思います」
「行事だと大体決められた席に着いているだけだしね。なるほど……」
『♪ 姿を見ただけであれほど慕われるわけではないですからね。女騎士や侍女たちからエミリアの情報が男性騎士たちに流れたのが原因のようです。教会のシスターたちからもですね。奉仕活動中のエミリアの優しい行動がすぐに噂となって伝わっていたようです』
『悪評が速攻で広まるルーク君と全く逆だね』
「あの、姿を偽るなど王族に失礼な行為ですので、ルーク様が見たいと仰るなら……首輪を外します」
『ナビー! どうしたらいいと思う?』
『♪ 見たいでしょうけど、ここは我慢です。見たことで心に不安を持たれるより、警戒心がない方が心を開いてくれる率は高いでしょう。今も緊張しながらでも会話してくれていますしね。今すぐ素顔を知る必要はありません。どうしても気になるのでしたら後で素顔の画像をお見せしてあげます』
『そんなこともできるんだ。じゃあ、やっぱ見たいかな……後で見せてよ』
『♪ 了解です』
「いや、別にそのままでいいよ。ミーファが言っていただろ? 見てくれより中身が大事だ」
『♪ ナビーに見たいと言っておきながら、よくもまぁ……でも、正解だったようですね。凄く安心したようです。ただ、「首輪があるから安心」みたいに首輪に固執する可能性があるかもしれないので注意が要りそうです』
『分かった。やっぱりこういう娘は面倒だな』
『♪ それと、ミーファにはさっきの発言が嘘だとバレたようですが、エミリアの為についた嘘だと即座に判断し、逆に好感度が上がったようです』
『あ~~、本当は見たいくせに中身が大事だとか言っちゃったやつね……』
ミーファの方を見たら、ニマニマとちょっと嬉しそうにこっちを見ていた。
簡単に作ると言っていたが、出された料理は美味しかった―――
ナタリーも料理上手のようだし、3年間食事に関しては美味しいものが食べられそうだ。
* * *
午後からは実技だ―――
「じゃあ、まずはグランド10周!」
なんで魔法実技でランニング!
『♪ ここは騎士養成学校ですからね。最低限の体力がないと、騎士として行軍できません。「後衛職だからついていけません」ではお話にならないので、1年次に最低限の体力をつけるのも課題になっているのです』
『理屈は分かるけど……ハァ、死ぬ……そうだ!』
ある発想を思いつく! これなら今後階段も楽だろう!
「こらっ! ルーク君! 【フロート】の魔法で体重を軽くするのは禁止だ! ズルするんじゃない! それでは体力が付かないだろ!」
使った瞬間バレた!
『♪ 魔法科の教師ですよ。【魔力感知】は当然優れています』
実技授業の教師は5人。最低2人は常に授業にいるが、日によって違う担当がくるそうだ。教員も得意な主属性が違うからね。
う~~、既に俺だけ周回遅れで、周りからヒソヒソと馬鹿にした声が聞こえてくる。
「見ろよあれ! マジでオークが走ってるみたいだぜ!」
「あははは、ダメよそんなこと言っちゃ~、でもそっくりね」
ドテドテと腹を揺らしながら一生懸命走るが、体が重くてスピードが出ない。
【身体強化】の熟練レベルを【カスタマイズ】を使って5にまで引き上げているのにこれだ。
『♪ そりゃそうでしょ。クラスの平均的男子と比べたら、マスターは灯油缶4個抱えて走っているようなものですからね。【身体強化】をレベル7にすれば格段に良くなりますよ』
『レベル5でこれなのに、2つ上げた程度でそんなに変わらないだろ?』
『♪ いえいえ、レベル6から次元が違うのです。レベル10だと今の体重のまま垂直跳びで校舎の2階にジャンプできます。鍛えて痩せれば3階ぐらい楽に行けるはずです』
『2階って! 校舎なので4mはあるよ? 3階なら8m⁉ マジか!』
『♪ 冒険者なら【身体強化】レベル8ぐらいで皆その程度はできます。マスターの基礎体力が低すぎるのです。目の見えないミーファに負けてどうするのです! 頑張ってください!』
エリカに手を引かれたミーファが、俺の半周先を走っている。外の明るい場所だと少しは見えると言っても当然それほど速くは走れない。つまり、今の俺は走るというより歩きに近いのだ。周を重ねるごとに、どんどんペースが落ちるのだ。
8周目には俺以外走り終えて休憩している。
そういう状況になると必然と注目が集まり、またヒソヒソと俺の方を見て陰口が囁き合われる。
「あれ見ろよ! お前より揺れてるぞ!」
「何よ失礼ね!」
「プリンス様はBカップぐらいありそうだけど、揺れないお前はAカップか?」
クソッ! 確かに寄せて上げればCカップぐらいあるよ!
「あ! こけた!」
「あはは、おもいっきりこけてるよ!」
「うわ~~、痛そう……」
足がもつれてこけてしまった。
う~~~~、恥ずかしい!
「およしなさい! 一生懸命走っている者を笑うなど、恥ずかしい行為ですよ! ルーク様大丈夫ですか!」
「「「申し訳ありません!」」」
ミーファ止めて! 余計にみじめになるから!
イリスが駆けてきて起こしてくれ、治療魔法を施してくれるが、なんか惨めだ。
つい『自分で回復魔法はできるのに! 余計なことを!』とか思ってしまった―――
ぽろっと口に出していたら後で後悔していただろう……早く痩せねば!
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