第42話 ガイル公爵の願い

 少し皆と話し合う必要がありそうだ。


「学園長、王家と公爵家の婚姻の話なので、本来皆に聞かせることではありません。少し三人で話し合いたいので、転入そうそう申し訳ありませんが、この後早退させていただいてよろしいでしょうか?」 


 学園長は担任の方を見て判断を委ねた。


「1時間目の授業は抜けていいが、2時間目は必ず出てほしい。2時間目は明日の『召喚の儀』の執り行いについての説明なので、知らないと困ることも起きる」


「了解しました。では、俺、エミリア、ミーファ姫の三人は1時間目は抜けさせていただきますね」


「確かにここで話す内容ではないな。1限目の不参加を認めよう。一応自己紹介だけはして行ってくれるかな」


 ここで侍女たち三人から待ったが掛かった。

 自分たちも話し合いに連れて行けとのことだ。特にイリスは自分の今後がどうなるのか不安なようだね。


 自己紹介も終え、一旦寮の俺の部屋に移動する。


「ルーク様、わたくしの気持ちに応えて頂きありがとうございます♡」

「正直、驚いているのだけど、俺は凄く嬉しかった。ミーファ姫は自分の顔を見れないのだろうけど、凄く可愛いのだよ? それでいて性格も良いし、何より人に嘘が吐けないってのが良い」


「えっ! 嘘が吐けない、嘘を見抜く能力を普通は嫌がってわたくしを疎ましく思うのに、ルーク様はその短所を良いと言ってくださるのですか?」


「確かに夫婦になるなら疎ましく思う時も今後あるだろうけど、好きな人に対して誠実でいればそれほど大きなトラブルは起きないだろうと思っている。君だって相手が言いたくないことを無理に聞き出そうとはしないだろ?」


「うふふ、勇気を出してあなたに告白して良かった……」


「あ、でもミーファ姫のことは可愛いとは思っているけど、今すぐ結婚したいとか、そこまで急にのめり込むほど今はまだ好きではないよ。だからゆっくりお互いをこれから知るためにお付き合いしましょうって話なんだけど……」


「はい! 今はそれで十分です!」



「問題はミーファ姫のお父様とガイル公爵との間で、今後の俺の身の振り方がどういう話になっているかってことなんだよね。公爵家とは婚約解消で、ミーファ姫と婚約した後、俺はどういう立ち位置になるんだ? イリスは公爵家から雇われているわけだし、解雇になっちゃうのかな?」


「そ、そんなの嫌です!」


 イリス的にはそうだよね。

 既に女神から恩恵を得て、俺といるメリットは重々理解しているみたいだしね。


「あの……イリスさんとは寮で二晩一緒に過ごされたのですよね? お二人はもうそういう関係なのでしょうか?」


 ミーファさん? そういう関係とは、どういう関係なのかな?


「うん? 俺は彼女に指一本触れてないよ」

「あ、本当ですわ! 良かった! 間に合ったようですわ♪」


 流石は天然嘘発見器。


「姫様は、ルーク殿下の従者に執事ではなく可愛い侍女が付いたと知ってから、ず~~と焼きもちを焼いておられたのですよ。1日でも早く婚約を取り付け、間に割って入らないと手遅れになってしまうと、それはもう朝から大騒ぎでした」


 なるほど、だから間に合って良かったって言ったのか。かなり強引なのも嫉妬心からくるそういう心情的な理由もあったんだね。


「エリカ! もうっ、言わないでって言ったのに!」


『♪ ミーファが急いだのは、マスターがイリスをお手付きにして、そこからイリスに恋してしまい、自分の入り込む余地がなくなることを恐れたようです。それとエミリアの素顔を見て惚れてしまい、以下同文です。マスターが、馬車の中で「嫁は1人いればいい」みたいなことを言っていましたからね。主にそういうことを昨晩エリカが言って、ミーファを焚きつけていたようです』


『エリカちゃんが?』


『♪ 「二人とも世間一般的に比べて凄く可愛いのですよ? もたもたしているとあっという間に仲良くなって、姫様が割り込むことなんかできなくなっちゃいますよ?」と言って煽っていました。「ルーク殿下の最初の一人目になることが大事ですよ!」とも言っていますね』


 そういう可能性がないとは言えない。

 実際イリスとの王都観光はデートっぽくて、内心ちょっと浮かれていたしね。

 『最初の一人目』か……エリカちゃん、意外と人を見る目あるなぁ~。


 とりあえずガイル公爵に聞いてみるか……。面識のないミーファのお父さんに直接聞くのはちょっと躊躇ってしまう。なにせ国王様だしね。


 皆にも聞こえるようにフリー通話で会話をする。


「ガイル公爵、担任に1時間目の授業不参加の許可を頂き、事情を聞く為にコールしました」

『ふむ。それで、ミーファの告白を受けたのかね?』


 やっぱ知ってるんだ。


「はい。挨拶しても返事ができないほど男が怖いエミリア嬢と結婚するより、僕のことを好きだと言ってくれるミーファ姫の方がお互いに幸せになれるだろうと判断しました」


『ふむ、そうだろうな……だがな、俺も君のことを気に入ってしまったのだ。男が怖いエミリアでも、君なら優しく何とかしてくれそうな気がするのだ。だから君を兄上に譲る気はない』


 ひとかどの人物にここまで言ってもらえて悪い気はしない。でも、会話が成立しないほど男性が怖いエミリアをどうこうできる自信など全くない。


「そう言われましても―――」


『まぁ、聞いてくれ。そこで兄上とお互いに妥協点を話し合ったのだが、君には学園卒業後に侯爵位を授けようという話になった。その条件はミーファを正室に迎えることだ。そしてここからは俺のお願いだが、側室にエミリアを加えてほしい』


 強制ではなくお願いか……。

 種馬扱いは変わらないようだけど、どうしたものか。

 公爵家の婿ではなく、侯爵位を与え、当主として俺を国に抱え込む気か? 男爵位しかやれないと言った父様と比べたら破格の扱いだね。


『♪ マスター、このままエミリアを捨ておくと、彼女にとって不幸なことになると思いますよ』


『う~ん……でも、俺にとっては、彼女に何の興味もないんだよね~。本音を言えば、くれるという爵位にも興味ない。爵位は俺を国に縛りつける首輪みたいなものだしね。飼い慣らされたくはない』


 公爵はエミリアを愛しているようだが、当主として結構厳しい人みたいだ。


「ガイル公爵は、エミリア嬢が卒業までの3年以内に婿を見つけなかった場合、どうなさるおつもりですか?」


『それ以上の猶予はやれん。娘には幸せになってもらいたいが、これまで何不自由なく暮らせているのも、その学園の授業料や着ている服から装飾品1つをとっても、全て領民からの税によるものだ。貴族の恩恵を受けておいて、義務を果たさぬのは俺は許さない。男児なら騎士にでもなって貴族の務めも果たせるだろうが……、時が来たら男を見繕ってエミリアには婿を取る』


 これじゃあ、親公認の人身売買だね……存在価値は子作りが前提ってか?

 こういう世界だとこれが貴族の常識なんだろうけど、なんだかなぁ~。

 男尊女卑――日本も戦国の世では娘を戦略の道具として嫁にやっていた。


 まぁ権利だけ収受しておいて義務を果たさない、どこぞの弁護士に引っ掻き回されている皇族一家よりはまともな考えだとは思うが……う~~ん。


「エミリア嬢の男性恐怖症というものは病気なのですよ?」

『精神的な病なのは分かっている。だが、病気だからと義務を放棄したら民に示しがつかない。立場が平民なら、精神の病気だからといって何もしないで働かない場合、飢えて死ぬしかないのだぞ?』


 その為の家族だとも思うのだが、この世界ではそういう者に家族の手は差し伸べられないのか?


『♪ そんなことないですよ。ガイルの頭が固いだけです』

『だよね~』


「ガイル公爵は、自分の娘が好きでもない男に強引に貞操を奪われて泣く姿が想像できないのですか? それって、盗賊に襲われて犯されるのとどう違うって言うのです? 親さえ認めていれば強姦も合法って考えですか?」


『だから君にお願いしているのだ! 心の病を治すには時間が掛かる。5年かけても俺にはどうすることもできなかったのだ。君なら無理やりエミリアを襲ったりはしないと信じている。他の男に嫁がせたら、さらに病を拗らせる可能性が高い。最悪自ら命を絶つこともあり得るだろう……。勝手だが、君なら3年間の在学中に、妻の時みたいにエミリアの病も治してくれるかもと期待しているのだ。エミリアを側室に入れてくれたのなら、その後は無理に子を作れとは一切言わない』


 そっちの病も俺に何とかしろって? 本当に勝手だな。

 男性恐怖症になった原因があるはずだけど、後でナビーにでも聞くか。

 おそらく、話の流れ的に5年前に何かあったのだろうな……。


『♪ はい。後で教えますね。それにしてもガイルはマスターの噂のことは完全無視ですね。自分の目利きを信じているようです。どうです? 別にエミリアの病が在学中に改善しなかったとしても、マスターに損な話ではないですよね? ガイルの期待に応えてあげてはどうですか?』


『改善できなくても損はないか……。確かに損はないかもだけど、そういう病の娘の相手をするのは厄介だと思うぞ』


 まぁ、結局はエミリア次第だな―――


「分かりました。エミリアは卒業後に私が娶りましょう。エミリアとの間に男児が生まれたら公爵家に養子に出しますので、ガイル公爵が育てて跡取りにしてあげてください」


『君はそれで良いのか?』

「はい。もし在学中の3年の間に病が改善しなかったとしても、なるべくエミリアが快適に暮らせるように配慮いたします。ミーファ姫とも相談する必要があるでしょうし、また後日この件はじっくり話し合いましょう」


 ガイル公爵とは、後日ゆっくり話し合うことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る