第41話 ミーファ姫の恋煩い

 このタイミングでガイル公爵からコールが鳴る。

 コール機能とは、【ステータスプレート】にフレンド登録している人からのみ、スマホと同じように通話できる機能で、モニター通話や三者間通話もできる優れものだ。


 ホームルーム中だがどうしたものか。


「先生、ガイル公爵からコールが掛かってきているのですが、どうしたものでしょう?」


「おそらくこの件についてじゃろう。構わぬ、出るとよい」


 学園長の許可が出たのでコールに応じる。


「はい。ガイル公爵、今ホームルーム中なのですが急用ですか?」

『そうかすまない。先ほど兄上から連絡があってな。ちょっと厄介なことになっている。説明したいから、次の休み時間にでも俺にコールしてもらえるか?』


「分かりました。ひょっとしてミーファ姫の編入の件ですか?」

『そうだが、なぜついさっき俺も聞かされた話を君が知っているのだ?』


「いえ、事情は知らないですが、目の前にミーファ姫とエリカ嬢がついさっき編入生として教室に入ってきたので、このタイミングでの緊急連絡なら関係しているのかなと思っただけです」


『もう既にそこに居るのか? 流石兄上の娘だ、行動が早いな。どうなったか後で連絡をくれ』


「よく分かりませんが、後で連絡すればいいのですね?」


 一旦通話を切った―――


「申し訳ありません。お時間頂き、ありがとうございました」

「ふむ、どうやらこの件について知らせようとしたみたいじゃな」


「学園長? どういうことか説明してもらえませんか?」


 担任なのに何も聞かされていなかったエリック先生が当然質問する。


「ふむ、エリック先生には苦労を掛けると思うが、今日よりこのミーファ姫と専属侍女のエリカ嬢も編入することになった。今朝、国王直々に連絡があってのぅ。『ルーク君が編入したクラスに娘を入れろ』とのご命令じゃ」


「このような王のご命令とか珍しいですね?」

「うむ。儂も学園長を任されてから初めてのことじゃ。公私混同をしないお方なので、なにか理由があるのじゃろう。ミーファ姫、こちらへ……」


 エリカちゃんに手を引かれて、俺や学園長のいる教壇前までやってくる。学園長は自己紹介をさせるために教壇前に呼んだのだろうが、ミーファ姫は俺に真っ先に話しかけてきた。


「ルーク様、わたくし追いかけてきちゃいました♪」

「えっ? 俺をですか?」


 追いかけてきたとはどういうことだろう?


「あれ? 俺? 呼称を変えたのですか?」

「ええ……それより、目が悪いから去年の入学を断念したって言ってたのに、どうしたのです?」


「あのですね……あの……」

「姫様頑張れ!」


 もじもじしている姫様に、エリカちゃんが横から煽っている。


「あの、ルーク様に先に質問をさせてください!」

「いいけど……今?」


 その時、ホームルームの終わりを告げる鐘が鳴った―――


「ふむ、本来1時間目が始まるまで15分休憩があるのじゃが、自己紹介がまだなのでこのまま続けるとしようかの。トイレに行きたい人は邪魔しないよう静かに行ってきなさい」


 当然のように誰も動こうとしない、王女の『追いかけてきちゃいました』の顛末が気になるよね~。


 廊下の方では他クラスの者たちの気配がし始めたが、教室内はシーンと静まり返って皆がこっちを注視している。


「質問は今がいいの? 休憩時間じゃダメ?」

「今の方が良いです……」


 学園長の方を見たら頷くので、姫に先を進めた―――


「あの、先日馬車の中でルーク様はわたくしのことを可愛いと仰って下さいました……」


「確かに言ったけど! なんて恥ずかしいことを皆の前でバラしちゃうのかな⁉」


 『速攻で姫様をナンパかよ~』とか、『やっぱエロオークなのよ』とかひそひそと隣同士の者で話すのが聞こえてきた。


「わたくしにとってはとても大事なことなのです! もう一度答えてくださいませ!」


 はぁ~、エミリアもミーファもイリスも何を考えているのかさっぱり分からん!


「うん。ミーファ姫はとっても可愛いと思うよ。制服姿にちょっとドキドキしているくらいだ」

「やっぱり嘘じゃないです♪」


「君に嘘言っても通用しないでしょ……」

「ルーク様、わたくしのことを可愛いと思ってくださっているのであれば、結婚を前提にお付き合いくださいませ!」


「「「キャー! 姫様からプロポーズ!」」」

「うそ~~姫様、彼の噂知らないのかしら?」

「俺の家が申し込んだお見合いは断ったのに……」

「目がお悪いので、ルーク殿下の容姿が分かってないんだろうな」

「嘘だろ? あいつ、噂の『オークプリンス』だよな? あれのどこが良いんだ⁉」


 最後に言った奴、顔覚えておくからな!


「静かに!」


 大騒ぎになった―――

 どうしてこうなった?


『ナビー! どうなっている? 事前に姫の行動を予測できなかったのか?』

『♪ ナビーは周辺の警戒は常にしていますが、マスターに関わった人全てを監視しているわけではないのです。ナビーからしてもこの件はびっくりです! 今調べていますで、少しお待ちください』


 そりゃそうか、う~~ん。


『♪ 今からミーファが自ら語ってくれると思います』


「ミーファ姫? どういう経緯でいきなり結婚って話になったの? 君も俺のように国王から命令されたのかな?」


「いえ、そうではありません。わたくし、ガイル叔父様の商都から王都に帰っている馬車の中で、ず~~とルーク様のことが気になっていたのです。商都から離れるほど心苦しくなるのは何故かなと思い、エリカに思い切って相談したら、『恋煩い』ではないかと言うのです。それを聞いた瞬間なにかがストンとはまったように得心いたしましたの。わたくし、あなたに恋をしたようです」


 マジで⁉


 また女子たちがキャーキャーと騒ぎ出した。


「でも実質姫と一緒にいたの、半日ぐらいだよ?」

「時間など関係ございません! 命を何度も助けられ、気難しいララちゃんにあれほど慕われ、あの心を打たれるピアノの演奏や楽しいお食事会、叔母様に施した素晴らしい回復魔法……馬車の中で思い返すだけで、わたくしはすぐにあなた様が居る公爵家に引き返したくなったほどです」


 そうやって並べて言われれば、フラグが立つ条件は揃っている気がしてきた。


「でも俺、すでにそこのエミリア嬢と婚約しているし、国同士の政治的な案件でもあるので、俺の判断では姫のプロポーズに返事できない」


「わたくしもどうすれば良いか悩んで考えました。学園編入を決意したのは、昨晩エミリアからある相談を受けたからです。エミリアは到着したルーク様に、挨拶に行かないといけないと思いつつ行動に移せなかったと相談してきたのです。母親の礼も言えないほど殿方のことがお嫌でしたら、無理にルーク様と結婚しなくても、ルーク様のことをお慕いしているわたくしと結婚してくださった方が、皆、幸せになれると思ったのです」


 エミリアもお礼を言う気はあって、一応悩んではいたのか……でも姫も随分大胆だな。とはいえ、エミリア嬢の私的な事情を皆の前で言うのはいけないと思うよ。


「じゃあ、この話は急遽進めたの?」

「はい。朝早くお父様の所に押し掛けて、生まれて初めて我が儘を言いました」


「生まれて初めての我が儘?」

「はい。『ルーク様に恋して、どうしても彼と結婚したいので、学園に編入させてください!』とお願いしました」


 あまりのストレートな言葉に、またクラスメイトがキャーキャー騒ぎ始めた。

 正直俺もこんな可愛い娘に告られてドキドキしている。


「国王様は何て答えたの?」

「少し考えた後『彼は既にエミリアとの婚約が決まっている』と言われたので『では、わたくしは今後誰とも結婚いたしません! お父様のお願いも、もう聞いてあげません!』とダダをこねてみました。そしたら『分かった。すぐにお前との婚約と編入の話を進めよう』と仰ってくれ、今に至ります」


 国王の行動力も凄いけど、『お父様のお願い』ってのは、ミーファの審問官としての公務のことなんだろうなぁ。そりゃぁ国王もそう脅されれば焦るよね~。


 決断してから数時間もしないうちに編入手続きとガイル公爵に連絡しているのか。ガイル公爵は認めたのかな? さっきの様子では納得してない感じだったけど。


「公爵家との話は済んでいるのかな? 元々跡取りがいないからって俺が呼ばれた訳だろ?」


「エミリアがダメなら、次女のアンナに後継者は産ませるようなことをお父様は言っていました。ですが、叔父様は違う考えのようです」




 ミーファ姫か……。


 めっちゃ可愛いし好みなんだけど、邪神討伐のことを考えたら受け入れられない。

 邪神討伐後ならこちらからお付き合いしたいぐらいだけど。嘘吐けない彼女がすぐ側にいたら色々面倒事が起きそうだよな~。


「君は見えていないだろうから分からないのだろうけど、俺、凄く太っていて、世間では『オークプリンス』とか『豚王子』って言われているんだよ」


「見えないわたくしに容姿のことを言われましても、そんなことはどうでもいいとしか言いようがございません。わたくしからすれば、外見より中身が重要なのです」



『♪ ミーファはこう言っていますが、マスターの容姿は確認済みです。その上で結婚したいと思っているようです』


『どうやって? 見えないのに?』

『♪ 後でご説明しますね』


 今知りたいのに!


「ミーファ姫、そなたの一世一代のプロポーズの邪魔をしたくはないのじゃが、もうすぐ授業が始まる。一度区切りをつけてくれるかの?」


「申し訳ございません! ルーク様、わたくしではご不満でしょうか?」


 そんな涙目で懇願されたら……。

 女性からの真剣な告白。適当なことは言いたくないな。

 それに、断るにしても、こんな大勢の目のある場で勇気を出して告白してきた女性に恥をかかせるものではない。


「ミーファ姫、お気持ちはとても嬉しい。すぐに結婚という話ではなく、結婚を前提としたお付き合いというのであれば、喜んでお受けいたしましょう」


「「「キャー! 婚約成立よ!」」」

「『豚王子』がOKした!」

「マジか! クソッ、なんか腹立つ!」

「『豚に真珠』だな」

「いや、あれじゃ『美女とオーク』だろ」


 言いたい放題だな!


 こっちの世界にも似たようなことわざがあるのにびっくりだが、意味違うだろ!

『豚に真珠』は、値打ちが分からない者に、価値のあるものを与えても意味がないってことだろ。俺、姫の価値は分かるからな! 豚って言いたいだけだろ!


 力を付けて逃げ出すのが前提なら、ミーファ姫より男性恐怖症のエミリアといる方が変に関わらなくて良いと思うのだが、真剣に告白してきた女の子を適当にはぐらかすような真似はしたくない。


 ルーク君の元婚約者のルルティエとは違い、この娘は俺のことを好きだと言ってくれたのだ。ルルティエが好きなのは俺ではなく、俺と入れ替わる前のルーク君だ。俺の心に棘のように刺さっているルルへの気持ちも、ルーク君の記憶からくる感情なのだ。


 逃げるの前提ならちゃんと断るのが筋だけど、正直こんな娘をフルとか勿体なくてありえない。俺のこちらでの人生でもこんなチャンス二度とないだろう。


 真剣に二人で話し合って決めようと思う。

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