第39話 ナビー工房
女神様に文句を言うだけではなく、要望をいくつか出したのだが、概ね叶えてくれるようだ。100%希望どおりとはいかなかったが、予想外のことまで女神の方から言ってきたのでそれで手を打つことにした。
「お待たせイリス」
「随分熱心にお祈りしていましたね? ルーク様はどの神を信仰なさっているのですか? やはり聖属性の女神様でしょうか?」
「俺の信仰している神は全てだね。それより、イリスにお願いがあるんだ……」
イリスに変な顔をされた。
普通は生まれ持った主属性の属性神を崇拝して、より加護や祝福を高めるのが通例のようだからね。
「お願い? なんでしょうか?」
「女神ネレイス様、よろしくお願いします」
『イリスさん、水の女神ネレイスです。こんにちは』
「ひゃあ! な、な、何ですかこれ⁉ 頭の中に声が!」
イリスはキョロキョロして声の主を探しているが、念話なので見つかるはずがない。念話は頭に直接認識させて語りかけているようなものなので、耳から入ってくる情報と違い、凄く違和感があるのだ。
初めての体験で驚いているのだろう。
「落ちつけイリス! 念話なので探しても居ないよ。女神ネレイス様のお言葉だ、落ち着いて聞くんだ」
『驚かせてごめんなさい。あなたにお願いがあって、こうして声を掛けさせていただきました。実は先にそこのルークさんに、あるお願いをしました。それを聞き入れて頂く為にある力を授けたのですが、そのことに関する全ての事案をガイル公爵に秘密にしてほしいのです』
「公爵様にですか? 女神様がルーク様にしたお願いとは何なのでしょう?」
『それをあなたに私からお話しすることはできません。ルークさんが言っても良いと判断された時に、彼が話してくれるでしょう。あなたがガイルさんからルークさんに関する報告任務を受けていることは知っているのですが、それだと少し問題がありまして……』
「…………」
イリスは困り顔で黙ってしまった。
「イリスも板挟みで困るだろうけど、何も全部報告するなって言うのじゃない。例えば女神様の願いを聞き入れるには俺のレベル上げが不可欠なのだけど、ガイル公爵とこの国の国王は俺のことを種馬としか見ていない節があるだろ? レベル上げをするには魔獣を倒すために危険を伴う狩りに出ないといけない」
「絶対止められるでしょうね。学園卒業後には安全な場所で子作りに励んでほしいと考えている筈です」
「だろうね。でもそれでは困るんだ」
「公爵様にも今のように女神様からお伝えして頂いて、狩りに出る許可をもらうと良いのではないでしょうか?」
「理由を話せないのでダメだね。神からのお願いとか、どんな手を使ってでも内容を聞き出そうとしてくるだろう。嘘を見抜けるミーファ姫に命令して聞き出そうとしてくるかもしれない」
「わたくしも女神様のお願いが何か凄く気になるのですが……」
「今はまだ話せないかな。イリスにはお詫びも兼ねて、色々な回復知識を伝授してあげるから、それで了承してくれないかな?」
「分かりました。元より女神様のお願いを断る理由がありません。聖女様でもないわたくしが神の御声を聞けてとても幸せでございます! 公爵様には申し訳ありませんが、女神様のお言葉の方が大事なので、公爵様への報告はルーク様の指示に従います」
『♪ 基本、神託を授かるのは聖女1人だけなのです。教皇ですら任期中に数回声を聞けるかどうかなので、イリスが感動して指示に従うのも分かります』
へぇ~、そうなんだ。
ちなみにナビーの声はイリスには聞こえてない。俺との直通念話だ。
『ありがとうイリスさん。お礼にあなたに水の加護と祝福を授けましょう。努力すれば水系の上級攻撃魔法と回復魔法を覚えることができる祝福です』
「本当でございますか! 嬉しいです! ありがとうございます♪」
涙まで流して喜んでいるよ……。
『♪ 普通は生まれつき授かった主属性以外、努力をしても上級魔法の習得は難しいですからね』
「良かったねイリス」
「はい♪ ルーク様も何か貰ったのですよね? どんなものを頂いたのですか?」
「う~ん。そのうち話すよ」
「それも秘密ですか? 公爵様には言わないのに……ちょっと信用ないのが悲しいです」
そんな悲しげな目で見ないでほしい。
公爵家の子家の御令嬢で、報告命令を受けているって分かっていて、そう易々と話せる訳ないでしょ。俺たち知り合ってまだ数日だよ。
要望の1つに、良くラノベで見かける『ネット通販』を希望したのだが、ダメだと言われた。
イリスに声を掛ける前に、こういうやり取りがあったのだ。
『何でネット通販はダメなんだよ!』
『当然です。そもそも異世界の物をそう簡単に転移できるのであれば、死ぬ運命のあなたを選んで、記憶と魂だけ転生させるような面倒なことなどしていません。例えリンゴ1個だけだとしても実体を伴った転移にはかなりの神力が必要なので、今回のような手段を用いたのです』
『全部聞き入れてくれるって言ったのに嘘じゃないか!』
『できないことはできません。ですが代りに良い代案があります。ナビー経由で向こうの世界の情報を授けるっていうのはどうでしょうか? あなたがネット通販を希望した1番の理由は、醤油が欲しいからですよね?』
心が読まれるというのは厄介だな……。
でもナビー経由って何のことだろう?
『ナビー経由って何だ?』
『♪ あ~っ! 私の名前が「ナビー」に確定しちゃいました! マスターに名付けてほしかったのに! ネレイス様、酷いです!』
『え? そうでしたの? それはごめんなさい』
『まさか、俺をナビするAIシステムだから「ナビー」とかじゃないよね?』
『……だ、ダメですか?』
『♪ そんな安易なことで私の名が確定したのですか……』
『でも可愛い響きで良いんじゃないか? 「ナビー」呼び易いし、良いと思うぞ?』
『♪ そうですか? マスターが良いって言ってくれるのなら別に「ナビー」でもいいかな』
チョロイ……。
妖精さんの名前が女神の発言によって決まった瞬間だった―――
『あ、でも情報だけ検索できても、学生の俺に醤油を作っている暇とかないよ。邪神退治しなくていいならじっくり数年かけて開発するけど。味噌や醤油なんか発酵・熟成させるだけでかなり時間が掛かるでしょ?』
『そうですね……。ではこうしましょう。ルークさんの【インベントリ】内に大きな工房を創って差し上げます。その中にあなたに似せたアバターを造りだせる能力をナビーに授けるので、その工房内でアバターに開発をさせてください。そのアバターはナビー同様あなたに紐付けられますので、アバターの熟練度があなたに反映するものといたしましょう』
『うん? ちょっとよく分からない』
『そのアバターはルークさんの魔力で召喚させられます。例えばアバターが【インベントリ】内の工房で料理を作ったら、ルークさんの熟練度として反映され、以降その料理をルークさんも熟練度に応じた味で同じように作れるようになるというものです。アバターの五感もあなたと同じ感覚にいたしましょう。どうです、これならあなたが直接何年もかけてちまちま開発しないでも済むでしょう?』
五感が同じならアバターが美味しいと納得したものは、俺が食べても美味しいってことになる。魔力だけで済むのなら、アバターたちに色々開発させるのも面白そうだ。
『そのアバターに、醤油の開発をしろって命令したら具体的にはどういう流れになるのですか?』
『全てあなたのイメージ次第ですね』
『イメージね……じゃあ、工房内を各部門に分けることにしようかな。【調理工房】や【武器工房】とか【酒造工房】【機械開発工房】とかに細分化して、ナビーに某大手メーカーの醤油の情報を検索させて、それを【料理工房】でアバターに開発させるとかかな。時空魔法を応用して使えば、発酵や熟成時間の短縮もできるのかな? そういうのも可能です?』
『なんか、私が思っていたより凄いことになりそうな気が……でも、そのようなイメージで問題ないです。ただ、開発のための素材は自分で仕入れる必要があります。命令しても材料がなければ開発はできません。あと、工房はナビーが管理するものとし、工房作製のイメージはルークさんのものが反映されるようにしますね』
『俺の知識は浅いので、足りない知識はナビーの方で情報を検索して補ってもらえるようにしてください』
『分かりました』
『という訳で、早速だが某メーカーの醤油とシャンプーとトリートメントの情報を引き出して、材料を割り出してくれ! それに伴う工房の材料もだ』
『工房に関しては神力を使ってこちらの管理システムの方で創って差し上げます。誰の目に触れることもない亜空間の中に造るのであれば、特に問題にはならないですし、こちらの世界内でならさして多く神力も必要ないですからね。その代わり、ちゃんと邪神討伐の方はお願いしますね?』
至れり尽くせりだな……。
『分かりました。この世界に醤油がないのが残念だったけど、これで快適に過ごせそうです』
『醤油も味噌も既に開発されて有りますよ。東の島国に日本の江戸時代的な文化を持った国が存在しています』
『じゃあその国から取り寄せた方が早いのか……』
『残念ながら外洋には大型魔獣が存在していますので、現在他の大陸間交易は行われていないです。木造帆船では、外洋を航海するのは厳しいですからね。なのでこの世界にも醤油はありますが工房を提供いたします』
『なるほど、日本の江戸時代風な国に行ってみたいですが、移動手段がないのであれば仕方がないですね。醤油は工房で作ってもらうことにします。俺は亜空間に行けないし、工房の管理者はナビーだから、「ナビー工房」と名付けようかな。ナビー、管理は任せるよ?』
『♪ ナビー工房! 嬉しいです! マスター、今から材料を仕入れに行きましょう。全て王都で手に入ります』
『よし分かった。でも、先にイリスの口封じが先だな』
ということがあったのだ―――
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