第38話 女神様に物申す!

 朝市デートをしたあと神殿に行き、受付に座っていたシスター服を着た女の子に声を掛ける。


「今日はどういった御用ですか? あ、イリス様こんにちは」

「こんにちは、お久しぶりですね。私は付き添いできただけですので、要件はこちらのお方から――」


 どうやら知り合いっぽい。


「1stジョブの変更と、2ndジョブの獲得にきた。それと礼拝堂で少し一人で祈りを捧げたいのだが可能かな?」


「申し訳ありません。礼拝堂の個人での貸切りは致しておりません。それと、ジョブ獲得には少しばかりのお心付けを頂いております」


 俺は【インベントリ】から事前に用意しておいた百万ジェニー入った革袋を2つ取り出す。


「神殿付属の診療所に百万ジェニー、神殿付属の孤児院に百万ジェニー寄付をする」

「へ?……」


「お待ちくださいルーク様! お心付けとはお気持ちだけで良いのです! ジョブ獲得の相場だと、一般の方なら1万ジェニー、貴族の者でも10万ジェニーほどで十分です!」


「イリス、神殿にではなく、付属の診療所と孤児院をわざわざ指定して寄付をしたんだよ。俺だってそのくらい知っている」


「失礼しました。差し出がましいことを言って申し訳ありませんでした」

「いやいい。そういう忠言は今後もしてくれると有り難い」


「あ、あの! 少しお待ちくださいませ!」


 若いシスターはお金を置いたまま、慌ててどこかに走り去ってしまった。

 そして壮年の男性を伴って戻ってきた。イリスは彼を見た瞬間すっと両膝を突いて頭を下げ、祈りの姿勢をとった。


「私はこの国の教皇を任されている、マルスと申します。この度は診療所と孤児院に多大な寄付をしていただけるとお聞きして参りました。伯爵家のイリス嬢を伴ってきているようですね。失礼ですが、どちらの貴族家のお方様でしょうか?」


 教皇様ともイリスは顔見知りなのか?

 この国の教皇ってのも気になる。教皇は世界に1人じゃないのか? うちの国にも居たぞ?


『♪ イリスは学生時分、学園が休みの時には神殿に併設された診療所で修業を兼ね回復師としてアルバイトをしていたようです。ここの神殿関係者とは全員顔見知りですね。それと、この世界では女神様が国に1人、教皇と聖女を神託によって指名されているようです』


 俺は王族なので教皇様相手でも膝を突くことはないけど、敬意は払わないとね。


「教皇様自ら御越し下さったのですか。私はヴォルグ王国第三王子、ルーク・A・ヴォルグと申します。以後お見知りおきを」


「そうですか、あなた様が。君、聖女ナターシャを呼んできてもらえますか?」


 教皇様はさっきのシスターに聖女様を呼びに行かせた。




「初めましてルーク殿下。あなた様のことはヴォルグ王国の聖女アリアから聞いておりますよ」


 この国の聖女様はヴォルグ王国の聖女よりお歳を召しているみたいだ。


『♪ 彼女は32歳ですね。そろそろ引退する年齢です』


 教皇様と聖女様は国に1人だけ神の神託によって任命される国の象徴ともいえる存在なのだ。特に聖女様は心が綺麗なのは勿論、見目も美しい人物が選ばれ、信仰の象徴ともされる。


 ちなみにヴォルグ王国の聖女アリアは19歳でめっちゃ可愛い娘だ。

 聖女に任命される前の幼少の頃からルーク君とは仲が良かった数少ない友人だ。


「アリアをご存じなのですか? でしたら言伝をお願いできませんか? 彼女に何も知らせることができず、この国に婿に出されてしまって……」


 実はルーク君、毎月ヴォルグ王国の孤児院に結構な額の寄付を行っていた。

 別に可愛いアリアの気を引こうとかしていたわけではない。

 師匠に言われ、修行の一環として回復剤を毎月大量に作っていたのだが、商業ギルドではなく神殿を通して、作製した回復剤を卸してもらっていたのだ。


 国王の父にばれないように、各種薬草の仕入れと、完成した回復剤の販売を神殿経由で行っていたのだ。上級回復剤が作れることが父にバレて、軟禁状態でず~~~と作らされる可能性を恐れ、それを回避するために取った行動だ。


 王子なので生活に何不自由がなく、特に買い食いしかお金の使い道のなかったルーク君は、売り上げの半分を孤児院に寄付していたのだ。


 神殿関係者は口が堅い。この国でもできれば神殿を通じて委託販売したいと考えているけど、勉強もしないといけないのでちょっとまだ様子見かな。


 それより、急に寄付がなくなったヴォルグ王国の孤児院の子たちが心配だ。


『♪ 問題ないですよ。王都の孤児院は寄付が多いので心配いりません。ルーク君のの売上金の寄付は、地方神殿の孤児院の方に回されて有効活用されていました』


『そうなのか……なら心配ないか』


 教皇様と聖女様と少し歓談し、特別に礼拝堂を1人で使わせてもらえることになった。と言っても、今回イリスが同行している。


『さて、女神様に物申す!』

『ご、ごめんなさいルークさん!』


 出たな女神め!

 声を掛けた瞬間に謝罪の言葉を念話で送ってきた。


『いいや、許さん! 色々言いたいこと、聞きたいことがある!』

『え~と、あなたの要望は全て聞き届けますので、許してください!』


『えっ? あ、そうか……心の中を覗けるんだった。チッ! 交渉の為に色々考えていたのに!』


『はい、それを聞きたくないから、先に言ったのです』

『そもそもこのルーク君の体が転生先だったの?』


『それは予定通りでしたが、ドレイクが死んだのが想定外でした。それによって隣国へ婿に出されたのも想定外です。この世界のシステムによる未来予測がずれるのは、あなたが異世界人だからかもしれないです』


 言い訳っぽいが、そういうことなのだろう……。


『俺の日本の記憶の一部がないのはどういうわけ?』


『あまり向こうの家族を恋しがられて、この世界のことを好きになって頂けないと困るので、記憶から名前だけ全て消させていただきました。奪ったのは名前だけです』


 両親や妹、叔父さんの名前やクラスメイトたち。これまで関わってきた者たちの名前が全て思い出せないのだ。それどころか自分の名前すら覚えていない。


 意図は理解できるが、ちょっと腹立たしい。

 人は名前を付けて愛着を持つ。中には車や鉛筆にすら名前を付ける者もいるくらいだ。名を思い出せないとちょっとした苦痛を伴う、どんどん薄い記憶から忘れていくだろうな。


 会話中に顔は思い出しているのに芸能人の名前が出てこず『ほらあのCMの! 名前なんだっけ? ここまで出てきてるのに~~~~!』ってようなことがず~~と続くのだ。結構きついものがあるので、思い出そうとすることがなくなる。


『女神なのに、結構酷いことをするのだな。で、例のあの子は助かったの?』

『将来的にはあなたの精神的負担が軽くなると判断しての処置です。ですが、酷いことだとは理解しています。ごめんなさい』


『はぁ~、済んだことは仕方がない。それより、あの子のことだ』

『はい。少しこちらの世界と時間の流れが違っていまして、現在あなたの妹と一緒にテレビで大ブレイクしています』


『はぁ? どういうこと?』


『救出されたすぐ後は、各種メディアで「奇跡の少女」として特別番組や、「お手製モモンガスーツで助かるのか?」「彼はどうしてウイングスーツを作製したのか?」「神は実在するのか!」という検証番組まで放送されていました。あなたが妹に送ったメールや会話も公開され、妹さんにも注目が集まったのです。チャンスだと考えたあなたの叔父が「モモンガパジャマ」という製品をプロデュースして、それをあの助けた子と妹さんに着せ「モモンガ!」と二人で言いながらあなたがやったように両手足を目一杯広げたキメポーズをCMで流したところ世論で受け、大ヒットいたしました』


 『モモンガパジャマ』―――そのCM動画を女神が見せてくれたのだが、そのまま毛布としても使える着ぐるみパジャマだね。叔父さん相変わらずだな。そっか、あの子助かったんだね。


『最初、あなたの家族は皆消沈していました。今ではあなたの行動を誇りに思って乗り越えて生活しているのでご心配なく』


 その後の家族たちのことも教えてくれた―――




『で、なんでこの肥満児なんだよ? これで邪神退治しろって? ダイエットしてから頑張れってか? いきなり婿に出されるし、これだとやる気なくすよね? 邪神とか無視して、このまま怠惰なルーク君として過ごそうかな……』


『お怒りはごもっともです。だから最初に全て聞き入れると――それで許してください!』


 クソッ! なんか納得いかない!

 実はこのことをネタに、ある要望をしようと考えていたのだが、先に思考を読まれて聞き入れると言ってきたのだ。


 その後、女神様とのやり取りで、自分が考えていたことより追加で要望が叶ったので、これ以上文句をいうのは諦めた。


 さて、イリスだな……。

 女神様とは念話でやり取りしていたので、後ろでずっと黙して控えている。


 要望の1つにイリスへの神託も入っているのだ。


 イリスがどういう反応をするのかちょっと楽しみだ。

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