第27話 楽しい晩餐会
食事の下準備ができたのでガイル公爵に声を掛け、料理人たちに調理を始めてもらう。俺は3階に上がってお義母様を迎えに行った。
「お義母様……無理したらダメでしょう!」
部屋にいったら、晩餐用にドレスを着たお義母様がベッドに腰掛けて待っていた。
「無理はしていませんよ。コルセットなどのような窮屈なものはしていませんし、見た目よりは楽な装いなのですよ」
「ですが―――」
「娘たちにやつれてしまった姿を見せたくないのです。ルーク殿下のおかげで凄く調子は良いのです。少しだけお洒落をさせてくださいな」
俺の言葉を途中で遮って訴えかけてきた。
久しぶりに会う娘に元気な姿を見せてあげたいのか……気持ちは分かる。
「分かりました。辛くなったらすぐ部屋に戻ってくださいね?」
「はい♪」
お義母様に【エアシールド】を掛けて、体の周りに薄い空気の膜を張っておく。こうしておけば咳をしたとしても周囲に結核菌をばらまくことがなくなるのだ。
本来シールド系の魔法は、自分を中心とした円状のシールドを発生させるものなのだが、俺のイメージで体の体表に薄く空気膜を張っている。お互いの空気膜が干渉して混じりあうと意味がないので、干渉し合わないイメージも大事だ。
食堂に行ったら既に皆は席についていた。
うん? 侍女のエリカちゃんが姫の隣に座っている。
『♪ 彼女自身はこの場で食事はしませんが、目の見えない姫の食事介助をするために同席しているようです』
『仕事とはいえ、皆が食べている時に食べられないのはきついな』
「「お母様!」」
部屋に入った瞬間にアンナちゃんとララちゃんが駆け寄ってきた。
「ちょっと待って!」
感動の場面に野暮だが、間に入って接触を止める。
「邪魔しないで!」
「抱き合うなら、君たちにも防御魔法を掛けておく必要があるんだ。【エアシールド】止めて悪かったね」
3人は抱き合って涙を流している。
同じ屋敷の中なのにどれくらい会っていなかったのだろう……ララちゃんは凄く喜んでいる。
皆が落ち着いた後にそれぞれの席に座る。
上座からガイル公爵・サーシャ夫人・ララちゃん・アンナちゃん―――本当はサーシャさんの隣にアンナちゃんが座る予定だったが、アンナちゃんがララちゃんに譲っていた。自分も母親の隣に座りたいだろうに、優しい娘だ。
ガイル公爵もマナーどおりの席順より、母恋しい末っ子の為に文句はないようだ。
その対面に俺・ジェイル兄様・ミーファ姫・エリカちゃんの席順になっている。
上座に兄様ではなく俺が座っているのは、あくまで婿入りする俺の為に開かれる歓迎会だからだ。
席に座って間もなく料理が運ばれてきた。俺たちには前菜が出されたが、サーシャさんとララちゃんには俺が作ったトマトリゾットとハンバーグが打ち合わせ通りちゃんと出ている。勿論はちみつレモン水も一緒にね。
「お義母様には僕の作った薬草入りの食事です。食欲がないのであれば薄味のものにしたのですが、凄くお腹が空いているとのことでしたので、さらに食欲のそそるような風味と味付けにしています」
「最近はあまり食欲もなかったのですが、なんだか今はとてもお腹が空いていますの」
「お肉が少し脂が多いので、もし胃に重いようなら無理しなくていいですから残してくださいね。リゾットだけではララちゃんが少し物足りないかなと思い作りましたが、食べられるなら少しでも良いのでお口にお入れください」
「うわ~! ルークお兄様が作ったの? 美味しそうな匂いです♪」
ララちゃんがめっちゃ興奮気味だ。久しぶりに母に会えたこともあって、感情が高ぶっているのかな?
「本当、とても美味しそうですわ。それにしても、人一倍人見知りのララが随分ルーク殿下に懐いているようですわね?」
「ちょっと! なんで私の分がないのよ!」
「アンナ、どうしてそのような悪い言葉遣いをするのですか⁉」
「ごめんなさいお母様」
アンナちゃんが何故かお怒りです!
「これまでの態度で、僕の料理なんか食べたくないと思ってたから……」
「あの、とても良い匂いがしています。わたくしもルーク様のお料理を食べてみたいですわ」
ミーファ姫まで食べたいと言い出した。
隣の兄様も興味深々に見ているが、食べたいとは言わない。歓迎の晩餐料理を公爵が用意したと言っているのに、そっちより弟の料理が食べたいとか失礼なことを言う人ではないからね。
「ルーク君、材料はもうないのかな? 初めて見る料理だが、とても美味しそうだ。できるなら俺も食べてみたいのだが?」
「下準備は余分にしていますので、料理人たちに伝えれば作ってくれると思います」
トマトリゾットは皿に盛るだけだし、ハンバーグも焼けばいいだけなのですぐに皆の分も出された。
「「「美味しい!」」」
「ルーク君、この料理はヴォルグ王国の宮廷料理なのか?」
あはは、料理人と全く同じ、姫の前では答えに困る質問がきた。
「いえ……」
ガイル公爵の問いに俺が言い淀んでいたら、兄様が口を挟んできた。
「こいつは出される夕飯だけでは足らないのか、夜な夜な厨房に忍び込んで夜食を自分で作って食べているのです。自分で作るけど後片付けは一切やらないで放置するので、料理人からは朝食を作る前に後片付けから始めなきゃいけないと苦情が何度も入っていました。朝食や昼食用に予定して仕入れていた食材もこいつが使っちゃうので、本当に困っていたようです」
「まぁ! うふふ。だから少しお太りになっているのですね」
姫に笑われた……しかも太ってるって指摘された!
「ルーク君、うちではやらないでくれよ。片付けをしないで食材を夜に放置してたら、ネズミが湧いてしまうからな」
「それも料理人たちが言っていましたね。ルーク、本当にこっちでは控えろよ?」
「分かってますよ! 兄様はなんで余計なことを言うのですか!」
でも兄様の暴露が良いアシストになった。姫の前で俺がそう言ったら噓だとバレちゃうからね。そう信じ込んでいる兄様の発言だから信憑性があるわけだ。
事実は俺の世界の異世界料理なんだよね。
「ルークお兄様、美味しいです♪」
ララちゃんはハンバーグを気に入ってくれたようだ。子供の大好き料理ランキングの上位だもんね。
ちなみにテレビで見た時はこんなだったと思う。
1位 カレーライス
2位 寿司
3位 鶏のからあげ
4位 ハンバーグ
5位 ポテトフライ
6位 ラーメン
7位 焼肉
8位 オムライス
9位 ピザ
10位 チャーハン
「本当ね、このお米のお料理をもう少し頂こうかしら」
なんとアンナちゃんがお代わりをしてくれた!
俺と兄様は料理人が用意してくれたコース料理を食べているが、こちらも凄く美味しい。特に塩胡椒の牛ステーキが絶品だ!
* * *
「サーシャ、体調はどうだ?」
既に約束の30分はとっくに過ぎていて、心配したガイル公爵が声を掛けたのだ。
「それが、凄く気分が良いのです。もう治ったのではないかしら?」
「いえお義母様、これは一時的なものです。僕の種族レベルが30あればすぐに完治できたでしょうけど、中級回復魔法では完治までには至りません」
「ルークお兄様、お母様治ってないの?」
「うん。でも治る病だから、ララちゃんは心配しなくても大丈夫だよ」
「まぁ! ルーク様の言葉に嘘偽りはないようです! 本当に治るのですね⁉」
「ミーファ本当か⁉ そうか……サーシャは治るのか……良かった」
姫が皆を安心させるために、敢えて自分のスキルで判定したことを口にしたのだろう。ガイル公爵やアンナちゃんが涙ぐんで喜んでいる。
「本当? ルークお兄様がお母様を治してくれるの?」
「うん。ララちゃんは心配しなくていいよ」
ララちゃんが席を立ってこっちに走ってきて『ありがとう』と俺の腰に抱き着いてきた……可愛い!
「ララがお礼にルークお兄様にピアノを弾いてあげる!」
なに⁉ ピアノですと? そういえば部屋の隅に布を被せた物が置いてある。
「ララ、今は歓談中だ、後にしなさい」
「あら、あなた、人見知りのララが自分からピアノを弾いてあげるとか言っているのですよ? わたくしも聴きたいですわ」
サーシャさんの一声でガイル公爵の意見が覆った。うん、この家ではお義母様の意見が最有力なんだね!
侍女が布を外したら、グランドピアノがあった。
『妖精さん! なんでこの世界にグランドピアノがあるんだよ!』
『♪ この世界はマスターの世界が元になっています。ピアノも神が伝えた文化の中にあったものの1つですね。ルーク君も幼少時に専属教師が付いていたのですよ』
記憶を探れば確かに覚えている。だが、姉様と一緒に6歳から初めて、俺は1年で辞めている。
お母様が始めさせたものだったのだが、お父様が「そんな女子がするような習い事に充てる時間があるのなら、もっと剣術を学べ」と言ってきて俺はすぐに辞めていた。
ララちゃんの弾くピアノは、超初級者向きのものだ。でも、俺の為に一生懸命弾いてくれる姿が可愛い!
それにしてもこのグランドピアノ……ヤバいくらい良い音がしている。
『♪ このピアノはドワーフとエルフの合作で作られた最高級ピアノですね。ピアノ線がミスリル線で出来ているので、凄く良い音色がでる一品と評判です』
実は俺もさっきから弾きたくてうずうずしている。俺は小学3年の頃から高校に入るまで、週に1回近所のお姉さんがやっているピアノ教室に通っていた。
ルーク君とは違い、俺が母に頼み込んで通わせてもらったのだ。
駅の近くの路上でストリートライブをしていた見知ったお姉さんの弾くピアノが凄くて、俺もあんな風に弾いてみたいと思ったのがきっかけだ。家でも練習できるように音が消せる電子ピアノも買ってもらった。
ピアノ教室を辞めた理由――手先がめっちゃ器用で凝り性な俺は、高校に入る頃にはかなりの腕前になっていたのだ。ヤマハの講師免許を持つ、音大卒のお姉さんより上手くなっていたのだ。
アンナちゃんやサーシャさんも1曲弾いてくれ、ミーファ姫まで披露してくれた。サーシャさんと姫の腕前はかなりのものだった。どうもフォレル王国では、貴族息女の嗜みとして女子の殆どが弾けるようだ。
「ミーファお姉様上手です!」
「ありがとうアンナ」
「そういえばルークも子供の頃に少し習っていたよな?」
「ええ……お母様に無理やり……」
「ルークお兄様のピアノ聴きたいです!」
兄様が余計なことを言うから、ララちゃんにおねだりされてしまった!
う~~っ! 弾きたいけど、やり始めたら絶対やらかしてしまう!
「人に聴かせられるレベルじゃないから、ごめんね……」
「あら? ……なぜ嘘を?」
コラ~ッ! ミーファ姫! バラしちゃダメでしょ!
15分後―――
「ある~日♪」『ある~ひ♪』
「森の中~♪」『もりのなか~♪』
「熊さんに~♪」『くまさんに~♪』
「であった~♪」『であった~♪』
俺の後ろに続いて、ララちゃんがめっちゃ楽しそうに歌っている。
それをミーファ姫やサーシャさんたちが微笑ましそうな顔をして聴いている。
勿論伴奏は俺だ―――
「熊さんに出遭ったら食べられちゃうね!」
「この熊さんははちみつしか食べない優しい熊さんだから大丈夫!」
「人見知りのララが、あんなに楽しそうに人前で歌うなんて……」
「咲いた~ 咲いた~ チューリップの花が~♪
並んだ~ な~らんだ~ 赤 白 黄色~♪
どの花見ても~ 綺麗だな~♪」
晩餐のテーブルの上には、俺がララちゃんにプレゼントしたチューリップが飾られているのでこの曲もとても喜んでくれた。
ここまでは良かった……調子に乗った俺はやってしまった。
つい得意なショパンの『別れの曲』を弾いてしまったのだ。
アッと思って振り返った時には既に遅かった……ミーファ姫が泣いていた。
他の者たちも放心状態だ。
「ルーク様……素敵ですわ!」
姫様が涙を拭いながら褒めてきた……確かにこの曲は心に響くけど……。
「ルーク! お前いつの間にこのような練習を?」
言えない……だって姫様がこっち見てるもん!
「その……父様がそのような女子の芸事を習う暇があるなら、もっと剣の修行に励めと……だからこのことは秘密です」
『♪ マスターってアホですね……』
妖精さんの容赦のない突っ込みに言い訳できない。
『♪ 今更なかったことにはできないので、こっそり練習していたとでも言うしかないです』
『でも、姫にはばれるだろ?』
『♪ 練習していたというのは事実です。向こうの世界ではありますけどね。全てが嘘ではないですので、上手く誤魔化すしかないでしょう。今後、マスターの趣味の1つのピアノを続けたいのなら、この場でもう隠さない方が良いと思います』
『ミスリル線のこのピアノの音色ははまってしまった。目の前にあって弾けないのはちょっときつい』
ということで、もうやっちゃいました!
続けてショパンの超速弾きの『幻想即興曲』を弾いたら、全員がドン引きした。
「ルークお兄様凄いです! 速くて指が見えなかったです!」
「ルーク様凄すぎです! 初めて聞く曲ですが、ヴォルグ王国で流行っているものなのでしょうか? よろしければわたくしにも教えてくださいませ」
姫に初めて聞くと突っ込まれたが、知らん顔でやり過ごした。
その後も『英雄ポロネーズ』を弾き、止めとばかりに『革命のエチュード』を弾いてみせた。
このレベルの曲が弾けるようになるには、何度も何度も譜面を見なくても指が勝手に動くほど練習して暗譜している。簡単な曲は逆に覚えていないので、譜面がないと弾けない。そういう理由で、このような難曲ばかりの選択になってしまった。そのうちベートーヴェンも聴かせてあげよう。
「お義母様、そろそろ部屋に戻りましょうか」
「わたくしはまだまだ大丈夫です」
「ダメです。今は良くても後で無理がでてきますので、今日はここまでです」
「そうだぞ! ルーク君の指示に従いなさい。最初に言ってた30分はとっくに過ぎているのだからな」
晩餐会は俺のピアノで盛り上がって終えることができた。
公爵家内の俺の評判は随分上がったようだ。これならこの家での居心地は悪くなさそうだね。
*********************************************************
お読みくださりありがとうございます。
ピアノチートは興味がなく、分からない人にはくどいかなとも思いましたが、ララちゃんとのほのぼのシーンと姫様たちの好感度アップの為にぶっこみました。
ちなみに私は……ピアノ一切弾けませんw
ヤマハのピアノ教室に小1から通ってたのはうちの娘です。
小6まで通いましたが、主人公と違いうちの娘は初心者レベルですけどね。
それでも得た技術は役立っているようで、通わせてもらったことに感謝してくれているようです。
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