第23話 鶴だけど、この際ワイバーンでいいかな

 思いっきりげんこつを喰らったアンナちゃんは涙目だが、それでもまだ俺を睨んでくる。


 君に何もしていないのに、そんなに睨まないでほしいな~。


 簡単な自己紹介を終えたら、公爵がすまなさそうに席を立った。


「到着早々に申し訳ないが、ジェイル殿とミーファには、今から捕らえた賊の尋問に立ち会ってもらいたい」


 連れてきた盗賊たちを尋問し、至急調書を作成する必要があるみたいだ。


「分かりましたわ。少し前にお父様が直接侯爵領に騎竜隊を使って向かわれたと連絡がありました。もろもろお急ぎなのですね?」


「うむ。兄上もまさか精鋭騎士を護衛に伴ったミーファを襲うと思っていなかったらしくてな……今回の件はかなり怒っている。直接出向いて自ら侯爵の首を刎ねる気のようだ」


 その侯爵も終わったな。脱税だけなら財産の没収と爵位剥奪程度で済んだものを……姫暗殺ともなったら死罪は確定だろう。


「ジェイル殿、疲れているとは思うが、今からよろしいか? 事がすぐ近くで起こっている。ひょっとしたら我が領内に残党の拠点があるかもしれない。急ぎ尋問して調べたいのだ」

「その可能性は高いですね。今すぐ行いましょう」


「ではルーク殿はここでアンナたちの相手をして待っていてもらえるかな?」

「「えっ!?」」


 俺だけじゃなく、アンナちゃんまで「えっ!?」って言った!


 お義父さん、この娘と残されるのはきついのですが……。

 めっちゃ俺のこと睨んでいるのですが! 空気読んでほしいんですけど!


『♪ ガイルはあえてアンナとララと3人だけにする気のようですね。自分がいなくなった後で、残されたマスターが彼女たちにどのような態度をとるのか見極める気のようです』


『え~~! 気まずいの分かっていてやってんの? 性質悪いおっさんだな……』

『♪ 王命とはいえ、可愛い我が娘と結婚させる相手ですからね。噂どおりのクズ男なら突き返す気満々なようです』


 確かにこの娘も可愛い。噂どおりの男なら、公爵の目が無くなった時点でこの娘たちに失礼な態度をとるって思っているのだろう。妖精さんの言っていることは納得できたが、試されるのはごめんだ。


 それにルーク君は初対面の女子にいきなり失礼なことなんかしたことない。自分の陰口を言う、問題にならないような国王派に属する派閥家の御令嬢限定だ。


「襲撃の際の状況は騎士たちから聞いたので、全員から聞く必要はない。そちらの代表としてジェイル殿1人居ればよいしな。ミーファは審問官として立ち会ってもらう」


「分かりました。僕はここで待っています」

「エリカをここに置いて行きますので、給仕としてお使いください」


「はい。私がお茶をお入れしますね」


 ミーファ姫が俺に気を利かせてくれて、先ほど馬車の中でいくらか仲良くなったエリカちゃんを置いていってくれるみたいだ……これで少しは間が持つだろう。


『♪ どうやら姫の思惑はそれだけではないようですが……』

『姫がエリカちゃんを残してくれたのは、アンナちゃんと一緒じゃ気まずそうな俺を気遣ってくれたのではないってこと?』


『♪ 概ねそれで合っていますが、マスターは御気になさらないで良いかなと……』


 教えてくれないのなら、意味深なつぶやきは止めてほしい……気になるじゃないか。


「尋問の間に風呂の準備をさせておく。その後に歓迎の宴を開催する予定になっている。慌ただしくて申し訳ないな」


「いえ、了解しました」


 そういえばこの世界に来てからまだ風呂に入ってない。

 軟禁状態だったので、自室で【クリーン】という浄化魔法を掛けてもらってはいたが、風呂好きな日本人としてはちゃんと湯船に入りたいものだ。



 *  *  *



 公爵家の侍女ではなく、エリカちゃんがお茶を入れてくれて、兄様たちが尋問から帰ってくるまで応接室で待機しているのだが……非常に気まずい。


 ララちゃんは席を立ってアンナちゃんの椅子の後ろに隠れ、テーブルを挟んだ対面に座っている俺をチラチラ見てくる。

 アンナちゃんは俺のことをじ~と睨んだままで、一切口を開こうとはしない。


 エリカちゃんも流石に居辛そうにしている。


 はぁ~、めっちゃ気まずい……。


 俺は【インベントリ】から妹のチルル用に作っておいた折り紙を取り出す。

 ララちゃんに見えるようにし、鶴を1羽折ってみた。


「ルーク様、それは何でしょうか?」


 ララちゃんよりエリカちゃんが食い付いてきた。アンナちゃんも何やら興味深々な感じだ。


「ワイバーン!」


 お! ララちゃんがアンナちゃんの後ろから顔を出して、鶴をワイバーンって言った。


「ドレイクじゃないかしら? こいつ、元竜騎士だって聞いたわ。大事な竜を死なせたマヌケらしいけどね」


 アンナちゃんに『こいつ』呼ばわりされた!

 しかもチクリと『竜を死なせたマヌケ』と嫌味を添えて―――


「お姉様、ドレイクより首が細くて長いからこれはワイバーンだよ」


 ララちゃんは俺の方を見て『ワイバーンだよね?』みたいな顔をしてきた。

 鶴だよとは言わないで、2羽目を折る……子供の気を引くのは簡単だ。


「ララちゃんも作ってみる?」

「……」


 首を横に振って拒否られた……まだ警戒されているようだ。

 3羽目を折って、ちょっと変化を与えてみる。


「さて……これはまだ命が宿ってないので、今から命を吹き込むね」

「ばっかじゃないの⁉ 精巧な物だとは思うけど、ただの紙じゃない!」


 アンナめ! いちいち棘のある言い方しやがって!


 鶴のお腹の部分に息を吹き込んで膨らませる。そして生活魔法の【ライト】で膨らんだ腹の中に小さな灯りをともし、【フロート】の魔法で宙に浮かせる!


「わぁ! ワイバーンがお空を飛んだ!」


 3羽【フロート】を操ってララちゃんの周りを浮遊させる。


 ララちゃん大興奮だ!


 流石にアンナちゃんも3羽の鶴が光を灯し周りを浮遊する幻想的な光景に驚いているみたいだ。


「お兄ちゃん、ララも作りたい!」

「いいよ。一緒にワイバーンを作ろうね」


「ほらっ! やっぱりワイバーンなんだね!」


 ララちゃんはドヤ顔で得意げだ!

 まぁ、鶴よりこの形はワイバーンの方が似ているしね。この世界ではワイバーンでいいだろう。


 ちなみにワイバーンは竜種ではない。鳥類の一種なので手にあたる部分は羽と一体化している。鳥類の魔獣の中ではかなり強い鳥種だが、所詮は大型の鳥だ。見た目は恐竜のプテラノドンに似ている。羽で空を飛ぶため鳥と同じく骨の中は空洞で軽く、同じくらいの大きさでも体重がないため戦闘力ではドレイクと比べると格段に劣る。


 騎乗用に飼育もされているがあまり賢くないので、事故も起こる危険な乗り物だ。


 ドレイクは鳥類でも爬虫類でもなく翼竜類という竜種で、腕は羽の前あたりに付いている。竜種固有の魔法で空を飛ぶため、鳥類ほど羽は大きくないのも特徴の一つだ。ゴジラに蝙蝠のような羽を付けた見た目をしているのが特徴だ。



 ララちゃんはすぐにワイバーンの折り方をマスターしたので、カエルさんも教えてあげた。お尻の部分を指で弾くとぴょんぴょんと跳ねる仕組みのやつだ。


「ぴょん! ぴょん!」


 ララちゃんはカエルを指で弾いて楽しげに遊んでくれている。

 アンナちゃんも楽しそうに遊んでいる妹を眺めて、俺への睨みもなくなった。


 クレヨンがあったら緑で塗ってもっと良いものが作れるのに……残念だ。

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