第22話 義父(仮)さんはおっかないです

 姫には嘘が吐けないので俺にとっては天敵かと思ったが、いらぬ心配だったようだ。だって異世界があるとか、それすら知らない世界なのに『あなたは異世界人ですか?』『中の人入れ替わっていますか?』なんて質問が起こりえるはずもなく、心配する必要さえなかったのだ。


 それにしてもよく笑う姫様だ。『うふふっ』と上品に笑う笑顔が実に可愛い。





 ドレイクだと10分の距離を、馬車で2時間ほどかけて公爵領に到着した。


 あ~~嫌だな……凄く緊張してきた。


「ルーク様の緊張や不安感が伝わってきますわ」

「あはは、姫にばれてしまいました。思っていたより結構大きな街ですね? 小国と聞いていましたが、我が国の公爵領の商都と比べても大差なさそうです」


「そうですの? 見えないので大きさはよく分かりませんが、この公爵領は我が国でも3番目に栄えている商都ですので、大きいのかもしれませんわね」


 馬車から見えるこの商都の外壁は1km以上はありそうに見えた。1辺が1kmの城壁だと中の人口はかなりの数だろうと思う。数万人は居るのではないだろうか。


 この世界には危険な魔獣がいるので、こうやって高い外壁で街を囲って中に魔獣が進入できないようにしているのだ。


 街の中心には神殿があって、そこに【結界石】が安置されている。

 この【結界石】は神が与えてくれた恩恵の1つだ。神殿を建て、その場所が村や町と神に認められれば、神殿内の設置場所に魔獣を寄せ付けなくする【結界石】を授けてくれるのだ。


 この【結界石】には強い魔獣ほど嫌うという特性があり、弱いスライムやゴブリンなどの魔獣には効果が薄い。だから弱い魔獣用に高い壁が造られている。


 必然的に城壁に囲われた【結界石】のある安全な村や町に人は集まってくる。それ以外では魔獣に襲われるから当然だよね。





 兄様は既に城門前に降り立って、門番に騎竜を預けたようだ。


 兄様と合流し、例の手枷をやっと外してもらえた。


 門内に公爵家の馬車が用意してあったので俺と兄様はそちらに乗り込む。姫は俺にそのままこっちに居てくれと言ってきたがそうもいかないだろう。俺のたわいもない話でも、姫にとっては退屈凌ぎになったようだ。



 移動中に目を閉じて、気になっていることを聞くために妖精さんに念話を送る。


『妖精さん! 向こうの世界で俺が助けようとしていた子供がどうなったか知らない?』


『♪(チロリーン) 申し訳ありません。私には向こうの世界のことまで分からないのです。できるだけ早く神殿に来てほしいと女神様から言伝を頼まれています。その時にもろもろ話してくださるそうです』


『分かった。神殿にはできるだけ早く行くよ。何かこの世界のことで知っておいた方が良いこととかある?』


 海外旅行でも国が違うと法やマナーが違ってくる。ルーク君は王子様なので世情には疎い。それに勉強嫌いだから無知でもある。日本の常識では良くても、この世界では禁忌な案件もあるかもしれない。


『♪ 特に今すぐ知っておかなければいけないようなことはないですね』

『分かった。じゃあ、都度分からないことがあったら尋ねるようにするよ』


『♪ はい、何でもお尋ねください。あの~、私の今の状態は仮みたいです。喋り方も女神様が作製時に覗いたMMOのままのようですね。正式に召喚されるまでに私の名前を考えておいてください。ずっと「妖精さん」と呼ばれるのは嫌です』


『名前か~、分かった考えておくよ。その召喚っていつされるの?』

『♪ 当初の予定では、ヴォルグ王国で行うつもりだったようなのですが……私も詳しくは知らないのです』


『分かった、また後で話そう。どうやら公爵の屋敷に着いたみたいだ』

『♪ 了解しました』



 馬車の扉が開かれその場に降り立つと、姫様と侍女が既にいて、うちの父様と同じくらいの年齢の厳ついおっさんが傍らに立っていた。


 うわ~この人がお義父さん? ないわ~、うちの父様よりおっかない顔をしている。


「両殿下、遠路はるばるようこそおいで下さった。私がフォレスト公爵家当主、ガイル・B・フォレストだ。先に我が姪の命を救ってくれたことの礼を御二方に言わせてもらいたい。我が可愛い姪が危ないところを助勢して頂き感謝する。数分遅ければ危なかったと騎士たちから報告を受けている。本当にありがとう」


『妖精さん? 王子より公爵位の方が格上なのかな? 俺の知識では王族の方が上だったと思うんだけど』


『♪ 厳密には現王子の方が格上ですが、公爵も元王子だった者です。ジェイルは王位を継げば国王になる存在ですが、現時点では確実に王位を継ぐとは限りません。王位を継がなかった兄妹には一般的に公爵位が与えられますが、それも確実ではありません。現にマスターには「公爵位はやれん」と御父君がおっしゃられていましたよね。この先どうなるか分からない今の時点では、一般的に現在公爵家当主で年上のフォレスト公爵の方を立てて、格上として対応いたします。ですから言葉遣いには気を付けてくださいね』


『了解だ。アドバイスありがとう』


「当然のことをしたまでです。私はジェイル・A・ヴォルグ、ヴォルグ王家の第一王子です。そして―――」


「あ、済まぬが自己紹介は屋敷の中で行おう。我が娘たちの紹介もあるので二度手間になってしまう」


 挨拶を途中で遮り、屋敷に通されたのだが、20名ほどの侍女と執事が玄関ホールで整列して待機していた。俺たちへの歓迎の意のようだね。大国の王子2人なので最大級のおもてなしだろう。


 流石公爵家……執事や侍女も、皆、美男美女ばかりだ。


「ルーク……頼むから、彼女たちのお風呂や着替えを覗くなよ」


 俺が侍女たちを見ていたのを兄様に目ざとく見つかり、俺にだけ聞こえる程度の声量で伝えてきた。


 『覗きをやったの俺じゃないから!』と言いたい。


 この屋敷でそんなことやったら、あのおっかなそうなおっさんに殴り倒されるかもしれない。まぁ、そもそも俺はルーク君と違い、覗きなんてしないけどね。



 年配の執事長と侍女長とだけ挨拶を交わし、奥の談話室に入った。


 中には2人の女の子が居た。この娘が俺の婚約者なのかな?

 俺と同い年くらいの気の強そうな猫目の美少女だ。


 俺をきつめの猫目で睨んでくる……あまり歓迎されていないようだ。


 もう1人は妹のチルルと同じくらいだろうか? 猫目の子の後ろに隠れて、顔を少し覗かせてこちらを見ている……小動物のようでこの子は可愛い。


「改めて自己紹介をしよう。私がこの公爵家の当主、ガイル・B・フォレストだ。そしてこの子が次女の―――」

「フォレスト家次女のアンナと申します」


 次女でアンナちゃんという名前なら、猫目のこの娘は俺の婚約者ではないね。

 そもそも男性恐怖症なら、俺をあれほど睨んだりはできないか……。


「そして、この子が末っ子の―――」

「ララです……」


 名乗った後にまた姉のアンナちゃんの後ろに隠れてしまった……可愛い。


「ララ、ちゃんと挨拶しなさい。申し訳ない、人見知りでまともな挨拶もできない……お恥ずかしい限りだ」


 公爵は躾のことを言ってるのかな……確かに5、6歳で公爵家の娘ならもっとちゃんとした挨拶をしていてもおかしくはない。妹のチルルならもっと元気に完璧な挨拶ができる。


 肝心の俺のお相手がここには居ないようだ。


「妻は体調が悪く挨拶には来れない、人にうつる病のようでな……申し訳ない」


『♪ マスター、どうも奥方はマスターの世界でいうところの結核のようですね』

『そうなのか? 俺の世界じゃ結核は治る病だったけど、この世界ではどうなんだ? 魔法がある世界なので問題ないのかな?』


 ルーク君の記憶では、治らない病と覚えているけど……どうなんだろう?


『♪ 奥方は不治の病として3階の隅の部屋に隔離されているようです。どうもこの国では結核が蔓延しているようですね』


 日本でも数十年前までは不治の病として恐れられていた。

 新選組の沖田総司の病が結核だったとして有名だよね。当時は労咳と言われていた病だ。


 頬に十字傷がある流浪の剣士の某漫画を読んだ時に、沖田総司が患っていたとなっていて、以前ネットでどんな病なのか詳しく調べたんだよね……。


「そうですか……早く治るといいですね。私はジェイル・A・ヴォルグ、ヴォルグ王家の第一王子です。そして―――」


「この度公爵家への婿として選定されました、ヴォルグ王家三男のルークです」


「本当に豚なのね……お姉様、御可哀想……」

「アンナ!」


 ゴンッ!


「いったぁ~!」


 うわ~、アンナちゃん……おもいっきりお父さんにげんこつされた!

 でも初対面でそれは流石に失礼すぎるよ。公爵令嬢としてお父さんに叱られて当然だね。


「娘たちの躾がなってなくて申し訳ない……」 

「まぁ、それはお互い様ということで……あはは」


 兄様、それはどういう意味かな?

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