第21話 ドナドナの詩(うた)

 自国ではいろいろルーク君がやらかしていて居辛いと思い、俺を知らない隣国で再起をかける腹積もりだったのだが、完全に当てが外れてしまった。


 腹立たしいことに、何人かの吟遊詩人が俺をネタにこの国で面白おかしく吹聴しているらしく、『オークプリンス』の噂はこの国でも広まっているようなのだ。いっそのことこのまま逃げ出そうかとも考えたが、ルーク君が無知なせいで、統合した俺の記憶の知識も乏しいのだ。


 この世界のことを知らないまま旅に出るのは、レベルの低い今は危険すぎる。

 それに、今逃げ出すと兄様に迷惑が掛かってしまう。


 父様の目論見どおり、兄様が俺の足枷にちゃんとなっているようだ。


 今回はドレイクの戦闘力や機動力、兄様との連携で盗賊どもを倒せたが、俺1人が街道で出会ったのならあっさり殺されていただろう。もっとこの世界の情報を収集し、知識と実力を付けてからでないと、邪神討伐に向かう前に死んでしまう可能性が高い。


 暫く騎士学校に通い、情報収集と基礎体力をつけようと思う。この体じゃ邪神どころかオークにすら負けかねない。


 オークは今の俺と似たような体型だが、向こうはがっしりしていて、相撲取りのように筋肉の上に脂肪を纏っている。だが、俺が纏っているのは全て脂肪だ。腹筋ができないほど脂肪の重りを体に纏っているのだ。痩せないことには話にならない。



 とりあえず公爵家へ向かおう……そしてダイエットだ!



 * * *



「ルーク様、宜しければわたくしの馬車で御一緒に向かいませんか?」


 姫の馬車で? 


「う~ん、でも……」


 姫と御付の近衛騎士が3名乗るんだよな……こんな美しい女子ばかりだと緊張する。


 俺が悩んでいたら、兄様が話に割って入ってきた。


「ルーク、そうするといいだろう。姫様たちから馬車で移動中にこの国のことや、婚約者のことなど色々話が聞けるのではないか?」


「そうですね……」


「でも逃げるなよ?」

「だから逃げませんって!」



 馬車に乗り込んだのは、俺が傷を診た近衛騎士と姫の2名だけだった。他の近衛騎士は馬に騎乗して馬車を両サイドからはさんで護衛するようだ。




 姫の馬車に乗り込み、公爵家に向かって1時間が経つ――

 失敗した……姫の質問攻めが酷いのだ。


 目が悪いことや、嘘を見破ってしまうという特性もあって、姫はあまりお茶会のような社交の場には参加していないようで、ちょっとした話題でも喜んで食いついてくるのだ。


 貴族の御婦人たちのお茶会など、見栄や大袈裟に話を盛ったような会話がメインだろうから、それがバレてしまう姫が呼ばれないのも何となく想像がつく。


 話をしているうちに分かったのは、俺が治療した女性は近衛騎士ではなく姫専属の侍女だったようだ。


「じゃあ、近衛騎士じゃなく普通の侍女だったのですか?」

「戦闘侍女ですので普通の侍女とはいえないかもです。外で並走している2名の近衛騎士とは仲は凄く良いですが、所属が違いますね」


 彼女の名はエリカ・D・フランシス16歳、フランシス伯爵家の次女だそうだ。

 普通ならこの春に騎士学校に通うはずなのだろうが、幼少時より姫の遊び相手だったこともあって、そのまま戦闘侍女として姫に仕える選択をしたのだそうだ。


 姫には嘘は吐けないし見破られるということもあって、姫の侍女は結構限られた者しか成れないのだろうと思う。


 この娘にも命の恩人だと何度もお礼を言われた。


 更に話を聞いていると、俺の婚約者は男性恐怖症なのだそうだ……。

 だから男がいる社交の場には一切出ていないらしい。父様が公爵令嬢の情報がないと言っていたのもまんざら嘘ではないみたいだ。


 そんな体質で学校なんかに通って大丈夫なのかと思ったが、御付きの侍女が男子を完全にシャットアウトしているそうだ。


「わたくしは目が悪いので学園に通うことを断念しましたが、彼女は勇気を出して学園行きを希望し、見事首席で魔法科に合格いたしましたのよ。最初の数日間は、公爵家に取り入ろうと寄ってくる輩が多くて大変だったと言っていました」


 従妹同士、彼女と仲は良いようで、よく【ステータスプレート】のコール機能を使って話をするみたいだ。


 目が悪いのと男性恐怖症とでは、目が悪い方がより行動に制限がかかってしまう。

 黒板、教科書、試験問題……目視で字が読めないのではどうしようもないことの方が多い。男性恐怖症は男に近付きさえしなければ勉強に支障なく学園生活はおくれる。


「でも、そんな相手に結婚話とか、無茶な話ではないですか?」

「はい……お父様がこの婚約に乗り気で話を進めたそうですが、何をお考えなのでしょう?」


 婚約自体がダミーで、他に何か意図があるのか?


 まさか回復剤作製のことがばれていて、俺を監禁して延々と回復剤だけ作らせる為に呼び寄せたとか?……いや、ないな。回復剤のことは神殿関係者と、兄姉と唯一城の中でルーク君と仲の良い年老いた庭師しか知らないのだ。


 そしてこの身分を隠した王家公認の庭師こそがルーク君の回復師としての師匠なのだ。裏切るとか絶対ない。そういえば、師匠にお別れ言ってないや。


 それにしてもこの馬車、結構揺れる。王家の馬車なので物は良いはずなのに、それでも揺れが酷いのだ。



 *  *  *



 姫の質問攻めが落ち着いて外を眺めていたら、あるフレーズが頭をよぎった―――


『ある晴れた 昼さがり 公爵家へ 続く道~♪

 箱馬車が ゴトゴト ルークを 乗せてゆく♪

 可哀想なルーク 売られて行くよ~♪

 悲しそうなひとみで 見ているよ~♪

 ドナ ドナ ドナ ドナ~ ルークを 乗せて~♪

 ドナ ドナ ドナ ドナ~ 箱馬車が 揺れる……♪』


「うふふっ、ルーク様、その歌はなんですか? 何とも物悲しい詩ですね? それほどこの縁談が御嫌なのですか?」


 姫と侍女のエリカさんに可愛くクスクス笑われた。


「姫にごまかしは通用しないようなので正直に言いますが、親の決めた縁談なんて真っ平ですね。できれば自分で好きな娘を探して娶りたいものです。姫も本心はそうではないのですか?」


 彼女は17歳……騎士学校に通わないのであれば、すぐに結婚してもおかしくない年齢だ。


「そうですね。でも、わたくしは生まれつき目が悪いので贅沢は言えませんわ。それに一級審問官という特殊な神よりの祝福を得ているので、父がそう簡単に手放すとも思えません」


「ああ、それもそうですね。逆に嫁に欲しいという奴がいると、その能力欲しさを怪しんだ方が良いぐらいです」


「その辺は一言わたくしがお相手に聞けば分かりますので心配はないのですが……そういう意味では、誰もわたくしなど煙たがって嫁になど貰ってくれないでしょうね」


「そうかな? 嘘さえ吐かなきゃ良い訳だし、姫ぐらい可愛かったら、それを差し引いても十分魅力的だと思いますけどね」


「ルーク様、それは本当でございますか!?」


 あ、しまった! 姫に嘘吐けないんだった!


「はい。ミーファ姫はとっても可愛いくて魅力的な女性ですよ」


 嘘吐けないので正直に言いました!


「嘘じゃないですわ! わ、わたくし、嬉しいです♪」


 あらら……顔が真っ赤になって。


 なにこの娘、マジで可愛い!




 思ったほど緊張することもなく、可愛い姫と侍女と俺の3人で楽しく公爵家まで向かうことができた。

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