第5話 ルーク君の愚行
召喚や転移ではなく、実在している人物への転生のようだ。
しかもこの国でバカ王子として名を馳せている人物だった……酷い話だ。
「何を呆けている! 反省しているのか! ちょっと小突いたくらいで大げさに痛がりおって!」
いえいえ! 俺、死にかけています!
ここは素直に謝っておこう。下手に刺激してまたぶたれたらマジで死にそうだ。
「ごめんなさい……あの……この手枷は?」
「お前が逃げないようにだ! 毎回悪さをして反省もせず、魔法を使って逃げるからだろうが! 今回は許さんぞ!」
おっしゃる通りなのですが、『それ俺じゃないです!』と言えないのが辛い。
そういえば、あの竜はどうなったんだろう? 気を失うように横たわったから凄く心配だ。
あの竜はルーク君が卵の頃から魔力を注いで、生まれてからも随分可愛がっていた騎竜だ。竜も凄く懐いていて、今回も危険を顧みず身を挺してルーク君を守ったほどだ。
「お父様、僕の騎竜はどうなったのでしょう?」
俺から目を逸らして言いにくそうに答えてくれた。
「俺が駆けつけた時には既に死んでいた。バカなお前を庇って……優秀なドレイクだったのに」
あれ? 涙が……。
「フンッ、バカなお前でも、あれほど可愛がっていた従魔が死んだら流石に悲しいか?」
この涙はルーク君の感情か? 俺自身に竜との接触はあの一回だけだ。記憶に影響されるのか……少し厄介だな。
瀕死状態にも拘らず、最後にこっちを見て尻尾を振っていた竜を思い出す……更に涙が溢れてきた。
「お父様……暫く一人にしてください……グスッ……」
「今更悔やんでも遅い! 自分のやったことを思い出し反省しろ!」
父様は腹立たしげに皆を連れて部屋から出て行った。
父様は『自分のやったことを思い出せ!』と怒っていたが……成程。ルーク君は竜騎士としてやってはいけないことをやっていた。
* * *
ふぅ……記憶からくる感情がやっと落ち着いた。
俺はルーク本人ではないので、酷く消沈することはなさそうで安心した。ご飯が喉を通らないほど心が感化されては堪らないからね。もうこの体は俺のものだし、邪神討伐という女神様と約束した大事な使命もある。何時までも悲観に暮れてのんびりしていたら、復活した邪神にこの世界はめちゃくちゃにされてしまう。
一人になったことだし、今後の為に少し記憶の確認と整理を今のうちにしておいた方が良いだろう。
名前はルーク・A・ヴォルグ(15歳)身長170cm・体重135kgのおデブちゃんだ。
髪はシルバーブルーの銀髪で、城を出ないのも原因だが肌もかなり色白だ。
ルーク君はこの春から竜騎士学校に通っていたのだが、実技以外は同期の中で最低の成績保持者だ。
ルーク君のお父さんはこの国の国王であると同時に、国最強の竜騎士だ。
お父さんも王子時分には竜騎士学校に通っていて主席で卒業しているそうだ。現王になってからはあまり騎竜しなくなったが、竜騎士学校卒業後に竜騎士隊に入隊し、王位を継承する頃には将軍にまでなっていた猛者だ。
竜騎士学校は厳しい入学条件があるので一般人はほとんどいない。バカでも一応ルーク君はエリート組だ。
竜を所持していて、竜が騎乗を認めている者しか入学できないから、必然的に絶対数が少なくなる。
竜といっても騎乗する竜は竜種の中では最弱のドレイク竜なのだが、それでも体高5mほどもある大きな巨体だ。
野生の成竜は人に懐かず、人間を餌と認識して襲ってくる危険な魔獣だ。
騎竜を手に入れる手段は2通りある。
普通は卵の段階で巣穴から盗んできて、騎乗者となる者が毎日餌となる魔力を流し成長させ孵化させる。与えた魔力量によって生まれてくるドレイクの強さに影響があるため、皆、必死で孵化するまで魔力を送り込み続ける。
ルーク君もこの方法で騎竜を手に入れて従魔契約したくちだ。
もう1つは【従魔召喚】という儀式で運良くドレイクが召喚された場合だ。
極稀にドレイク以上の翼竜が召喚されることもあるそうだが、ドレイクですらかなりのレアなので、召喚での入手はあまりないそうだ。
ルーク君はバカで有名だが、本来知能も高いし、魔力量も多く、基本スペックは王家の血筋だけあってかなり凄い。
毎日膨大な魔力を送り続けたドレイクは、他を寄せ付けないほどのハイスペックな竜が生まれた。そして生まれた竜は当然良質な魔力を持つルーク君と従魔契約を結び従魔となった。元々動物好きで凄く懐いた竜をルーク君も大層可愛がっていた。
従魔になって5年……悲しくない訳がないのだ。
で、そのパートナーを亡くす事件がなぜ起きたか。
その日は竜騎士学校の中間試験の最終日、騎乗の実技試験中だった。
竜騎士学校の実技の日には、現在活躍している竜騎士隊の中から何人か派遣されてきて教師とともに事故が起きないようにサポートしてくれる。
この日は実技試験ということもあって、観覧視察でうちの父様が来ていた。
騎竜隊は国の中でも最大戦力になるのだからこまめに視察が入るのだ。機動力・攻撃力は他の騎士隊を圧倒するので、学生にかかる期待も大きいのだろう。
父親が来ているからと、良いところを見せようとしたバカなルーク君は絶対やってはいけない『竜の視覚外の後ろに立つ』という愚行をこの日犯してしまったのだ。
試験中の編隊飛行時に、決められたコースを無視してアクロバット飛行を行おうと無茶な宙返りを行って仲間の竜の後ろに入ってしまったのだ。
後ろに立ってはいけない理由……急に視覚外に入られた竜は反射的に尻尾を振るって攻撃する習性があるからだ。
本来竜に死角は少ない。目は人と違って馬の視覚に近く、ややサイドに位置しているため340度ほどカバーできるのだ。ほぼ真後ろ以外見渡せるので、唯一の死角の真後ろに立たれるのを嫌うのだ。
竜騎士なら絶対しないことをやったルーク君は例に漏れず尻尾で思いっ切り叩かれ、あの落下事故に至ったわけだ。
今にして思えば、あの尻尾で叩かれた時点でルーク君は即死して俺の転生が行われたのだろう。竜の尻尾の一撃はそれほど強烈なのだ。
うん? と、いうことは、あの時の声は例のチュートリアル的なAIさんかな?
飛行機で聞いた女神様の声より可愛いアニメ声をしていた。
今はこの【魔封じの枷】のせいか、声も聞けないし呼び出すこともできないみたいだ。
そういえば、飛行機で俺が守ったあの娘はちゃんと助かったのかな?
気になるけど、もう調べようがないね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます