第6話 嫌われ者のルーク

 命懸けで助けようとした少女の生存も気になるけど、先に重要案件ができた。


 トイレに行こう!


 尿意を感じたのでトイレに行こうと自室の扉を開けたら、衛兵が居て止められた。


「ルーク様、どこに行かれるのですか? お部屋にお戻りください。国王様から自室謹慎が厳命されています」


 俺が逃げないように監視を付けているようだ。しかも2名も……人材の無駄遣いだね。


「おしっこに行きたくなった。あ~なんだか、うんちもしたくなってきた……」

「トイレなら仕方がないですね。同行いたします」


「うんちぐらいゆっくりしたいのだけど? 逃げないから、一人にしてくれない?」

「そう言って前に一度逃げられて、私は怒られてしまったことがありますからね」


 そうだったっけ?

 ルーク君は悪戯した後、予想以上に大事になったりした場合、怒られるのが嫌で家出した経験が何度もあるのだ。最長で1週間の家出経験者だ。一般家庭と違い、王子の家出は行方不明扱いとし、誘拐も踏まえての事件案件でかなりの人を割いて捜索されたらしい。当然悪戯として怒られた方が良かったぐらいの大目玉をくらったのは言うまでもない。


 逃げてどこに居たか――宿屋や雑貨屋、教会、一般家庭の民家とか、1週間の時は娼婦のところに厄介になっていた。子供の癖に金を握らせとけば何とかなることを知っていたのだ。頼るほどの友人がいないのでそういう場所なんだけどね。


「分かったよ、覗くなよ?」

「はぁ……(誰が覗くかよクソ豚が)」


 ボソッと何か聞こえた……。

 普通なら聞こえない声量だが、ルーク君は【身体強化】のパッシブがあるので地獄耳なのだ。


 王子に対する暴言……本来重罰ものだが、今、お父様をこれ以上刺激するのは非常にまずい。


 腹立たしいが聞こえなかったことにしておこう。



 トイレは1階だ。どんな大きな城やお屋敷でも上の階にトイレはない。理由はこの世界のトイレがぼっとんトイレだからだ。地面に穴を掘って大きな樽を置き、それを塞ぐように板を敷いて肩幅程度の隙間を開け、そこにまたがって用を足すのだ。そして糞尿が溜まったら定期的に専門業者に依頼して汲み取ってもらう。汲み出した糞尿は業者が肥料として加工し、農家に販売するようになっている。



 トイレへの移動中に侍女や執事数名とすれ違ったのだが、軽く頭を下げる礼はとるが侮蔑に満ちた視線を向けられた。


 うわぁ~、ルーク君、むっちゃ嫌われてる!

 特に侍女たちからはGを見るような目で見られている。


 何故か……はい、ルーク君また色々やっていました!


 普通、年頃の侍女たちは王子様相手なら媚を売って取り入ろうとする。お手付きにでもなれば玉の輿だ。だが、『豚王子だけは嫌っ!』てのがこのお城に務める侍女たちの共通認識のようだ。着替えの覗きや、お風呂場の覗きなんかは当たり前のように行い、お風呂を冷水にしたり、折角洗った洗濯物を汚したりと、ありとあらゆる悪戯を頻繁にやっていたのだ。


 記憶を読み取ると彼なりの理由はあるようだけど、嫌われて当然だね。



 戸板をうんち座りで跨いだのだが、太っている俺には結構な負担だ。そして何より臭い!

 洋式便座の水洗式トイレを早急に開発しようと決心した。


 トイレに入って気付いたのだが、驚いたことに毛がない。

 髪の毛、眉毛、睫毛、鼻毛はあるが、それ以外は生えていない。


 陰毛どころか、スネ毛やワキ毛、手に産毛とかも一切ない。どこもスベスベ肌だ。俺だけなのか、他の者も後で確認しよう。俺だけならちょっと恥ずかしいしね。


 プリプリと用を足しながら、すぐ扉の外に控えている衛兵に気になることを尋ねてみた。


「ねぇ、僕はどれぐらい気を失っていたの? 当て布をしているってことは、失禁してしまうぐらいの長時間寝ていたのだよね?」


 おむつ代わりに、腰回りに当て布を巻かれていたのだ。日本も紙パンツがなかった頃はこんなだった。


「約1日半です。現在、食事を料理長が作ってくれていますので、出来次第部屋にお持ちすることになっています」

「そう言われれば凄くお腹が空いているな。えへへ、楽しみだ」


 ボソッと『クソ豚』とまた衛兵が発したのが聞こえてきた。

 腹立たしいが事実なので、聞こえなかったことにしておこう。咎めて騒いで、また父様に殴られたら死にかねない。


 臭いが立ちこめている便所で、腹が減ったとにやけていたのでそう言われても仕方がない。

 衛兵の口からこのこともすぐにお城中に知れ渡るのだろう。テレビやインターネットなどの娯楽のないこの世界では、こういうゴシップ的なネタは格好の話題になるのだ。尾ひれ背びれが付いて面白おかしく語ってくれることだろう。


 あれほど臭う便所でにやにやしながら飯のことを嬉しそうに話していた『流石はオークプリンス様だ!』と―――



 今回の騎竜を死なせてしまった事故で、完璧にルーク君はお城内で孤立したみたいだ。周りの者はバカな王子に散々手を焼かされてうんざりしているのが伺える。


 王城内の侍女や執事たちは、貴族の子息や娘が行儀見習いとしてきている者が多い。上位貴族に一度使われることによって、使う側の心構えや、使われる側の不平不満を実際に学ぶのが主な目的だそうだ。


 一般の従者や使用人たちも王家で働いていることに誇りを持っているエリートなのだ。その王家の名を落としている俺のことが、使用人からすれば腹立たしいのだ。 俺のせいで働いている使用人の評価まで下がってしまうと考えているのだろう。


 ルーク君が悪いのであって『俺じゃないよ!』と言いたいところだけど―――


 女神様……この状況マジできついんですけど!


 用を足した後、自室に再度連行されたのだが、二名の来訪者が待っていた。

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