第3話 死のスカイダイビング

 俺の質問の返答はなく、無情に時間が動き出す。


「「キャー!」」


 添乗員の悲鳴や、乗客の怒号、風の吹き荒れる音が凄まじい。

 俺は女神に教わった通りの手順を急いで行う。


 1、穴の開いた機体をスマホで動画撮影する

 2、飛行場に迎えに来てくれている妹にこの動画を貼ってメール送信

 3、妹にコールして、用件を伝える




『もしもしお兄ちゃん? もう直ぐ着くね? 心配しなくてもちゃんと迎えにきてるよ』


 周りの音がうるさく、受話音量を最大にしたけど聞き取りにくい。


『悪いけど今すぐこの会話を録音してくれ! 時間がないから、黙って指示に従ってほしい!』


 少し間をおいて『ピッ』という音が微かに聞こえた。


『録音の開始したよ? どうしたの? 珍しく慌てた声出して? ちょっと声がいつもと違って怖いよ?』


『本当に時間がないから一方的に喋るぞ――この飛行機はもう直ぐ墜落する。俺の貯金や死亡時の保険金は全部お前にやる。ギャンブル好きな親父には絶対渡すなよ! お前が時々お小遣いとしてあげる程度でいい。親父、最後の遺言だ……俺の遺産に手出ししたら化けて出るからな! 母ちゃん、先に死んでゴメン! 叔父さん、色々お世話になりました!』


『お兄ちゃん、何言ってるの? 冗談でも度が過ぎるよ?』


 何か言ってるが、周りの音であまり聞き取れない……。


『今から女の子を1人助けるので、このスマホの位置情報を追跡してほしい! 俺は助からないだろうけど、この子は絶対助けるから、できるだけ早く救助にきてあげてほしい!』


『お兄ちゃん?』


『悪い、風の音が凄くてあまり聞き取れない! 詳しい事故の原因は分からないけど、何かが爆発したみたいで機体に大きな穴が空いているんだ。爆発時に何人かその穴から吸い出されて落ちた! 時間がないので、もう切るな! お前に信じてもらえるように、短いけど動画をメールで送ったから見てくれ! 最後にお前の声が聞けて良かったよ……じゃあな!』



 さて、一方的に大声で喋って切ったが、ここからは正直俺も半信半疑だ。だってパラシュートなしで飛行機から飛び降りろって女神様は言うんだよ?


 酷くね? マジないわ~。


 女神様の情報では、信じられないことに高度3000m以上の上空から落ちて助かった人が記録上40人ほどいるのだそうだ。助かった人の共通点は、子供や体重の軽い人が多いらしい。あと、何かの上に偶然乗っかった人が助かる可能性があるそうだ。



 今現在エンジンは動いていて、ゆっくり高度を下げているが、この機体は飛行場までもたず、目前で空中爆散するのだそうだ。そうなったら、全員死亡になるらしい……。だからその前に飛び降りろと女神様は言うのだ。


 だが、普通に飛び降りたのでは絶対助からない……トマトのようにグシャッとなるだけだ。



 4、旅行用ソーイングセットをだして、服に薄いベッドマットをしっかり縫い付ける

 5、俺と子供の間に低反発枕を3個並べて、子供をしっかりと俺に括り付ける



 俺が行うのは、この娘を抱えて機体の爆散直前に開いた穴からダイブして、海面に背から衝突するのが役目だそうだ。この娘と俺の体の間には低反発枕を3個挟んでいる。機内に寝具として低反発枕と高反発枕が常備していたので、それを利用する。少しでも衝撃を吸収するためだが、こんなもので大丈夫なのか不安だ。


 先に女神様に言われたことは……俺は絶対助からないということ。

 なんでも、高度から落下した場合、水面はアスファルト並みに硬いものになるのだそうだ。つまり俺は高層ビルから落ちたトマトやスイカのようになるようだ……この娘を助けるための肉壁になる訳だね。


 あくまで俺が完璧に行った場合だけこの娘は助かるようだけど、こんなのでマジ大丈夫なのか?




 準備はできた。


 ここまでで一番苦労したのが、父親を探して泣き叫ぶ彼女を説得して、色々準備させることだった。ライフジャケットを着せたり、枕を挟んで俺の体と括り付けたりだね。


 時間が少なかったのでベッドマットを縫うのが雑になったが、風圧で切れて解けたりしないだろうか……。


 最初の頃、酸素マスクを付けろと指示があったのだが、無視してあちこち行動する俺に『座れ』となだめてくるキャビンアテンダント(以降CA)も厄介だった。今も俺に括り付けてる子供を解放してシートベルトをさせようと説得してくる。


 でも、それだと死んじゃうんだよね……。女神様の言うことだから間違いないでしょう。CAのあなたの行動はマニュアルに則って正しいのだけど……ごめんなさい。この娘の為に無視させてもらいます。彼女も俺だけにかまってられない状況なので、俺が大人しく席についてると他の対応の為に離れていった。


 俺は女神情報で機内の酸素濃度が足りているのを知っている……酸素不足で意識を失ったりすることは絶対ないのだ。




 女神様の言う通りに窓から翼を眺める――主翼の下から液体が流れ始めたのを確認して席を立つ。


 今回のように何らかの影響で車輪が出なくなったりした場合は、胴体着陸に備えて、着陸態勢に入ったらジェット燃料を抜くのだそうだが、今回はそれがあだになって燃料に引火し爆散するようだ。女神様が教えてくれたのだが、車輪が出ない原因は、爆発時に穴が開いた場所で電気系統がスパークしてしまっているのだそうだ。爆散の原因もこのスパークによるものだとか……そのことを俺がどう伝えてみても、神の予測演算では、周囲の人は聞き入れてくれる見込みはないとのこと。


 まぁ、素人の意見なんか機長が聞くわけないよね。




 降下地点まであと30秒しかないので、穴の近くに移動する。



「あなた何をするの! 恐怖でおかしくなったの!? そんな馬鹿なことで空を飛べると思っているのですか! 子供まで巻き込まないで! 飛び降りるのなら自分だけで行きなさいよ!」


 CAさんの言葉が荒くなってきた……。


「これまで無視してごめんなさい。あなたは最後まで立派でした」


 この先、死亡が確定しているCAさんに精一杯の敬意を示すが、彼女の眼はあからさまに狂人を見るような目をしている。逆の立場なら俺も同じように見ただろう。


 この娘が俺のことを全面的に信じてくれているのが救いだ。ここで嫌だと抵抗されてしまったらどうすることもできなくなっていただろう。何時間か遊んで仲良くなっていたおかげだね。


「お兄ちゃん、怖いよ~」

「大丈夫だ。俺を信じて目を瞑っていればいい。きっとお母さんの下に生きて返してあげるからね」



 6、妹にメールを送信『神の声を聴いた。このメールを送った直ぐ後に爆散するらしい。少女を助けろと神託があったので、俺は指示通り行動する。現在、空港の沖約5㎞。俺は助からないが、3分後には海上を漂っているはずなので、スマホの位置情報を辿って救助を向かわせてくれ』スマホはこの娘のライフジャケット内に防水して仕舞い込む


 先に送った動画を見たのだろう……妹からのメールやコールが何件も入っていた。心配させているだろうけど見る暇もないので、こちらの用件だけ書いて送信する。


 妹にメールを送っているのは、落下後に俺が死んだら連絡ができないので、少しでも早くこの娘を海水から出す為なのだ。今が5月とはいえ、長時間海水に浸かるにはまだ寒い。スマホの位置情報でできるだけ早く駆けつけてもらうための仕込みなのだ。



 最後までCAさんは俺から子供を引き剥がそうと説得していたが、腕力的に無理だと悟ったのか周囲の男性に声を掛け始めた。


 それも女神様織り込み済み済みなんだよね……ごめんなさい。


 男性がこちらにくる直前に穴から飛び降りた―――


 直後に機体が爆散! 結構きわどいタイミングだった。


「「ギャー!」」


 怖い!


 重力に従って、ふわっとした浮遊感が直ぐに体を襲う。

 パラシュートなしでのスカイダイビング……怖くない訳がない!


「モモンガー!!」


 急速に迫りくる海面だが、恐怖に耐えて必死に両手足を広げてムササビのように斜めに滑空する。

 ベッドマットで作った即席ウイングスーツだが、垂直落下と比べたら格段に速度が落ちた。


 できるだけ滑空して斜めに滑るように海面に衝突する必要があるのだ……垂直落下ではグシャっとなるからね。



 飛び降りてから僅か数十秒で海面に到達する。ギリギリまで滑空態勢を維持し、激突直前に反転し体を入れ替え、水面を切るように腕から背向きに突入する。




 俺は腕と首が折れたのを感じたが、直ぐに意識を失った―――


****************************************************************


 お読みくださりありがとうございます。


 ここまでが、異世界に行くまでの冒頭部分になります。

 よくあるトラックにはねられて……的にあっさり転移ではなく、ちょっとこだわって書いてみました。


 ちなみに、地上まで数十秒は900m(約18秒)ぐらいで想定しました。

 そして、この距離からパラシュートなしで生還した人が過去に40人以上いるという事実に驚きますよね。その最高高度はなんと10,160メートルww

 ヴェスナ・ヴロヴィッチさんという女性で、客室乗務員だったそうです。

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