第2話 女神様は異世界で邪神を倒してほしいようです

 異世界がどうとか、何やら怪しい話になってきたぞ―――


『いえいえ! 怪しくないです! この世界の神からも正式に許可を得ています! 正規の勇者召喚です!』

『勇者召喚!? 怪しさMAXじゃないですか!』


 勇者召喚とか、絶対碌なことじゃない……何か危険な感じがする。


『うっ………………』


 「うっ」っと言ってから、女神様は沈黙してしまった。やっぱ危険がありそうだ。


『あの? 時間がないのですよね? 女神様が黙っていたら話が進まないのですけど?』


『そうですね……。あなたに私の治める世界に来ていただき、現在ダンジョン奥深くに封印されている邪神を討伐、もしくは再封印していただきたいのです』


『悪い王様とか、悪さをする竜とかじゃなく、相手は神なのですか!? そんなの絶対無理です! 俺、普通のサラリーマンですよ!』


『大丈夫です! この世界全てを御創りになられた創造神様がおっしゃられています。日本のオタクは凄いそうです。同じような危機に直面している似たような世界があるのですが、日本人のサラリーマンが大暴れしているそうです。スキルを1つ与えただけで、その世界の主神のお尻をペンペンするぐらいの強者に成っているみたいです』


 何を言っているのか理解ができない。

 サラリーマンが神のお尻をペンペンした? そんな世界、既に違う意味で終わっているのではないか? 正直そんなヤバそうな世界行きたくない。


 それと、俺はオタクじゃない!


『ちがいます! あなたに行ってほしいのは、私の管理する世界です! 私の管理する世界はまだ終わっていません!』


『あの、女神様が直接退治した方が早いのではないでしょうか? 一度は封印しているのですよね?』

『詳しくは言えませんが、神が地上世界に直接関与できないのです。前回の封印も人間の手によって封印いたしました。私は手助けしか行っていません。私より上位権限を持つ神々がそういうルールをお決めになっているとお考えください』



 異世界の管理神より上位の存在? この女神様もただの中間管理職なのか。

 少し考えたのだけど、俺の答えは―――


『異世界行きはお断りします。ごめんなさい』

『エッ!? このままでは、あなたは死ぬのですよ?』


『ええ、それでいいです。高校を卒業してから叔父の経営する企業で8年、叔父さんのおかげで濃い人生を送らせてもらいました。身内扱いの酷いブラック企業でしたが、それでも色々可愛がってくれて、結構楽しかったです』



 最近仕事でお疲れ気味だった俺は、苦労しそうな勇者召喚に応じるより、このまま楽な死を選んだ。



『……困りました……予想外な選択です。そういう属性なはずなのに……何故?』

『属性? ああ、確かに俺は異世界転移・転生モノ大好きです。でも、それは客観的に見ての話です。自分が当事者になって異世界の危機を救えとか……ましてや相手は神? そんなのプレッシャーで胃に穴が空きそうです。一般人として転移とか転生で異世界ライフを楽しめるなら喜んで行きますけどね。『邪神退治』とかいうヤバげな条件付きなのはちょっとごめんなさいです』


『……そんなこと言わないで、邪神を倒してください!』

『嫌ですよ! そんな危険でおっかないことをさせられるくらいなら、このまま死なせてください!』


 本音を言えば異世界行きに興味はある。でも重責を伴うのが嫌なのだ。

 相手は邪神だそうだし、俺のミス1つで万単位、億単位で人が死んでしまいかねない……考えただけで胃に穴が空きそうだ。




 少しの間女神様の沈黙があったが、再度語りかけてきた。


『確率論的なお話なのですが……。この飛行機の乗客の中で、助かる可能性のある者が1人だけいます』

『うん? まさか……』


『ええ、今あなたの膝の上で縋っているその娘です。正確な未来予知はできませんが、確率的予測である程度事象の未来が予測可能です。あなたが私の指示通り行動できれば、その娘だけは助かる可能性があります』


 これは一種の脅迫に近い。この子の命を救う代わりに、異世界召喚に応じろと遠回しに言っているのだ。


『そのようなことは言いません。私はこれでも慈愛の女神と言われているのですよ』

『じゃあ、この娘を無条件で助けてくれるのですか? でも、女神様は俺が断ることを予測できていなかったし……また外れるんじゃないですか?』


『うっ……神の予測がそう外れるわけがありません! あなたが特別なだけです……本来その娘は死ぬ運命です。異世界の神が勝手にこちらの世界に関与して助言する訳にはいかないので、この世界の神と交渉が必要です』


 何のことかさっぱりだが、干渉するにあたってこの世界の神の許可が要るようだ。


『さっきこの子の父親が穴から吸い出されたのが見えました。この子が助かっても身寄りがないとかだと不幸なのじゃないでしょうか?』


『その子の母親と姉が飛行場に迎えに来ています。祖父母も健在ですし、父親は生命保険の加入もしています。預金もそれなりの額があるようですので、その娘が金銭的に不幸になる未来は少ないでしょう。むしろ唯一助かった存在として有名になり、以降好意的に見られはしても、悪い印象は持たれないです。メディアでは「幸運の少女」として注目されるでしょう』


 ビジネスクラスに乗っているぐらいだ……裕福な家庭なのだろう。

 お金さえあれば幸せとかそんなアホなことは言わないが、お金に不自由しない環境というのはかなり幸せなことだと思う。

 その潤沢なお金をどう使うかによって、得られる幸福も増すことだろう。


 お金は幸福と同時に不幸も招き入れるもろ刃の剣でもあるけどね。


『俺が何かして助かるのなら、この娘を助けてあげてほしいです』

『分かりました。あなたの願いを叶えましょう』


 なんか今のセリフは神っぽかったな……。


『―――ふぅ……100人分の神力でこの世界の神と話がつきました。その娘は自分の世界の住人なのに、がめついお方です』


 自分の世界の者じゃないのに、対価まで払って助けてくれる? どう考えても俺に対しての打算ありきの行動だよね?


『打算なんかないですよ。少しは期待しますけどね』

『それを打算っていうんだけど……まぁ、良いです。確認ですが、俺を勇者として選んだのには理由があるのですよね?』


『勿論です。勇者召喚にはこちらとあちらの時期や時間軸、転生先の器などのタイミングや相性が大事なので、上手く調整するのは大変なのです。あなたがお受け下さらないと、次の候補者が見つかるまでに邪神が復活してしまうかも――今なら10年の猶予があるのです。それまでにゆっくりと強くなって頂ければいいのですよ』


 10年の猶予か……。

 すぐになんとかしろっていうのじゃない分、マシなのかな?


『実質この子と遊んだのは4、5時間ほどですが、助かる命なら助けてあげたい。あなたがこの娘を助けるために対価を払ったというのなら、俺のお願いなので俺も対価を払います。異世界召喚に応じますので、サポートはお願いしますね? お約束的に凄い武器やスキルをくれたりするのでしょうか?』


『はい、それは勿論です! お決まりの勇者召喚チート3点セットは勿論お付けします!』

『チート3点セット?』


『鑑定チート・探索チート・倉庫チートですよね? 西洋人だと強化したロングソード1本与えれば「ヒャッハー」してくれるけど、日本人だと初期装備にこの3つがないと絶対ごねられると創主様がおっしゃっていました』


 確かに陽気なアメリカ人やヨーロッパ人だと有り得そうなことだけど、ロングソード1本で邪神相手に『ヒャッハー』したら間違いなくすぐ死んじゃうよ?


『創主様とやら、分かってらっしゃる。ええ、それらは鉄板です! あと、チュートリアル的なAIナビも欲しいですね。ゲームでよくある妖精的な喋ってナビしてくれるヤツです。ご存知でしょうか?』


『少しお待ちください―――フムフム……確かにMMOとかによく使われている仕様のモノですね。了承しました。それと、あなたがやっていたゲームのMMOではステータスを弄る課金アイテムが良く売れているようでしたので、AIナビと一緒に【カスタマイズ】というスキルを特別にお付けいたしますね。あっ! そろそろこの世界の神に頂いた時間が少なくなってきました。これ以上は脳に負担が大きいので、手短にご説明いたしますね。手順通り行動して頂ければ、その娘は高確率で助かります。その確率なんと89%です』



 どうやら、異世界の神様が干渉できるのはほんの一瞬だけのようだ。長時間の思考加速は俺の脳への負担が大きいらしい。


 その後、女神様に膝の少女が助かる可能性がある手順を残り時間いっぱい教えてもらった。なんと計算上89%の高確率で助かるらしい。


 失敗したら俺がどんくさいということだ。



『分かりました。向こうの世界のことについても聞きたかったのですが、時間がもうないのであれば仕方ないですね』

『慌ただしくて申し訳ありません。では、異世界転生に了承して頂いたので、あなたの死亡と同時に転生を開始いたします』


『エッ!? 召喚とか転移じゃなくて転生ってこと? 死亡と同時にって?』



 止まっていた世界が動きだし、世界に色と音が戻った。

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