第21話 最強と呼ばれる由縁
「何のために、俺は……!」
屋敷から脱出し、薄暗い路地裏を歩きながら、リアムは苛立ちを露わにする。
ゴーインの屋敷は火事で、リアムの目論見通り、自警団が来て騒がしくなっていた。人攫いと自警団の騒ぎのおかげで、リアムは易々と屋敷から誰にも気づかれることなく脱出することができた。だが、思い通りにことが進んだとしても、リアムの心は晴れることがない。
『ごめんね、リアム……』
泣きながら謝罪の言葉を口にしたユズハ。
そんな彼女を思い出し、リアムは自分に対して憤りを抱いた。
一体、自分は何のために義賊になったのか。
リリィの復讐のためだけじゃない。ユズハを始めとした、人攫いに苦しめられている者達の力になるために、義賊になったはずだったのに。
なのに、彼女は泣いていた。
自分がもっとしっかりしていれば、彼女が泣くことなんて無かったはずだ。
自警団のやり方だと遅すぎるから、義賊という手段を選んだというのに、結局、そのやり方でも未だ人攫いを殲滅することができていない。
自分の情けなさに腹が立つ。
だが、人攫いの黒幕がゴーインだというのは分かった。ゴーインさえ逮捕されれば、人攫いは大きな後ろ盾を失い、この町で好き勝手することができなくなるはずだ。
「くそっ……」
またユズハの泣き顔を思い出してしまう。
謝るべきなのはユズハではなく、自分の方だというのに。
彼女は何度も自分に義賊を止めるように説得してきた。それでも、自分はそれに聞く耳を持たないで、義賊の仮面を被り続けた。
「俺って、最低だな……」
自分への怒りがどんどん湧き上がってくる。
だからだろうか、リアムは意識せずに路地裏から大きな通りへと出てしまった。
晴天の今夜は、月明かりがその大通りを明るく照らす。屋敷の火事を見に行っているのか、町人は一切おらず、氷結の義賊の格好をしたリアムの目撃者はいない。
幸運だった、とリアムが出てきた路地裏とは別の路地裏へと足を向けたところで
「ほう、会合が終わって火事現場に向かっていれば、珍しい奴に出会ったな」
背後から声をかけられた。
「罪を犯したというのに、この大通りを警戒もせずに歩くとは、自警団も舐められたものだ。余程捕まらない自信があるように見える」
この声の主をリアムは知っている。だからこそ、己の不運を恨みながら、リアムはゆっくりと振り向く。
「なぁ、氷結の義賊とやら?」
自警団の団長であるベルナルドが、そこにいた。
「っ……」
氷結の義賊として絶対に会ってはいけない最大の脅威。それが目の前にいる。
思わず、リアムは一歩後ろに下がった。対して、ベルナルドは鋭い目つきで氷結の義賊を睨む。
「俺から逃げられると思っているのか、リアム?」
「っ!」
自分の正体がバレていることに驚愕するリアム。
「なんで……」
「勘違いするな、別にユズハから聞いていた訳ではない。ただ、あいつは氷結の義賊の件になると、目の色を変えていたからな。あいつがあそこまで必死になるということは、おのずと義賊の正体も想像がつく」
「だったら……なぜ、今まで俺を逮捕しに来なかった?」
「ユズハがお前を説得して自警団に連れて帰ってくると期待していたからだ。義賊など馬鹿げた行為をやめ、また自警団の制服を着てくれることをユズハは願っていた。だが、あいつの願いはどうやらお前に届かなかったらしい」
「ユズハの願い……」
「充分な時間は与えたつもりだ。だが、お前は変わらなかった。残念だが、お前を逮捕させてもらう」
もうリアムに逃げ道は残されていなかった。この場から逃げることができたところで、家まで自警団が逮捕しに来る。だが、リアムにはここで逮捕されるつもりなど微塵も無かった。
「団長、聞いてくれ。人攫いの黒幕はゴーインだ。奴が人攫いを操っている!」
「ほう、そうか。だが、証拠があるのか?」
「それは……」
「無いだろうな。仮にも町長にまでなった男だ。証拠隠滅は得意なんだろう」
ゴーインが黒幕だと聞いても、全く動揺する様子が見えないベルナルド。
リアムはそんなベルナルドの様子から、そもそも知っていたのではないかと気づく。
「まさか、知っていたのか?」
「疑っていた程度だがな。奴が黒幕と聞いても別に驚きはせん。だが、奴と人攫いの繋がりを証明するものがない」
「だけど、奴が好き勝手にしていれば、人攫いの勢力は増してしまう! ユズハだって、攫われてあんなことを!」
「ユズハだと?」
初めてベルナルドの顔に動揺が浮かぶ。
会合を終えて一人で帰らせたユズハがまさか人攫いに襲われたなど、ベルナルドは思ってもいなかった。
「あいつは今、火事が起きている屋敷の地下室にいる!」
「無事なのか?」
「ああ、だけど大怪我をしている。保護してやってくれ!」
ベルナルドはユズハのことを家族のように大事に想っている。それを知っているからこそ、リアムはベルナルドがユズハを保護しに行ってくれると期待した。
「いや、たとえユズハが危険な状態だったとしても、俺は……」
しかし、そんな淡い期待は裏切られることになる。
「自警団団長としての責務を全うするだけだ」
ベルナルドがリアムにそう告げ、己の剣を抜いた。
「っ!」
ベルナルドから殺意を感じ、リアムは服の下に隠していた短剣を咄嗟に取り出して構える。
ベルナルドは本気で戦うようだ。目を見れば分かる。
避けたかった事態を避けられず、リアムは内心焦る。
相手は歴代最強と謳われる自警団団長。まともに戦えば必ず負ける。逃げる瞬間をどうにかして作り出さなければならない。
かつて本部でユズハと戦った時のように、氷の壁を作り出して逃げるしかないとリアムは魔法を放つ準備をする。
「本当は、お前と戦いたくはなかった」
その言葉を溢した途端、ベルナルドが閃光の如く駆けた。
「っ!」
リアムは氷の壁をすぐさま形成する。ユズハの剣術でも破ることのできなかった、分厚い氷の壁……のはずなのに、ベルナルドはそれを易々とぶち破った。
氷の破片がひらひらと舞う中、ベルナルドが剣の間合いまでリアムとの距離を縮める。
「この化物がっ!」
「遅い」
リアムが放った最速の雷魔法を避け、ユズハの刀よりも二回りほど大きい剣をベルナルドは片手で軽々しく扱い、リアムに斬りかかった。
目に見えないほどの速さで繰り出される剣撃。何度もユズハの剣技を見てきたリアムは反応でき、咄嗟に短剣で防御する。だが、その短剣は大剣にぶった斬られ、ベルナルドの一撃がリアムに届いた。
「がっ!?」
ベルナルドの重い一撃はリアムの体を小石のように吹き飛ばした。
ベルナルドは血のついていない己の剣を見て、すぐさま起き上がったリアムに感嘆する。
「ほぅ、器用な奴だ。氷で俺の剣を防ぐとは」
ベルナルドの大剣が接触したリアムの左腕。本来なら、その部分はベルナルドの足元に落ちているはずだった。だが、リアムがほとんど反射的にその部位に硬い氷を魔法で形成したため、斬り落とされる事態だけは防いだのだ。しかし、斬り落とされてはいないが、左腕からは激痛を感じる。骨折はしているだろう。
「そりゃ、簡単に捕まるつもりはないからな」
左腕の骨折を諭されないように、リアムは気丈に振舞う。ベルナルドはそんなリアムの様子を見て、不敵な笑みを浮かべた。
「そうか、なるほど。手を抜いていたら捕まえられない、か。流石は氷結の義賊と呼ばれているだけはある。ここまでの獲物は久しぶりだ。俺も数年ぶりに本気を出せる」
「なんだと?」
今までは本気ではなかったと聞こえるベルナルドの発言に、リアムが動揺していると、ベルナルドがリアムとの距離を詰めてくる。それも、先ほどと違い、炎魔法を放ちながら。
リアムはすぐに水魔法で、ベルナルドの放った炎魔法を相殺する。その結果生み出された水蒸気をかき分けるように、ベルナルドが剣を振り上げ、リアムへと襲い掛かってきた。
その一撃を紙一重で避けたリアムが氷魔法で剣を形成し、ベルナルドに斬りかかる。簡単に氷の剣は大剣で受け止められ、リアムは袖に隠していた短剣をベルナルドの顔に向けて投じた。それすら見抜いていたベルナルドは、首を横に動かすだけで短剣を避け、大剣を振るう。
「ぐっ!」
ベルナルドの大剣を、リアムは氷の剣で受け止める。硬さを重視して生成された氷の剣は削られることはあっても、折れることはなく大剣を止めた。あまりの重い一撃に、リアムの手は痺れる。
そこから、二人の斬り合いが始まる。しかし
「くそっ……」
剣術のみで副団長に登り詰めたユズハでさえ敵わない剣の腕。
それにリアムが敵うはずもなく。
「なっ!?」
氷の剣がリアムの手から弾き飛ばされた。
リアムはベルナルドの大剣を警戒しながら、すぐに新たな氷の剣を生み出そうとする。しかし、その一瞬を突かれ、警戒していなかった左手で、ベルナルドに腹を思い切り殴られた。
「がはっ!?」
その瞬間、ベルナルドの左手から激しい雷魔法が放たれる。
「があぁぁ!!」
零距離から放たれた、全身を襲う電撃。
視野が一瞬白くなったと思えば、電撃が終わり、リアムは呻き声にもならない声を出して崩れ落ちた。
「ぅ……」
リアムに匹敵するほどの魔法の才能。
今の電撃も、リアムを殺さないように、かつ、戦闘不能にするほどの威力を瞬時に調整していた。それができるベルナルドは、間違いなく天才と呼ばれる部類の人間だ。
「終わりだな。これ以上お前を苦しめると、ユズハに怒られてしまう」
足元で倒れているリアムに、ベルナルドは決着はついたと告げる。
ユズハ以上の剣の腕で、リアムほどの魔法の才能。
その二つを併せ持つことが、ベルナルドが歴代最強の団長と呼ばれる由縁だった。
そんなベルナルドにどうやって勝てばいいのか。どう足掻いてもリアムに勝ち目がないことを、リアム自身が一番理解していた。
「っ……!」
だが、たとえそうだとしても、リアムには諦められない理由がある。
「まだ、だ……」
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