第20話 言えなかったこと、せめて言えること
時は数刻遡る。
リアムが団長室に侵入して見つけた書類に書かれていた名は、町長であるゴーインだった。
元々ゴーインは良い噂が無く、町長になるための資金を得るために裏で何やら不正を働いていたという噂は、この町で有名な話だ。
人攫いどもが長年もこの町で好き勝手できていたのは、ゴーインが奴らに情報を流していたと考えれば辻褄が合う。ゴーインの立場上、自警団の所有している情報を把握するのも難しくない。
団長室に保管されていたゴーインの個人情報。そこから、ゴーインの屋敷の住所が書かれた頁を抜き取り、リアムは一つ一つ簡単に確認していった。ゴーインの屋敷の一つが、人攫いどものアジトになっていてもおかしくないと推測したからだ。
そして、そのリアムの考えは正しかった。
ゴーインが所有する屋敷の一つ。そこは、他の屋敷と違い、明らかに人の気配が多かった。侵入してみれば、町長の召使には到底見えない屈強な男たちが、屋敷中にいた。
当たりを引いたと直感に従い、リアムは屋敷の中を捜索する。しかし、ゴーインが人攫いと繋がっている決定的な証拠は見つからない。
この屋敷を人攫いがアジトにしているというのは、証拠になりうるが弱い。この屋敷を人攫いどもが不当に占拠していたと言われれば、それを否定することができない。だからこそ、決定的な証拠が必要だ。
証拠がなかなか見つからずに苛立ちを募らせていたら、リアムのいる部屋に近づく気配がした。リアムは部屋にあった物を元通りにして、扉の近くで耳を澄ませる。
足音の数から、近づいてくるのはおそらく二人。
「いやぁ、実際に見たら、結構な美人だったな。そりゃ町長も欲しがるわけだ」
「お前、あんなのが好きなのか? 胸が全く無かったじゃねぇか」
「サラシを巻いて胸が無いように見えるだけで、脱いだら相当凄いと見たね!」
「何を言ってんだ、お前は」
男たちの声は近付いたかと思えば、遠のいていく。どうやらこの部屋の近くにたまたま通り掛かっただけのようだ。見つかって厄介な事態になる前にここから離れようとするリアムだったが、男たちの会話によって止まることになる。
「にしても、大丈夫なのかねぇ。自警団の副団長を攫ってよ」
「問題になるに決まっているだろ。でも、町長はそんなことを承知で、副団長が欲しかったんだろうよ」
その会話を聞いた時には、リアムはその二人に背後から襲いかかっていた。一人は気絶させ、もう一人は押し倒し、口を押さえていつでも気絶させることのできるようにする。
「その女はどこにいる……!!」
「お前がこいつに触れるな……!」
そうして、ユズハの居場所を聞き出したリアムが、地下室でイゾーに苦しめられているユズハの悲鳴を聞き、イゾーの後ろにいた部下たちを気絶させてイゾーの腕を斬り、今に至る。
「てめぇはっ!? そうか、氷結の義賊はてめぇだったのか!」
斬られた腕を押さえながら、イゾーは氷結の義賊の仮面をつけているリアムを見て驚愕した。
イゾーからすれば、全身が大火傷になり、今も全身を包帯で巻くことになった元凶の顔を忘れたことは一度も無く、人攫いの邪魔ばかりする氷結の義賊の正体がまさにその男であったことに衝撃を受けていた。
「毎回毎回、俺の邪魔ばかりしやがって……!」
かつて大火傷を負わされたというのに今もまた、腕を斬られ、イゾーは義賊に怒りの感情を抱く。しかし、今戦えば必ず負けるということもイゾーは理解していた。
「お前だけは許さない……」
イゾーに憎しみの目を向けるリアムは、イゾーが動く前に氷魔法を放った。
リアムの足元から氷が形成され、波打つようにそれらがイゾーへと襲いかかる。
「くそっ!」
イゾーは気絶している部下を掴んで盾にする。氷の波は部下を飲み込んでも勢いが止まることはなく、そのままイゾーを飲み込もうとする。
「ちっ」
イゾーはリアムの気を逸らすべく、足元に落ちていた金槌を足で拾い上げる。そして、それを、麻痺薬で動けないユズハの頭へと思い切り投じた。
「っ……!」
リアムはすぐさま氷の壁をユズハの目の前に形成し、飛んでくる金槌からユズハを守る。しかし、そのせいでイゾーを飲み込もうとしていた氷の波は勢いを失い、イゾーを捕らえ損ねてしまった。
イゾーが最大の逃亡の機会を逃すはずも無く、すぐさま脱兎の如く部屋から飛び出した。
「……逃げ足だけは立派な奴だ」
「リアム、早くあの男をっ!」
逃げたイゾーを追うように、とユズハは声を荒げるが、リアムはまるでイゾーへの興味を失ったかのように、ユズハを繋いでいる鎖を外していく。
「何をしているんですかっ!?」
彼女が傷つかないように鎖を慎重に外しているリアムにユズハは苛立ちを募らせるが、リアムは彼女の心情を理解していても、イゾーを追うようなことをしなかった。
鎖が外れて、麻痺薬のせいで力が入らずに倒れそうになるユズハの身体を、リアムは抱きしめるように受け止めた。リアムの足から力が抜けたように、二人は座り込む。
「リアム……?」
身体が密着して、リアムが身体を震わせていることに気付いたユズハは、心配するようにリアムの名を呼んだ。リアムはしばらく身体を震わせながら、ユズハを抱きしめ、ユズハはなすがままそれを受け入れる。そして、リアムは今にも泣き出してしまいそうな声で言葉を漏らした。
「今度は……った」
「え?」
「今度は、間に合った……」
リアムがユズハを抱く腕に力を込めた。ユズハが痛がらないように加減をしながら、でも、ユズハがそこにいることを確かめるように抱きしめる。
「よかった……本当に、よかった……!」
ユズハが囚われていることを知ったリアムが最初に思ったことは、リリィのように間に合わないのではないかという恐怖だった。だからこそ、イゾーに拷問をされたとはいえ、まだ生きているユズハを助け出すことができて、リアムは心の底から安堵したのだ。
リアムの行動がリリィを救えなかった後悔によるものだと察したユズハは、もう声を荒げることをしない。力を抜き、リアムに身体を完全に委ねた。
「リアム……ちょっと痛いです」
「ご、ごめん!」
リアムが腕の力を緩め、密着していた二人の身体は少し離れることになる。そのため、二人はお互いの顔を見ることができるようになった。しかし、リアムは氷結の仮面を被ったままだ。
「もう……こんな時くらい仮面外して下さい」
「いや、でも……」
「今更じゃないですか、リアム」
今までユズハは氷結の義賊と対峙した時、一度もリアムの名を呼んではいなかった。気づいていないというていで、リアムとの関係を保つために。だが、今のユズハにそれを気遣う余裕は無く、今、側にいて欲しいのは義賊では無く、リアムであると求めるのだった。
「……分かった」
リアムは弱々しいユズハの要望に応えるように、仮面を外す。それは、リアムが氷結の義賊であることを認めた瞬間だった。露わになったリアムの頬は涙で濡れている。
「ほんと……私たちって不器用ですよね……こんなにも分かり合えているはずなのに、ぶつかりあってばかりで」
その涙を拭いたくても、身体が動かずに拭うことのできないユズハは、涙を流しながら悲しげに微笑んだ。
「そうなのかもな」
リアムも微笑んで、ユズハの涙を優しく拭う。一瞬ではあるが、リアムの体温がユズハに伝わった。その優しい温度はユズハの心のダムを決壊させ、涙をどんどん溢れさせる。
「私……」
「うん?」
「ずっと後悔してたんです……」
だからなのか、普段はリアムに言えなかったことをユズハは涙と共に溢してしまう。
「あの時、リリィちゃんを助けに行く貴方を引き止めたことを……」
リアムと自警団の本部で戦ったこと。
リリィの墓の前で言われたリアムの言葉。
「そのせいで、リリィちゃんは死んで、貴方は自警団を辞めて義賊になってしまった……」
それらはずっとユズハの心に影を落としていた。
「……それは、お前のせいじゃない」
「あの時、貴方の味方になれるのは私だけだったのに……それすら気付くことができなくて……」
後悔という感情が溢れてきて、止まる気配がない。懺悔をするようにユズハは言葉を紡いでいく。
「貴方の味方でいるってリリィちゃんと約束したのに……! 私はっ、復讐のためにそれすら破って!」
ユズハの嗚咽が部屋の中で響く。
「ぅぅ、ごめんね、リリィちゃん……」
後悔と自己嫌悪を抱きながら、ユズハはリアムにずっと言えなかった言葉を送る。
「ごめんね、リアム……!」
嗚咽を精一杯我慢しながら紡がれた言葉。
リアムはその言葉を受けとめて涙を流した。
同じように涙を流しているユズハの頭を撫で、リアムは羽織っていた外衣をユズハに被せた。リアムの残温がユズハの身体と共に心を温める。
「ずっと苦しんでいたんだな……」
リアムは悲しげにそう言うと、ユズハが壁にもたれかかるようにして彼女から離れる。
今まで身体を密着させて体温を共有していたのに、それが終わり、ユズハは不安になってリアムを呼んだ。
「り、あむ……?」
「屋敷に火をつけておいた。騒ぎになれば、自警団もここに来る。お前は保護してもらえるはずだ」
リアムは再び義賊の仮面を被る。
「っ! 待って、リアム!」
「……自警団を辞めて義賊になった俺には、お前を安心させる言葉を言う資格がない。だからこそ、行動で示さないといけない」
「行かないで、リアム!」
離れていくリアムを必死に止めようと、ユズハは叫ぶ。麻痺のせいでろくに動かない身体に無理をさせて、ユズハは彼を呼び止めようとする。
根拠はない、ただの直感だが、ここで別れれば、二度とリアムと会えないような気がしたから。
「お前の苦しみも含めて、俺が全部終わらせてみせる……!」
リアムの決意。
それを感じ取ったユズハは、もう引き止めることができないと理解してしまう。
遠ざかっていくリアムにユズハがせめて言えること。
「約束、忘れないで下さい……また来年、桜を一緒に!」
「ああ、忘れてないよ」
それが、ユズハが最後に見た氷結の義賊の後ろ姿だった。
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