第3話 練習相手
そう、リアムはかつて、自警団が運営する訓練学校の生徒だった。
この時代、安定した職というのはほとんどなく、失職して金もなく道端で朽ちていく人は数えきれない。自警団というのは、たとえ給料は低くとも、安定した数少ない職の一つであり、人気のある職だった。しかし、人を捕まえるという厳しい仕事をしている自警団に入るためには、資格が必要である。
その資格とは、訓練学校を卒業すると与えられるものであり、訓練学校に入ることは自警団に入ることと同義であった。誰もが入りたい訓練学校は狭き門であるが、魔法の才に恵まれたリアムは学費免除の特待生として入ることができた。
饅頭屋を営む両親は自分たちの商売が繁盛しているため、息子にそのまま継いで欲しく、リアムが自警団に入ることに反対だったが、リアムはその反対を押し切った。リアムとしては、自分の魔法の才を存分に発揮したく、饅頭屋ではそれができないため、魔法を普段からよく使う自警団に入りたかったのである。
とはいえ、両親の饅頭屋は繁盛しており、それを継がないのはリアムにとって心苦しかったが、別に自分が継がなくても饅頭屋が潰れるというわけでないと思っていた。なぜなら--
「お兄ちゃん、おかえりなさい!」
「ただいま、リリィ」
リアムには妹のリリィがいたからだ。それも、饅頭を作れば家族で一番の腕を持ち、リアムよりも饅頭屋としての才能を持つ妹だ。
「訓練学校はどうでした! 楽しかったですか?」
彼女は、リアムが自警団に入ることに反対せず、むしろ応援する立場だった。彼女は訓練学校から帰ってくるリアムをいつも笑顔で迎える。リアムはそんな彼女にいつも笑顔で返事をする。
「ああ、楽しかったよ」
しかし、その言葉は本心ではない。特待生であるリアムは、訓練学校の同期から嫉妬の感情を向けられる。いじめとまではいかないものの、ちょっとした嫌がらせを受けることがあり、訓練学校では孤立していた。
自分を応援してくれている妹の手前で、弱音を言うわけにはいかない。リアムは訓練学校で孤立していることを隠していた。
「なら良かったです! 私はお兄ちゃんを応援してますよ!」
疑いの眼差しを向けず、屈託のない妹の笑顔は、リアムに罪悪感を感じさせていた。
そんな訓練学校の人間関係は全然だったリアムだが、訓練の成績だけを見れば、非の打ち所というものがなかった。彼の魔法の才は類稀なるものであり、訓練学校始まって以来の天才とまで称される。その分、同期からの嫉妬は一層強くなっていったが。
訓練学校で友達を作ることは無理と諦めていたリアムだが、契機が訪れた。それは、一対一での戦闘を想定して、訓練生同士が一対一で戦い合うという内容の訓練時のこと。その訓練時にリアムが対戦した相手が、リアムを含めて二人しかない特待生の一人だった。
「……」
真剣な眼差しで刀を抜く、リアムと対峙する少女。彼女こそ、後に自警団の副団長となるユズハだった。魔法の才で特待生となったリアムに対し、彼女は剣術の才で特待生の枠を勝ち取っていた。
特待生同士の初めての戦い。誰もが注目する中、勝利を手にしたのはユズハだった。終始攻め続けたユズハが、防戦一方のリアムに押し勝ったのだ。
訓練後、敗者のリアムは、黙々と己の愛刀を手入れしているユズハに話しかける。
「あんた、強いな。その剣術、俺にも教えてくれないか?」
「……」
会話をする価値がないと思ったのか、ユズハは無視して手入れを続ける。彼女のこの反応は、リアムにとって予想通りだった。彼女の普段の様子から、無視されることは容易に想像できたのだ。
普段から誰とも話さず、愛刀を抱えて座っている彼女は、話しかけられても無視するのがほとんどで、話したとしても必要最低限の言葉しか話さない。そんな彼女の雰囲気に同期の誰もが近づき難く、リアムと同様に孤立していた。その様子を遠目で見ていたリアムは、特待生で孤立しているという境遇が似ているため、彼女にちょっとした親近感を抱いていた。
「……」
「ならさ、お前に剣を教えた人を教えてくれよ。俺もその人に弟子入りするからさ」
だから、リアムは無視されたぐらいで引くつもりはない。ユズハが反応してくれるまでは話しかけようと言葉を続けたが
「っ……!」
「な、なんだよ」
キッと凄まじく睨まれた。どうやらリアムの言葉は逆効果だったらしい。思わずたじろいでしまうリアムであったが、ユズハが遂に口を開いた。
「……そんなに剣術を習いたいのなら、次の訓練で貴方が私に勝ったら、私が剣術を教えてあげます」
「え……ほ、本当か?」
怒られると思っていたリアムは、ユズハの思わぬ提案に驚きと喜びを露わにする。しかし、そんなリアムに対し、ユズハはビシッと指をさす。
「ただし! 私が勝ったら、もう二度と私に話しかけるな」
怒気を含んだユズハの口調。やっぱり怒らせていたのかとリアムは心の中でため息をついた。何が悪かったのか、リアムには分からなかったが、とりあえずユズハとの関係をここで終わらせないためにも謝らないといけないことは理解していた。
「えっと、気を悪くさせたのなら--」
「まぁ、あなた程度が、天才剣士であるこの私に勝てるとは思いませんがね」
謝罪を口にしていたリアムの動きが止まった。ユズハが得意げな表情でその言葉を言い放ったからだ。されど、ここで怒ってはそれこそ終わりだ、とリアムは自分に言い聞かせる。そして、もう一度謝ろうとしたところで
「ふふっ、あなたの魔法の才能は認めますが、先程の訓練でも分かったように、私の剣術には遠く及びません」
またリアムの動きが止まった。明らかに自分を見下しているユズハの表情。湧き上がってきた怒りという感情を、今度はリアムには抑え込むことができなかった。
「いいぜ、その勝負、のってやる」
「次の訓練が楽しみですね」
あはは、ふふふ、と互いに笑い合う二人に、周りの同期は距離を取る。
そして、運命の日、一対一の訓練の日が再び訪れた。前の対戦では、ユズハの勝利で終わり、教官や他の同期は今回もその結果で終わると信じていた。当事者であるユズハもその自信があった。
しかし、蓋を開けてみれば、リアムの圧勝で終わった。
ユズハの剣はリアムの届く気配すら見せず、攻防の勢いは前回と全くの反対だった。
なぜ、こんな結果になったのか。
「あなた、手加減していたんですね?」
訓練後、先に話しかけたのはユズハの方だった。刀を持つ手は震え、明らかに彼女は怒っている。そんな彼女の質問に、リアムは誤魔化さずに答える。
「そりゃあ、室内と室外じゃ使える魔法は違うからな。それに今回は威力を強めにした」
前回の訓練時では、室内での訓練だったため、リアムの使える魔法が制限されていたが、今回は室外での訓練であったのだ。また、前回、リアムは訓練生に怪我をさせないような威力になるように手を抜いていたため、ユズハに簡単に避けられてしまっていた。今回は手を抜くことなく、多少の怪我を相手に負わせることを覚悟で、リアムは魔法を放ったのだ。
「卑怯ですね、勝つことが分かっていて、勝負に乗るなんて」
「手加減したくてしたわけじゃない。まぁ、卑怯なのは認めるよ。だから、剣術は教えなくていい」
そこまで言って、リアムはユズハと仲良くなることはもう無いなと諦めた。しかし、ユズハの提案でその考えが否定される。
「いえ、剣術は教えてあげます」
「え、いいの?」
「ええ、剣士として、一度した約束は破りません」
なんて男らしい、とリアムは目の前の少女をまじまじと見た。ユズハは、この前のようにビシッと指をさす。
「そのかわり、私の練習相手になって下さい。あなたなら、魔術師相手を想定した訓練になりますので」
「……なるほど。俺も剣士を想定した訓練になって助かりそうだ」
こうして、二人は居残って訓練をするようになった。
二人にとって互いに、訓練学校での初めての友達ができたのだ。友達というよりライバルと称した方が正しいのかもしれないが。
ほぼ毎日のように訓練をする二人。リアムはユズハの指南のおかげで剣の扱いが上達し、ユズハはリアムとの対戦で魔法への対処が上達していった。
そんな日々を過ごしていた二人。そして、気がつくと、訓練学校を卒業するまでの日数があと僅かしかなくなっていた。訓練を終え、二人はいつものように片付け始める。
「もうすぐ卒業だな。なんやかんや、あっという間だったような」
「ですね、あと数日で私たちは自警団の団員ですよ」
「自警団の団員かぁ」
「ん、どうかしたんですか?」
ため息混じりに呟いたリアムの様子が気になり、ユズハは愛刀をしまいながら尋ねた。
「いや、今まで言わなかったけど、実は、俺、自警団に入ることを親に反対されていてさ。卒業までに説得しようとしていたんだけど、残念ながら無理だったんだよなぁ」
「確か、ご両親は饅頭屋を営んでいるんでしたっけ?」
「そうそう、その饅頭屋を継げってうるさくてさ。妹のリリィの方がいいに決まっているのに」
「妹さんもリアムが兄で苦労してそうですね」
「うぐっ、それを言われちゃそうなんだけどよ。お前はどうなんだ? 親御さんは自警団に入ることを反対していないのか? というか、ユズハの親御さんのこと、俺は何も知らないな。何をしている人なの?」
「……」
リアムの質問に、ユズハは自らの愛刀を握りしめ、暗い表情で俯く。ユズハが両親の話を全くしないことからなんとなく察していたリアムだったが、今の質問は流石に失敗だったと後悔した。
「ごめん、今の質問は忘れてくれ」
「いえ……そうですね、リアムになら話してもいいですよ」
どういう表情で言えばいいのか分からないと、ユズハは困ったような笑みを浮かべながら、リアムに告げる。
「私の両親はですね、殺されたんです」
え、とリアムの口から溢れた。動揺しているリアムに構わず、ユズハは己の身の内を話していく。
「父は鍛冶屋で、母は道場の一人娘でした。父の作ってくれた剣を持って、母から稽古を受ける大変な日々でしたが、今、思えば、とても幸せな日々を過ごしていたんです」
穏やかな表情で語るユズハ。リアムはその横顔をただ見つめるだけだ。ユズハの表情はだんだん暗くなっていく。
「でも、そんな日々はいきなり崩れ去りました。未だに捕まっていない人攫い達に襲撃されたんです。まずは父が殺され、母は私を押入れに隠し、人攫い達と果敢に戦いました。でも、最後には、人攫いの首領に殺されました。あの時のことは今でも覚えています。押入れの隙間から覗くと、血を流して動かなくなった母と、その母から剣を抜く、母に片目を斬られた首領の姿を!」
刀を握るユズハの手が震える。それは、怒りによるものでもあれば、恐怖によるものでもあった。
「だから、私は決めたんです! 自警団に入ってあいつらに復讐してやるって! この父が打ってくれた刀で、母から継いだ剣技で、あの男をぶった斬るって!」
「ユズハ……」
「だから……たとえ、どんな、手を……使ってでもぉ。うぐっ、絶対に復讐、するってぇ……」
最初は自分に言い聞かせるように言葉を荒くしていたユズハだったが、次第にその頰を涙で濡らして、嗚咽を漏らし始める。そんなユズハが脆く崩れてしまいそうに見えて、リアムはユズハを守るように抱きしめた。
「うぐっ……うぅ、ママぁ」
「辛かったんだな」
「……ぅ」
「ありがとうな、話してくれて」
リアムはユズハの頭を優しく撫でる。ユズハの身体の震えを腕の中で感じながら、リアムは決心をする。
「俺も力を貸すよ」
「……え?」
「俺もお前の復讐に協力する。なんて言ったって、お前は俺の数少ない友達だからな」
「ほんと?」
「ああ、俺もこう見えて、もうすぐ自警団員だ。お前に協力して人攫いを追うよ」
「そう……なら、約束、ですよ?」
「ああ、約束だ」
縋るように目を潤わせながら見てきたユズハに対し、安心させるようにリアムは微笑んだ。
ユズハが泣き止んで数分後、冷静になった二人は、自分達の状況に今更ながら気がつき、お互いに急いで離れた。
「馬鹿っ、ばぁーかっ!! ばぁぁーーかっ!!」
「いてっ、いたいいたいって!! 小突くのやめろっ!!」
「信じられませんっ! 乙女の身体を普通抱きしめます!? リアムのばかぁぁぁ!!」
「だからごめんって言ってるだろ!?」
顔を真っ赤にしたユズハが、愛刀の柄でリアムを思いっきり小突く。ユズハの言っていることに反論ができないため、リアムはただ謝りながら、ユズハの気が済むまで小突かれるしかない。
怒っているように叫んでいるユズハだが、彼女の内心としてはリアムに抱きしめられて別に不快ではなかった。そう、嫌でなかったというのが問題で、むしろ抱きしめられて安心したというか、うれし--
「ああぁぁぁぁ!! この馬鹿ぁぁぁぁ!!」
「いたいいたい!!」
それ以上は考えてはいけない、その感情に気づいてはいけないとユズハはひたすらに叫ぶ。自分を誤魔化すために何も考えず身体を動かしてたら、柄で小突くどころか、気づけば、ユズハは鞘に入った刀でリアムを思いっきり叩いていた。
「雑念は捨てるぅぅぅ!!」
「どういうこと!?」
結局、ユズハの気が済むまで叩かれ、リアムは訓練場で倒れ伏すのだった。
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