第2話 とんだ茶番
「いい天気だなぁ」
店前で背伸びをするリアム。陽の光を浴び、朝早くからずっと饅頭を作って疲れていた身体も少し軽くなるような気分になった。
「この天気なら、出かける人が増えて、俺の店も少しは売り上げが良くなるだろ」
「でも、今は私一人しかいませんけどね」
せっかくの気分だったのに、魔を差してきた人物の方を、リアムはムッとした顔で見る。そこには、饅頭を両手で持つユズハが座っていた。
「で、例のごとく、なんでお前はうちでまた饅頭を食ってんだ?」
「もぐもぐ、いいじゃないですか。常連客ですよね、私」
「客を語るからには、金は持ってきたんだろうな?」
「何を言っているんです。この前、私を売って手に入れた懸賞金があるじゃないですか。すなわち、あれは私がリアムに払ったお金のようなものです。もう一生分の饅頭代は払いましたよ?」
「そうかそうか。お前はあくまでもそう主張するんだなー」
「はい!」
「よーし、団長にまた通報してくる」
「それだけはやめてぇぇぇぇ!」
冗談じゃなく本当に通報しようと動くリアムを必死に引き止めるユズハ。饅頭の金を払うと約束をして、なんとかリアムの説得に成功する。
「次は容赦なく通報するからな」
「ぶー」
「ぶーじゃない。ここで怠けてないで仕事しろ。見回りでもしてこい」
「仕事ならしてますよ」
「無銭飲食している奴が何を言ってんだ。ったく、こっちは毎月かつかつなんだよ」
「にしても、ほんと私以外のお客さんがいませんねぇ」
「……」
「ん、なんですか? その何か言いたげな目は?」
リアムが責めるような目で見てきて、ユズハは饅頭を頬張りながら首を傾げる。それに対して、リアムの心境は穏やかじゃなかった。
(客がいないのは、お前が居座っているからだよ! ただでさえ自警団は皆から恐れられているのに、常に刀を持ち歩いている副団長が店に居座っていたら、どんな奴だって入りずらいわっ!)
リアムが店の外を見ると、店前を通り過ぎる人がちらりと目を動かし、ユズハとその刀を気にしているのが分かる。
(まぁ、元々繁盛はしてなかったから、大してマイナスにはなってないんですけどね)
あはは、と自虐気味にリアムは笑うが、ユズハは饅頭に夢中で気づいていない。饅頭を完食したユズハが、そういえば、と一枚の紙を取り出した。
「これ、見ました?」
「ん?」
「前の事件で氷結の義賊がばら撒いた、悪人の不正の証拠となる文書です」
「ああ、見た見た。俺たちも驚いたよ。問題になっているそいつ、庶民に優しい金持ちで評判だったのに、違法な薬物を扱っていたって?」
「ええ、量によっては後遺症が残るほど危険な麻痺毒でした」
「うげぇ、流通したら犯罪が増えそうな薬だなぁ。逮捕されてよかったよかった」
義賊であることを隠しているリアムは、自分の思い通りに事が運び、嬉しそうに頷く。嬉しそうなリアムの声に、ユズハの機嫌は悪くなる。
「ぶぅー」
「え、何が不満なわけ?」
「だって、義賊のおかげで逮捕できたみたいな感じじゃないですかぁ。私たちは義賊にうまく使われただけでなんか嫌です! 町じゃ、あの義賊を正義の味方だと言って、それを捕まえようとしている私たちを悪者みたいに言うんですよ!」
「この店内では、金も払わずに食うお前が、確実に悪者なの分かってる?」
「分かりません! 饅頭おかわり!」
「まったく……」
饅頭のおかわりなど出したくなかったリアムだが、饅頭を出さなければ、ご機嫌斜めのユズハがさらにご立腹するのは目に見えていたため、しょうがないと新しい饅頭を出す。
「ほらよ」
「わぁい、愛してますよ、リアム」
「はぁ、こすい愛だな。だけど、俺を愛するかどうかは、その新作の饅頭を食べてから決めてくれ」
「え、新作なんですか、これ! ふふっ、常連客である私を優遇しようとする魂胆は嫌いじゃないですよぉ。それでは、頂きます!」
期待を込めて、ユズハが新作の饅頭に勢い良くかぶりつくが
「まぁ、中身は激辛唐辛子だけどな」
「ぶふぅぅ!?」
一瞬で吐き出した。
「ごほ、ごほっ、がらぁいぃぃぃ!!」
「はっはっはっ! 金も払わないで、まともな饅頭が食えると思うなよ!」
「この悪魔! 饅頭屋として恥ずかしくないんですか!? こんな不味い饅頭を作ってぇ!!」
「何を言うんだ、激辛唐辛子と餡子を丁寧に練りこんだ一品だ」
「それ絶対、あなたの悪意も練りこまれていますよね!? 思い通りに私が苦しんでいるのを見てにやにやしないでください! あぁ、もうむかつくっ! 適当な理由でっち上げて逮捕してやろうかぁ!」
「やれるもんならやってみろ! 職権乱用の副団長って噂を町中に広めてやるからなっ!」
人通りがあるにも関わらず、店の真ん前で喧嘩を始める二人。
周りの人間は誰もそれを止めようはしない。二人の喧嘩は日常茶飯事であり、見慣れた人たちは微笑みながらそれを見守る。今日はどっちが先に謝るのだろうかと。
しかし、今日の喧嘩の終わりはいつもと違った。
お互いが気の済むまで言って、最終的にお互いに謝るという自然な終わり方ではなかった。
喧嘩の最中に、近くの通りで爆発が突然起こったのだ。
「なっ、なんだ!?」
「っ!!」
「おいっ、ユズハ!?」
喧嘩などしてる場合じゃない状況になり、強制的に喧嘩は終わることになる。リアムが驚いている中、自警団の副団長であるユズハは愛剣を片手に爆発現場へと駆けて行った。
リアムも遅れながらもユズハの背中を追うように、同じく爆発の煙が上がっている場所へと向かう。
逃げる人々の流れに逆らって、やっと辿りついた場所には、巨大な荷馬車が爆発のせいか横に倒れており、それに乗せられていた荷物が散在していた。
その周りでは、自警団の団員たちと黒い布で顔を隠した者たちが戦っている。
「なんだよこの状況……」
思わず立ち止まるリアム。
ユズハはすぐさま自警団の加勢をする。襲撃者の一人が彼女に気づいたが、その時には既に彼女の愛剣が襲いかかり、気絶した。
ユズハが目にも留まらぬ速さで戦場を駆け、次々と襲撃者を気絶させていく。ユズハの加勢で、数で自警団を圧倒していた襲撃者たちが劣勢になっていった。
「相変わらず凄いな、ユズハは……」
リアムはそんな戦場を見守りながら、爆発のせいで腰の抜けた者、怪我をした者を安全な場所へと移動させていく。
「よし、これで最後だな。さて、あっちも片付いた頃か?」
最後の一人を移動させたリアムが戦場に戻れば、そこには襲撃者のほぼ全員が横たわっている光景があった。
「ぐはっ!?」
「はぁ、やっと終わった……全く、有象無象ばかり揃えてきましたね。手応えがないにもほどがあります」
今、最後の一人がユズハによって気絶させられた。ユズハはため息をついて愛剣を鞘に収める。まるでその姿は暴れ足りなかったとも言いたげだった。
そんなユズハに呆れながらも、リアムは労いの言葉でもかけてあげようと近づく。しかし、油断していたリアムに、気絶している振りをして隙を伺っていた襲撃者が襲いかかった。
「んなっ!?」
「全員うごくなぁ!!」
リアムの喉元に短剣が触れ、襲撃者の男が大声で叫ぶ。自警団全員の注目がそこに集まったが、誰も動けない。
人質を取り、この場の支配権を持ったと思った男は、己の要求を述べようとする。
「へへっ、動くなよ。少しでも動けばこいつの頭と体は離れることになるからな。やめて欲しけりゃ、まずは、その荷台に積まれていたものをーー」
「はぁ、とんだ茶番ですね」
「……なんだと?」
しかし、男の要求はユズハによって途中で遮られる。
普通は人質を取られたら、自警団は慌てるはず。男はそう思っていたのだが、ユズハの表情から読み取れるのは、焦りではなく呆れだった。
ユズハの予想外な反応。そして、襲撃者の男がおかしいと感じたのは、ユズハの反応だけではなかった。自分が人質として取っている男の反応もまたおかしかったのだ。
喉元にナイフを突きつけられているというのに、人質からは恐怖の感情を感じ取ることができない。まるでそんなことは慣れているとも言わんばかりに、人質は冷静だった。
「情けないです、リアム。人質にされるなんて」
「いや、こいつはお前の剣が仕留め損ねた奴ってこと分かってる? 情けないのはどっちだか」
「なに勝手に話してんだ! 殺すぞ!」
こんな状況なのに自分を無視して会話を始めた二人に怒る男。
リアムは、喉に触れるナイフを掴む男の力が強くなるのを感じたが、それでも冷静さを欠くことはなかった。
「リアム……こんな茶番に付き合う気はありません。早く終わらせてください」
「分かったよ」
その瞬間、男の身体が一切動かなくなる。少しでも力を入れれば、リアムの喉を斬り裂けるというのに、指先一つ動かすことができなかった。
一瞬で、リアムが氷魔法によって男の身体を凍らせたのだ。人質だったリアムが悠々と男から離れる。凍っている男は驚愕の声も出すことができなかった。
常人にはできぬ業を為したリアム。
そんな彼に。
「流石は……自警団の天才魔術士だった人ですね」
自警団の訓練生時代でリアムの相棒だったユズハは、複雑な心情になりながら、悲しげに微笑んで言葉をかけた。
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