第4話 混ぜるな危険
「いいな、お前ら。卒業まであと数週間だが、今日から研修期間だ。実際に、自警団の者として町の見回りなどをしてもらう。いわゆる最終試験というものだ。問題が無ければそのまま入団。問題を起こせば失格で、自警団に入ることはできん」
卒業間近になり、訓練学校の生徒全員が自警団本部に集められ、教官から研修期間の説明を受けていた。
最後の試験と言われ、全員が気を引き締めた顔をして話を真面目に聞く。リアムも真面目に話を聞こうとしているのだが、隣で座っている者のせいで集中して話を聞くことができない。
リアムの隣に座っているのは、愛刀を大事そうに抱えているユズハだった。しかし、彼女はこんな時に寝ているのだ。明らかに教官はユズハが寝ていることに気づいているが、注意しても無駄だと諦めていることがわかる。そして、ちらちらとリアムを見る教官の姿は、暗にリアムにユズハを起こせと言ってるようなものだった。
自分が起こすしかないかと溜息をついて、リアムはユズハの肩を揺らして起こす。
「研修生のお前らは二人一組で見回ってもらう。ペアはお前らが自由に決めろ。午後からは、自警団の制服を着て、町の見回りをしてもらうからな。以上だ」
一通りの説明を終えた教官は、次の仕事があるのか、急ぎ足でその場から去って行った。教官からの話が終わり、訓練生が誰と組むか議論している中、リアムはまだうつらうつらしているユズハに話しかける。
「お前、教官の話を聞いてなかったろ。研修期間について分かっているのか?」
「ふあぁ……とりあえず、友達の少ない者同士で、私とリアムは見回りのペアを組むしかない、ってことですよねぇ」
「……それが分かっているならいい」
ユズハの言葉を否定できなかったリアムは、頭を掻きながら心のこもってない返事をした。
その後、ペアを組んだ二人は、教官から渡された自警団の制服に着替えた。ユズハは自警団の制服を着ているリアムを見て思わず笑う。
「ふふ、リアムさん、制服が全然似合ってませんねぇ」
「うっさい、自覚はあるんだよ」
「捕まえる側というより捕まえられる側の雰囲気を出してますよ」
「やかましい!」
「んぎゃっ!?」
ふてくされているリアムは、にやにやと見てくるユズハにデコピンを食らわせる。
そんな二人は早速町へと出向いて、見回りを始めた。
自警団の制服は町中で目立つものであり、すれ違う人々から視線を受けて、リアムは注目される感覚に慣れず、少し顔が赤くなった。しかし、ユズハは全く気にしてないようで気楽にぶらぶらと歩いている。
「お前、気にならないのか?」
「何がです?」
「あれだよ、周りからさ、ほら」
「え、ああ。なるほど、周りの目が気になるんですね?」
ユズハはリアムの言いたい事を理解して、自分たちが少し注目されていることに気づくが、それを気にする素振りを見せない。
「やっぱりちょっとは気になるだろ。こんなちらちらと見られるとさ……」
「何を言っているですか。むしろこんなの少ないほうですよ」
「え?」
「だって、私は普段からこの刀を持ち歩いているんですよ? 普段、周りからの注目はすごいのなんの。今は、自警団の制服を着ているので、刀を持っていても普段よりも注目されていませんね」
私服のときでさえ、刀を持ち歩いているユズハ。
確かに、私服で刀を持っている奴がいたら誰もが注目する。この状況はユズハにとって普段よりもマシな状況なんだろう。刀をぶら下げて注目されている普段のユズハが想像しやすく少し笑ったリアムは、注目されてしまうのは仕方ないと諦めて見回りをする。
教官から指示された経路で見回りをしていたら、二人はある道へと出た。その道はリアムにとって見知った道であり、今朝も通った道だった。
「リアム? なんでそんなに早く歩くんですか?」
「いや、べ、別に……」
「あれ、お兄ちゃん?」
やばい、知り合いと会う前にこの道を通り抜けよう、と歩く速度を上げたリアムだったが、運が悪くも声をかけられてしまう。振り向けば、そこにいたのはリアムの最愛の妹のリリィ。
この道は、リアムの両親が経営する饅頭屋がある道だった。だから、リアムの妹であるリリィがいるのは当然であり、リアムはなんとしても避けたかった状況になってしまい、心の中で悲痛に叫んでいた。
「え、お兄さん?」
そして、当然、ユズハは、リアムがお兄さんと呼ばれて目を丸くする。
「……」
「ん? お兄ちゃん、どうしました? というか、隣の女の人は?」
リリィの視線とユズハの視線がかち合った。
ユズハはリリィをまじまじと見た後、リアムへと顔を向け、またリリィを見た。そして、やっと口を開けたかと思うと
「きゃぁわいいいいいいい!!!!」
「きゃあ!?」
思い切り叫んで、リリィに飛びついて抱きしめた。
突然のユズハの行動に、リリィは目を白黒させ、されるがままだ。
「リアム、ひどいですよっ! こんなにかわいい子を私に隠していたなんて!!」
「別に隠していたわけじゃ……というか、俺に妹がいること知ってただろ」
「あはは、この人、面白い人ですね、お兄ちゃん」
「俺もそう思うよ……はぁ」
この二人が出会うことを避けたかったリアムは、ため息をついてしまう。なぜリアムがこの状況を避けたかったのか、それはーー
「え、お兄ちゃんの同期なんですか!?」
「そうです! そして、見回りの相棒でもあります!」
「お兄ちゃん、聞いていませんよ! こんな親しい女の人がいるなんてっ!」
「リリィ、こいつとはお前が想像しているような仲じゃない」
この混ぜるな危険とも言える二人が知り合ってしまうからだ。
「ひどいっ! 私のことはお遊びだったの!?」
「ややこしくなるから、お前は黙ってろ!」
「ママー、お兄ちゃんが女の人を弄んだぁ!」
「リリィ、お兄ちゃんを社会的に殺さないで!?」
今まで、リリィにはユズハのことを一切話していなかったというのに、その努力も一瞬で泡となって消えた。
リリィとユズハが和気あいあいとして、リアムのことを話し出す。リリィがリアムの恥ずかしい過去を赤裸々に話し、ユズハが目を輝かせて聞く。
そんな二人を見て、リアムは心の底から思うことが一つ。
(女三人寄れば姦しい、あの言葉は嘘だな。二人でも十分姦しいわ……)
そんな馬鹿げたことを考えながら、リアムは姦しい二人におもちゃにされるのだった。
「リリィちゃん、とても可愛かったですね! リアムの妹なのが勿体ないです。私にください」
見回りが終わり、リアムたちは自警団の本部に戻ってきた。ユズハがリリィをとても気に入ったことがわかるくらい、上機嫌にリリィのことを話す。
「リリィは俺の生きがいだ。お前なんぞにやらん」
「うわぁ……リアムって重度のシスコンだったんですね」
「シスコンで何が悪い」
「リアムみたいなタイプって、リリィちゃんが男の人を連れてきた時に、結婚なんぞ認めないって言いそうで面倒くさいですね」
「当たり前だ。俺だってリリィと結婚したいからな」
「ごめんなさい、リアムみたいなタイプは面倒くさいんじゃなくて気持ち悪いでした」
実の妹と結婚したいと言うリアムに、ユズハは本気で引いて、蔑んだ視線を送る。そして、ふざけた会話をしていたせいで、ユズハは曲がり角で人とぶつかってしまった。
「あっ、すみま……ベルナルド団長でしたか」
反射的に謝ろうとしたユズハは、その人物が誰か分かると謝るのをやめた。
ユズハがぶつかったのは、自警団の団長であるベルナルドだ。歴代の団長の中で最も強いと噂される男。彼が団長になるには歳が若かったが、その実力は誰もが認め、文句を言う人間はいない。
そんな彼にぶつかってしまったユズハ。彼女が怒られてしまうのではないかとリアムは恐れたが、ベルナルドの対応は予想外のものだった。
「ユズハ? なぜお前が本部に……そうか、今日から研修期間か。見回りご苦労だったな」
「はい、ありがとうございます。団長はこれから会議ですか?」
ベルナルドがユズハを労ったのだ。そして、ユズハとベルナルドが親しげに話し始める。
「ああ、町長を相手にしなきゃならん会議だ。団長の仕事はこんな会議ばかりで嫌になる」
「ふふっ、貴方は、権力者を相手にするの苦手そうですね」
ユズハと話していたベルナルドの目が、状況を理解できずに黙っていたリアムに向いた。
「お前がユズハとペアを組んでいるのか?」
「はい。リアムと言います。えっと……二人はお知り合いだったんですか?」
気になっていたことをベルナルドにやっと聞けたリアム。その質問に答えたのは、ベルナルドではなく、ユズハだった。
「そういえば、言い忘れていました。団長は、父と母がいない私の世話をしてくれた人なんです!」
「そ、そうだったのか」
「……」
ユズハの言葉を聞き、ベルナルドは無言で彼女を見た。ユズハは彼が今まで面倒を見てくれたことをリアムに丁寧に説明している。
「ユズハ、そろそろ会議の時間だ。こんな時間までご苦労だったな。気をつけて帰りなさい」
「団長もお仕事頑張ってください。では失礼しますね」
ユズハはお辞儀をして、その場から離れる。リアムもお辞儀をして、その場から離れようとするが
「リアムとやら」
ベルナルドに呼び止められた。
突然名前を呼ばれ、びくりとしたリアムは恐る恐る振り返る。
「なんですか……?」
「そう身構えるな。ちょっと聞きたいことがあるだけだ」
ユズハは二人のやりとりに気づかずに、既に遠くへと移動していた。
明らかに警戒してくるリアムの態度に苦笑しながら、ベルナルドは質問を投げかける。
「お前はユズハの過去を知っているのか?」
「……まぁ、ユズハの両親のことなら」
「それはユズハから聞いたのか?」
「そう、ですけど……?」
「そうか、あいつが……」
ベルナルドが遠ざかるユズハの背中を見ながら、小さく呟いた。
「何か問題でも?」
俺が彼女の過去を知っていて何が悪いと言いたげな目で、リアムは聞き返す。ベルナルドはリアムにそんな目を向けられても気にせず、思ったことを正直に述べた。
「いやなに、まさかユズハが親のことを他人に語るとは思っていなかったからな」
昔のユズハを思い出しながら、ベルナルドは言葉を続ける。
「親が殺されてから、あいつは誰にも心を開かなかった。あいつを引き取った俺にさえな。訓練学校でうまく人付き合いができるか不安だったが、お前を見て安心した。あいつにも友人の一人がいたんだな」
街の人々に恐れられている自警団の団長とは思えない微笑みを、ベルナルドが見せる。その様子からは、ユズハのことを家族のように思っていることが伝わってくる。
「あいつの信頼を裏切らないでくれ。頼んだぞ、リアム」
リアムの背中を軽く叩き、ベルナルドは去っていく。リアムの返事を聞くこともなく、離れていったのは、ベルナルドもリアムの返事が何か分かっていたからなのだろう。
「……言われるまでもない」
リアムはベルナルドの離れていく背中に向かって小さく呟き、自分の家へと戻っていくのだった。
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