幕間3

 宛先:お母さん

 題名:本日の活動日誌/三日目

 本文:

 

『合図をしたら、ここまでまとめた情報を警察にリーク。それと通報』という指示に従った結果、探偵さんが警察に連行されました。地上げに関わっていた暴力団から、とある診療所を守るために動いていたのに。理不尽です。


 探偵さんが連行された後、警察のコンピューターに侵入して調べた結果、私が集めた情報を元に警察は今回の件に関与していた暴力団関係者に対して、大規模な家宅捜査を急遽実施したとのことです。過去の案件も明らかになったため、逮捕に至った者も少なくなく、今回の捜査で余罪追及も免れません。


 結果的に、あのビルにあった黒龍会事務所は壊滅、階下にあった傘下の闇金も軒並み潰れることになり、さらに全国に点在する黒龍会の関連企業や下請けにも多大な打撃を与え、暴力団に関係しようがいまいが、多くの労働者は近い将来に解雇・退職を余儀なくされます。中には幼い子持ちもおり、今後の生活に困難が待ち受けていることでしょう。


 その引き金を引いたのは、私です。

 私はただ、クロガネさんのお役に立ちたくて、診療所の院長夫婦やその家族を脅かす存在が許せなくて、ただ正しいことを、正義だと思った行動をしただけなのに。暴力団とは縁もゆかりもない、ただの一般人までが苦しむ羽目になるなんて考えもしなかった。反社会的な存在であるとは偽りで、暴力団とは本当は必要な存在なのでしょうか?


 その後の捜査で、院長夫婦の証言、多機能眼鏡の録画記録と私が集めた情報から、早い段階で探偵さんには非がないことが判明したのは幸いでした。鋼和市に限り拳銃所持を認める免許を持っていたことと、護身用の拳銃は市と警察が認可している民間用のもの、そして一発も発砲していないことが有利に働いたそうです。


 この展開を見越して、探偵さんは私を馴染みの女医さんの元に預けたのだと理解しました。もしも、現場にまで私が同伴していたら、警察の取り調べは私まで及んでいました。素性が露見し、事態はさらに複雑化してしまいます。

 それ以前に下手をしたら組事務所で撃たれていたのかもしれません。その結果、私の存在が重荷となり、探偵さんが命を落とす可能性もありました。その仮説を導き出した直後、地面が崩れて暗闇に落ちていくような、とても受け入れ難く、拒絶したい感情を覚えました。それが不安、そして恐怖であると知った時、一時的に私の思考処理速度が三〇パーセントもダウンし、記憶機能に激しいノイズが走りました。


 探偵さんに会いたいです。

 お役に立てるよう頑張ったことを褒めてもらいたい。

 どうして、行き過ぎた正義が間違いなのか教えてほしい。

 どうして、社会には悪が必要なのか教えてほしい。

 私の行動が間違いではなかったと言ってほしい。

 無事であると証明してほしい。

 会いたい。

 褒めてほしい。

 教えてほしい。

 慰めてほしい。



 備考:今、私は女医さんの抱き枕にされています。探偵さんが警察に連行され、眼鏡からの映像が途絶えた後、私の様子は普通ではなかったと女医さんから言われました。

 警察署の全コンピューターにクラッキングを仕掛け、探偵さんを逮捕した警官から連行した刑事まで個人情報を盗んで、彼らの家族構成を調べ上げて強請ゆすりの材料にしようとしたり、

 最も効率的な留置所からの脱走ルートの試算とプランニングをしたり、

 黒龍会の残党をけしかけて警察署襲撃を画策したり、

 全部、PIDから私の行動を監視していた女医さんに止められました。

 そして物凄く怒られました。

 そういう経緯もあって、拘束の意味も込めて私を抱き枕にしているのでしょう。しかしながら、こうしてガラケーをブラインドタッチで報告書を作成するくらい造作もありません。たとえ完全に手足を封じたとしても、思考するだけでネットに繋がれます。


 ……ですが、誰もいない探偵事務所に一人だけ残されていたら、私を止めてくれる人もなく、きっとまた間違いを犯してしまったことでしょう。

 探偵さんを助ける。

 ただそれだけを理由に、私が行使できるあらゆる権限を以て、どれだけの被害が出ようとも、たとえ間違いだったとしても、探偵さんが望んでいなかったとしても、彼を助けるために私は動いたと思います。 


 そういった意味では、女医さんの意味のない拘束も意味があるのだと思います。私のせいで探偵さんが困ってしまうのは本意ではありません。私はただ、彼のお役に立ちたいだけなのです。

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