第34話:霊能捜査――その一
糸川奏の親から供出された彼女の私有物はマフラーと手袋、そしてメガネと手鏡だった。全ての品が彼女の愛用品で、それが今テーブルの上に並べられている。
二郎はその前に立つと精神を集中しはじめた。糸川奏が残した霊子の残照を読み取っていく。同時に、彼の脳裏には彼女が残した感情が流れ込んできた。
なにかにつけビクビクと怖がり、しかし根が暗いということはない。ちょっとした些細な出来事に感動し、楽しく学校生活を満喫している。とても自殺や家出をするような感情ではない。そんなことを読み取りながら、彼女のイメージが強化されていった。
しばらくして二郎の霊力が両掌に集まりだした。濃密な霊力による淡い光が、下げられた両手からあふれだす。両腕が水平に広げられ、カッと目が見開かれた。彼がパシィと柏手を打つと、集まっていた光が部屋中に飛び散り、キラキラと霧散していった。
「われは道を示すものなり。糸川奏の
部屋には静けさだけが漂っている。なにも起こらなかった。二郎の口からは安堵のため息が漏れる。
「反応はない。糸川奏は生きている可能性が高い」
「まずは一安心ってところだな」
そう言って刑事は糸川奏の私物をまとめると、部屋をでていった。黙って撮影に集中していた由沙がカメラを止めた。
「本当に良かった。あとはできるだけ早く捜し出すだけですね」
「ああ、だが、難しいのはここからだ。警部さん、親御さんの了承は取れてんだよな」
霊子は死亡した瞬間、大量に肉体からあふれだす。したがって多くの霊子が残る死亡現場を特定するのは比較的容易だ。しかし今回の場合は、捜索対象が生きている可能性が高い。
生きている人間の場合、その霊子を周囲にまき散らすことがない。所有物などにはわずかに移るが、遠距離から本人を捜索することが難しいのだ。霊子の探索に優れたお妙でさえ、生きた人間を捜索するのは簡単なことではない。
今二郎が実行したように、安否を確認することは所有物に残ったわずかな霊子でもできる。が、本人の探索となると、より多い情報が必要になる。その情報が最も多く残る場所は一か所しかなかった。本人の私室である。
「もちろんです。ご両親も喜ばれることでしょう。でもさすがですね、私たちだけではお手上げでしたから」
警部ははち切れんばかりの笑顔で二郎を見上げくる。キラキラと瞳は輝き、頬をわずかに染めるそのさまは、見目麗しき女子高生が憧れの先輩を前にしたと錯覚するほどのものだった。彼がもし女装していたら、彼が男性で、しかも地位を持った社会人だとは、誰も思わないだろう。
二郎はそんな思考を無理やり頭から追いだし、背筋を伝う冷や汗を感じながらも平然を装っている。なにを思ったのか、由沙はワクワク顔でその様子を見ている。彼は心の中で「勘違いすんじゃねぇ」と叫んでいた。そんな心境を隠しながら彼は問いかける。
「警察がそんなこと言っていいのか?」
「もちろんここだけの話ですよ。車の用意ができているはずです。そろそろ出発しましょう」
そんなことを話しているうちに刑事が戻り、四人は用意された車両で警察署を後にした。刑事が運転し、助手席には警部が座っている。
警部の行動に危機感を抱いた二郎は、由沙を車の後部座席に押し込むようにして自分もその横に乗り込み、即座にドアを閉めることによって上手く警部から逃げだしていた。
「二郎さん、こんどはお妙ちゃんの出番なんですよね」
「そうなるが、どうした?」
由沙は言いにくそうにモジモジとしていたが、聞こえるか聞こえないかの小声でボソボソと呟くように言った。
「えっとですね、その、会ってみたいなぁって」
「カメラ回すんだろ? 仕事にならねーだろが」
バツが悪そうに由沙はうつむいた。それでもあきらめきれなかったらしい。
「いや、ちょっとだけだったら大丈夫かなぁって」
「カメラにゃ映らねぇんだ。今は諦めろ。今度会わせてやるから」
由沙はとたんに瞳を輝かせる。
「やった!」
そうこうしているうちに到着したようだ。車は大きな黒い門の前に止められている。古風な日本屋敷のものではない。近代的なセキュリティが施された金属製の門から続く高い白壁が建屋を隠していた。
後続のパトカーに乗車していた制服姿の警官が、門の横でインターホン越しにやり取りしている。
「す、スゴイ家ですね。なんだか緊張してきました」
由沙は目を丸くして座席から門の上を見上げていた。
「気にするだけ無駄だ。堂々としてりゃいい」
「うぅ、二郎さんは肝が据わりすぎなんです」
どうにも由沙は庶民感情が抜けきれないらしい。
そんなことがありながらも通された屋敷は、和洋折衷の現代建築だった。敷地には小さなプールとテニスコートまである。
使用人に案内され、洋風のインテリアに飾られた応接間に通されたわけだが、そこで待っていた夫婦は四十代後半に見えた。二人とも品が良い衣装で身を飾っているが、顔には生気がなく、特に母親は憔悴しきっているようだ。
「お待ちしておりました。斉藤さん。娘を、どうか娘をよろしくお願いします」
挨拶も済ませぬうちにそう言って、父親が懇願するように二郎の手を両手で握ってきた。どんな金持ちでも親とはこういうもんだろうなと、思わず両親の顔が脳裏に浮かんできた。
「安心しろとまでは言わん。まだ確定したわけじゃねぇからな。しかしだ、奏さんは生きている可能性が高い。だから捜索には全力を尽くすが、すぐに結果が出るとも限らん。もしかしたら間に合わんかもしれん。それだけは覚悟しておけ」
どれだけ懇願されてもなるようにしかならない。だから二郎は、ありのまま起こり得ることを告げることにした。それでも父親は覚悟ができないようだった。
「斉藤さんのお力はテレビや警察の方々のお話から存じ上げております。そんな貴方が娘はまだ生きている可能性が高いと仰ってくれた。それだけでも救われた思いですが、早く娘の顔をこの目で見たい。抱きしめてりたいと願っております。どうか、どうか」
彼の気持ちは痛いほど分かる。しかし、いまここでじたばたしてもなにも始まらない。彼女が助かる可能性をすこしでも上げるためにも、必死に懇願する父親に言い聞かせるように二郎は催促した。
「最善は尽くさせてもらう。早速だが、奏さんの部屋はどこだ」
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