第33話:女子高生 糸川奏

 由沙がテレビ局に企画を持ち込んで玉砕した翌日。彼女と二郎は朝から警察署に出向いていた。女子高生が前触れなく消息を絶ち、その捜査に協力するためだ。


 今回由沙は最初からカメラを回している。事前連絡で警察はあっさり撮影を受け入れてくれた。この前警視長に渡りをつけたことが幸いしているのだろう。ただし当然ながら、局に持ち込む前の編集済動画に対して警察のチェックが入るそうだ。


 二郎が由沙と二人ロビーで待っていると、奥から渕上刑事が現れた。その後ろには時高警部の姿も見える。刑事が馴れ馴れしく口を開いた。


「やけに早かったな」

「そうでもないさ。で、ただの捜索願になんで一課のお前たちが出張る?」


 警察から依頼が来る場合、そのほとんどは捜査に行き詰ったいわゆる迷宮入り案件だが、今回の場合は発生から十日も経っていない。しかも捜査一課の仕事ではないはずだ。警部が刑事を押しのけるように前にでた。


「上からの要請というよりほとんど命令です。ここだけの話ですが、彼女の父親は警察にも影響力がありましてね。不公平な話です」


 警部はそう言って渋い顔をしている。その横で、刑事は腕を組んでなにやら考え込んでいるようだった。


「警察なんてそんなもんだろ。というかどんな組織だって同じだ。でだ、今日は状況を教えてくれるんだよな?」

「もちろんです。あちらでお話ししましょう」


 警部の先導で会議室に通され、二郎と由沙は上座に案内された。テーブルには資料が積み上げられている。ここでの撮影は許可されなかった。


「渕上巡査長、説明を」

「はっ」


 刑事は組んでいた腕をほどき、青色の分厚いファイルを開いた。パラパラとめくりながら語りだす。


「不明者は糸川奏いとかわかなで十七歳。修心女子高に通う二年生。当然ながら女性だ。失踪当日の状況は――」


 刑事曰く、放課後いつもと同じ時間の電車に乗った彼女は、いつも利用している実家の最寄り駅で降りず、数駅先で下車していた。そこから繁華街方面に向かい、そこで足取りが途絶えているそうだ。


「――当日の様子は、両親や友人、教師らの証言によると不自然な点は見受けられず、いつもどおり穏やかな日常を過ごしていたそうだ。学外に親しい友達はおらず、男友達もいない。最後に映った映像でも一人で歩いていた」


 話を聞く限り、彼女の行動に最寄りの駅で降りなかったという事実以外の不審な点はない。学校や失踪場所近辺での聞き込みも当然やっているだろう。


「その話しぶりだと、なにも分かっていないとみていいのか?」

「そうだ。恥ずかしい話だがな。事前に不審者の接触も無かった。通信記録も調べたがな、相手は親しい友達と親だけだ。行動範囲内にも不審人物は見受けられない」


 刑事は首を振り、難しい顔をしている。つまりお手上げだということだろう。いくら箱入りのお嬢様とはいえ、多感な年ごろの少女の内心までは分かるまい。


 周囲の認識と本人の心情が大きく食い違うというのは、よく聞く話だ。現時点では誘拐された可能性が高いのだろうが、家出の可能性も捨てきれないと二郎は考えた。


「じゃぁ家出の線はどう考えている」

「ゼロではない。だが限りなく低い。本人がなにを考えているのかまでは分からんがな。聞き取りの範囲では家出できるようなじゃないんだ。さっきも話したが、直前までの行動に不審な点は一切ない。聞いた限りの彼女の性格からも考えにくい。自殺はさらに考えにくい。だからお前さんを頼った」

「そうか、降霊してみるしか無ねぇな。まずは安否確認だろう」


 糸川奏がまだ生きていると仮定すれば、降霊に反応することはない。殺されていれば高確率で降ろせるはずだ。すでに死亡していて、且つ、降ろせない場合もあるが、その可能性は低いと二郎は考えている。


 その可能性とは、悪霊に喰われたか、すでに成仏したかだ。現世において人の魂を喰えるほどの悪霊自体が稀な存在だし、平穏な学生生活を送っている少女が、十七という若さで死を受け入れているとは考えにくい。つまり成仏しているとは考えられない。


 刑事に代わって警部が問いかける。


「降霊術を使えば安否確認ができるのですか?」

「ああ、降霊術に反応がなければ生きている可能性が極めて高い。彼女の私物は用意できてるよな?」


 二郎はその理由を説明しなかった。それでも警部は、期待に満ちたような顔で指示をだす。


「渕上巡査長」


 刑事は黙って頷き、席を立った。


「生きていて、生霊が降りるってことはないんですか? そうすれば直ぐに解決するんじゃ」


 不思議そうな、しかし期待がこもった顔で由沙は聞いてきた。たしかに彼女が言っていることができれば、事件は比較的簡単に解決するだろう。


「あれは迷信だ。生きてる人間の魂抜いたら普通は死ぬぞ。できるのは念を飛ばすくらいだが、そんなことができるのは俺を超えるような能力者だけだ」


 幽世で生き抜き、霊能力に目覚めて修行し、現世に帰って試行錯誤するうちに二郎は知った。自称霊能者が語るほとんどのことは偽りであると。幽体離脱だとか生霊とかはその最たるものだ。


 幽体離脱は不可能ではないが、恐ろしく危険であり、たとえ二郎であってもやろうとは思わない。念を飛ばせないこともないが、それによって言葉を伝えたり意思の疎通を図ることなど彼であってもできやしない。ましてや一般人がホイホイとできることではない。


「じゃぁ、二郎さん以外の霊能者が言ってることって」

「嘘か勘違いだ。思いこみが激しいだけの奴もいるだろうがな」


 自称霊能者などほとんどが詐欺師だ。人を騙して金をとる。それが全てとは言わないが、奴らが言う霊的なことに真実はない。霊能力を持つ人間もいないことはないが、それは霊能者を名乗る者のごくごく一部であると二郎は知ってしまった。


 テレビで共演した自称霊能者に、有名無名合わせて本物はいなかった。それが全てを物語っている。彼らはプロファイリングが上手かったり、話術が巧みなだけだ。


 同種の力を持った仲間に会えると期待していた二郎の落胆は大きく、冷めた目で彼らを見るようになってしまった。

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