第32話:人探しに必要なもの

「ダメだったみたいだな」


 夕方になって帰所した由沙は、冴えない顔色で覇気がなかった。やるせない心情を全身で表している。落ち込んでいる彼女には申し訳ないが、この分かりやすいところに二郎は親しみを感じてしまう。


 テレビ局のお偉い連中は得てして、横柄で気分屋で分かりやすい。局内から殺人犯をだしたことでピリピリしているだろうし、酷いことでも言われたのだろうということは容易に想像できた。


「やっぱり分かりますか。ていうか怒らないんですか?」

「怒るもなにも、動かなきゃヤバいって思ったんだろう?」


 由沙にしては珍しく投げやりな口調だったが、二郎の言葉を聞いた途端に、その顔に生気が戻った。この切り替えの早いところも彼女らしいが、これほどまでに参っていたということは、局内でかなりの頑張りを見せてきたということだろう。


「そうなんですよ二郎さん。警察から依頼が来たって波留さんから聞いて、ネットで調べてみたら急がなきゃダメだと思って。もしかしたら助かるかもって」

「そう思ったなら電話くらいしろ」

「う……ゴメンナサイ」


 由沙ももういい大人だ。素直に謝る潔さもある。周りが見えなくなりやすいところだけはもう少しなんとかしてほしいが、それを理由に怒ったりはしない。軽く注意するだけだ。


「まぁ、周りが見えなくなるのはいつものことだからな。だが、失踪してもう八日だ。生存は厳しいかもしれんぞ」


 助けられるならば、なんとかしてやりたいと二郎も思っている。しかし彼がいくら努力したところで、犯人の行動までを制御することなどできない。生きていてくれと願うしかなかった。


「だからこそ二郎さんなんです。もし生きていたら、助けられるのは二郎さんだけだと思って。考えてみてください二郎さん。ネットで噂になるほどの美少女をですよ、間一髪二郎さんが助ける。こんなに絵になるシチュエーションはめったにないですし、助かってほしいじゃないですか。まだ女子高生ですよ」


 二郎がこの仕事を断るかもしれないと不安なのだろう。由沙は必死の形相で思いのたけをぶつけてきた。二兎追うもの一兎も得ずという諺もあるが、そんなものを鵜呑みにして機会を逸するほどバカバカしいことはない。


 女子高生を助けること。二郎が活躍するさまを電波に乗せること。それが彼女の望みなのは分かっている。どちらも叶えてやりたいと彼が考えるのは当然の帰結だろう。自分のことはどうでもいいが、女子高生は助けたい。これは彼の本心でもある。


「安心しろ。テレビがダメでも仕事は受ける。だが、ほかの局じゃダメなのか? 今はタイミングが悪すぎるだろ」


 テレビKTは、喜多川みゆ殺人事件の犯人捜査から逮捕に至るまでの様子を放送している。自局内から殺人犯をだしたことへの贖罪しょくざいの意味もあるようだが、その姿勢だけは評価された。


 しかし、世間の風当たりは当然のごとく厳しく、トップの引責辞任も確実だろうと言われている。それによって引き起こされる人事異動も、局内の緊張を高めている理由かもしれない。


「たしかに今は局内がピリピリしてました。新井Pなんか不機嫌そのものでしたよ。でも、霊能捜査と守護霊の降霊はテレビKTじゃなきゃダメなんです。勝手に他局で内容を被らせたら、うちの信用が」


 由沙が言うことは、なんとなく二郎も感じていたことだ。たしかに他局の場合は心霊スポットにでかけて霊視してみたり、霊障に悩まされている家に出向いて霊を祓ったりと、違う内容の番組ばかりだった。


 昔はそんな番組がよく放送されていたが。二郎の活躍もあって再びブームになっている。


 最初のうちは他の霊能者との共演もあったが、二郎が出演すると分かると、全員が共演を断るようになった。理由は容易に想像できる。彼の見立てでは、本当に見えている霊能者は一人もいなかったからだ。


 心霊写真や映像の検証もあったが、彼は検証したすべての写真や映像を、偽物や自然現象、カメラの不具合だと断言した。それ以降、その手の番組に呼ばれるようなこともなくなっている。


 それはさておき、彼女がテレビKTにこだわっているは理解できた。


「まぁ、そうなるだろうな。でも諦めないんだろ?」

「当然です。今はピリピリしてるけど、事件が解決するころには雰囲気も変わってるかもしれません。なんとしても新井Pを説得してみせますよ」


 そう言って彼女は拳を握り締めていた。その瞳には光が宿っているようにも見える。


「だが、なぜ新井は人探し企画を渋るんだ? 視聴率的にはそっちのほうが取れるんだろ?」

「彼本人は降霊番組が好調だし、今から割り込ませるのは編成的にキツイって言ってますけどね。でも、警察の相手が煩わしいんじゃないですか? 二郎さんが事情聴取受けたあとからずっと口癖みたいに愚痴こぼしてましたし、今回もそうとうしつこかったってブツブツ言ってましたから」


 新井の性格は二郎にも分かっている。見た目どおりのチャラチャラした人物で、面倒ごとからは逃げだすタイプだ。何人もの警官から疑いの目で同じことをしつこく質問される事情聴取のわずらわしさも分かる。


 しかし、本当にそれだけが渋る理由なのだろうか。二郎はすこし引っかかった。


「ところで二郎さん、警察にはいつ行くんですか?」

「まだ連絡は来てないよな?」


 二郎に視線で促された波留が、パソコンに向き直ってマウスを操作した。


「すでにメールで問い合わせています。まだ返信は来ていませんね」

「そうか。ならば今できることをしておこうか。お札はしばらく書けねぇぞ」

「明日発送予定の一組だけは仕上げてください」


 お札の売り上げはかなり利益率が良いらしく、波留は残念そうな顔だった。二郎の認識では、お札書きは比較的楽な仕事だ。しかしこの仕事は、地味に霊力をすり減らすのだ。不意の依頼に対応するためにも、霊力は温存しておきたい。だからまとめて取り組みたいと彼は思っている。


 けれども、一組だけなら問題はない。本当は書きたくないが。


「それくらいなら何とかなるか。だが波留さん、しばらくはお札の受注を控えてくれるよな」

「仕方ありませんね」


 おそらく明日には警察署に出向くことになるだろう。それまでに、できる限りの準備はしておきたかった。そうしておくことで、すこしでも捜索にかかる時間を短縮できれば、女子高生の生存確率が上がるかもしれない。


 実際の捜索には、本人が直接関わったもの、たとえば衣服や部屋、常に持ち歩いているものなど、念や霊子が残る可能性が高いものが必要になる。しかしそれは今ここにない。占い師がよくやるように名前や生年月日、写真だけでは捜査などできやしないのだ。


 だからお大量のお札など書いている場合ではない。

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