第31話:女子高生失踪事件

 世間を騒がせた喜多川みゆ殺人事件は、テレビ局ADの牧野が逮捕されたことで一応の決着を見た。二郎に対する疑いの目も完全になくなり、それどころか、彼に対する評判は上昇の一途をたどっている。


 由沙が撮影したビデオは、二郎の活躍をより強調するように編集を加えられたうえで放送されたが、だからといって彼のテレビ出演が増えたのかと言われれば、それは否だった。


 理由は簡単だ。二郎自身が多くの出演依頼を断っていたからである。依頼のほとんどが霊能力に関係ない短時間のゲスト出演であり、彼の人気をあてにして視聴率を稼ぎたいという下心が見え透いていた。


「由沙はテレビ局か?」

「はい。和泉チーフはテレビKTに出かけています」


 二郎の問いに答えたのは、新しく入所した新人マネージャー御影結衣だった。背は低いが活発な感じの女性で、まだ大学を卒業したばかりだ。波留の知り合いで、職にあぶれていたところを拾われたらしい。


 結衣はテレビ出演が多い水瀬の専属マネージャーで、由沙にとってはただ一人の部下になる。彼女が言ったとおり、由沙はチーフマネージャーに昇進している。


「それはそうと二郎さん」

「なんだ?」

「警察からの依頼です。目を通しておいてください。受ける受けないの判断は明日までにお願いします」


 一枚の紙をもって机の前に来た波留は、その紙を二郎に渡すと、そう言って自分の席に戻った。二郎はその紙に書かれた文章に目を通し、顔をしかめる。


 女子高生失踪事件。表題にはそう書いてあった。失踪した経緯も分かる限り文章にしてあるが、生きた人間を探すのは彼の信条に合わない。


「これ、断れないか?」

「いいんですか? 和泉チーフが局に向かったのもその件についてですよ」


 初耳だった。由沙がなんらかの事件について、ネット検索していたことには気付いていた。しかし、二郎は彼女にも告げていたのだ。事務所の方針として、生きていると思われる人物の捜索は行わないと。


 理由があるはずだ。


 彼女が彼の方針をないがしろに、独断専行するとは考えにくかった。たしかに彼女は猪突しがちな性格ではあるが、考えなしに行動することはない。


「波留さん、由沙はなにか言ってなかったか?」

「いえ、その件についてはなにも。私が知ったのは、ついさきほど彼女のパソコンを偶然見てしまったからです」

「そうか」

「ですが、かなり焦っていたことは間違いないですね。パソコンを立ち上げっぱなしで飛び出していきましたから」


 二郎はもう一度、依頼メールの文章に目を通した。そこには女子高生が失踪した時期、失踪した動機が見当たらないこと、有名女子高に通っていて、彼女だけではロクに生活もできそうにない箱入りのお嬢様であること、スマホの電源が切られていることなどが明記されている。


 本来は捜査情報をこれだけ詳しく漏洩することはないのだが、二郎が警察に協力するようになって、依頼事件のみであるが、情報共有の契約を結んでいるのだ。


 前例がないことだったが、警視長直々に立ち会って契約書を交わしている。警視長曰く、少しでも早く事件を解決することが目的だそうだ。


「二郎さん、この女子高生は家出ではなさそうですね」

「なにが言いたい」

「差し迫った命の危機があるかもしれないということですよ。ネットで調べてみましたが、失踪する動機がまるでありません」

「んなもん、本人にしか分からんだろうが」

「それはそうなんですけどね。ちなみに、親は資産家のようですが、身代金目的の誘拐でもないようです」


 たしかにメールに身代金のことは書かれていない。犯人から接触があったとも書かれていない。というよりも、よくよく考えてみれば殺人事件以外での捜索依頼はこれが初めてだった。


 警察にものっぴきならない事情があるのだろう。


「つまりあれか、性的な目的があるとか」

「そうですね。犯人の目的までは分かりませんが、最悪は国外に売り飛ばしたり、臓器目当てとかも考えられそうです。ネットではかなり話題になってますよ」

「女子高生一人失踪したくらいでか?」

「可愛いんですよ。異常なほどに。ネットでは神聖視されているみたいです」


 由沙はこの事件を解決できれば、事務所の飛躍になるとでも考えたのだろうか。それとも、解決をきっかけに事務所からデビューさせようとでも思ったのだろうか。あるいは、ただ助けたいと思っただけか。


「それにです。この事件は上手く解決できればかなりの報酬が見込めますからね。俗な考えですが、事務所のためにも受けることをお勧めしますよ」

「たしかに金払いはいいだろうな。警察も親にせっつかれてそうだ」


 由沙がなにを考えて行動を起こしたのかその真相はまだ分からない。しかし、霊的な捜査に関して二郎に相談せずに単独で動くことは今までなかった。


 慌てて飛びだしていった状況を考えると、よほどこの事件に緊急性を感じたのかもしれないし、デカい釣り針に見えたのかもしれない。二郎が把握している彼女の行動基準は、仕事に関することに限れば、第一に彼がテレビにでて活躍することだった。


 それは警察の捜査状況に左右されることではない。二郎が関わって事件を解決する。その様子を電波に乗せる。それが一番重要なことだったはずだ。かてて加えて、少女の安否がのっぴきならないという状況に焦り、相談を忘れて飛びだしていったのかもしれない。彼にはそう思えた。


「分かった。警察にはこの件を受けると答えておいてくれ」

「和泉マネージャーの帰りを待たなくても?」

「大丈夫だ。由沙が仕事を取ってくるにせよダメだったにせよ、この件を受ける」

「分かりました」


 たとえ仕事が取れなかったとしても、由沙は分かってくれるはずだ。いや、彼女の方から受けてくれと泣きついてくる姿が、二郎にはありありと幻視できた。


 由沙とはそういう女なのだ。自分のことは顧みず、やりたいと思ったことにわき目もふらず猪突する。情にも厚い。そんな彼女を見ていると、危なっかしすぎて側にいてやらないとダメだと二郎は思うようになっていた。


 そんな自身の変化を、二郎は喜ばしい気持ちで受け入れている。彼が幽世から帰還した当初は、誰に対してもまずは疑ってかかり、俯瞰して観るという癖が染みついていた。過度な愛情を注いでくれる両親に対してもそうだった。しかし、由沙と付き合ううちに彼女の人間性に触れ、その考えが少しづつ変化していることに彼は気づいている。


 由沙の望みを叶えることが、生き甲斐といっても過言ではないほどに今の二郎はなっている。だからこの件に、彼女の望む形で関わってみようと彼は思った。


「それとな、しばらくはお札関係の仕事を延ばしてくれ」

「分かりました。この事件に集中なさるんですね」

「ああ、そのつもりだ」

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