第30話:犯人を追え――その二

 二郎たちを乗せた車は都市部を抜け、山間やまあいに差しかかっていた。後方には鑑識班を乗せたワゴンとパトカーが続いている。もちろんサイレンは鳴らしていない。


「二郎さん、この景色、前にも見ましたね。木の葉っぱが落ちて雰囲気変わってるけど間違いないです」

「ああ、喜多川みゆの遺骨が埋まっていた山だな。刑事さん、そこを左だ」


 山間を抜ける道から逸れ、山へと続く細い道に入った。舗装はされているが、離合はできそうにない曲がりくねった細い道が、山林を縫うようにして続いている。しばらく進んでいくと、ポツンポツンと民家が点在しているが、どの家も草に覆われたりしてどう見ても廃屋だった。


「廃村ですかね?」


 そう言いながら、由沙はカメラを回し、車窓から見える景色を撮影している。


「そうだろうな」


 そんなことを話しているうちに、お妙が二郎から離れた。


『あそこだよ』

「あの廃屋だ」


 二郎の声で車が止まり、お妙は車体をすり抜けていく。彼女は廃屋の戸口の前でふりむき、手招きした。廃村からすこし離れたところにあるその廃屋は、背の高い枯草に囲まれ、戸口のガラス戸は片方が外側に向けて倒れ、スリガラスが散乱ていた。


 廃屋やその周辺から霊的な反応は感じられない。


「行くぞ」


 そう言って二郎は車を降りたが、刑事に呼び止められる。


「廃屋に入るのはちょっと待ってくれないか」


 刑事は慌てて車に戻り、なにやら無線越しに唾を飛ばしている。その様子を横目に、警部が渋い顔をした。


「なにごとにも手続きが必要ですからね。我々が法を犯すことはできません。それに、まず鑑識が入ります」

「そうか、なら待つしかないな」


 このまま黙って廃屋に入れば、不法侵入になるのだろう。警察の不祥事に対する世間の目は厳しいからなと、二郎は思った。


 十数分待っただろうか、刑事が車から出てきた。


「入っても大丈夫です。時高警部」

「ずいぶん時間がかかりましたね」


 警部は嫌味がこもった視線で刑事を睨みつけたが、刑事はどこ吹く風で聞き流している。刑事の合図で鑑識班が廃屋に入り、小一時間ほど待たされることになった。撮影のために鑑識班には一旦外にでてもらう。


「そんなことはどうでもいい。行くぞ」


 そう声をかけた二郎に続き、警部、刑事、カメラを構えた由沙が後を追う。廃屋に上がり込んでも全員土足のままだが、鑑識に渡されたビニール製の覆いを靴に装着している。


 歩を進めるたびに埃が積もった板張りの廊下がきしむ。短い廊下を過ぎると、台所奥に、物が散乱する和室が見えてきた。そこにお妙が浮いている。


『ここだよ』

「ここが殺害現場だ」


 和室には踏み入らず、中の様子を警部と刑事が確認している。二人の隙間から和室内部をカメラが狙い、しばらくの間沈黙が続いた。


 和室には埃にまみれたゴミに交じって、女物の衣服、下着、ブランド物のバッグと大量のティッシュが散乱している。


「状況的にはなんとも言い難いですが、女性物の衣服だけまだ新しいですね」


 警部が言ったとおり、周囲のゴミには埃が積もっているが、女物の衣服や下着には埃が積もっていないし、色合いというか、色のせ方が違って見える。


「ちょっと待ってろ。今確かめる」


 二郎は精神を集中しはじめた。部屋に残る念を探っているのだ。古い廃屋だけに、ここで生活していたであろう者たちの念が渦巻く中、記憶にある喜多川みゆの痕跡を探していく。


 彼はお妙の力に絶大なる信頼を寄せていることに間違いはない。しかし、なにごとも自分で確認しなければ気が済まない性分なのだ。


「間違いない。確かに喜多川みゆの遺品だ。そこにある服と下着、あのバッグもそうだ。ティッシュには犯人の痕跡が残っているかもしれん」


「鑑識に確認してきます」


 二郎の言葉を聞いた刑事はそう言って外にでていった。


流石さすがですね」

「なんだ? 信じてないんじゃねぇのか」

「そ、そんなことはありません!」

「まぁアレだ。これで少しは証拠の足しにでもなるだろ。あとは任せる」

「十分すぎます。犯人の自供も取りやすくなりました」


 そんなことを話しているうちに、刑事が舞い戻ってきた。警部になにか耳打ちし、再度でてゆく。


 二郎はいつの間にか横に移動していたお妙の頭をなでる。


『お妙、手伝ってくれてありがとな。助かったぞ』

『でへへ、またいつでも呼んでね』


 お妙は気持ちよさそうに目を細め、そう言って姿を薄くしたのだった。


 廃屋をでると刑事が電話しているところだった。再度鑑識班が中に入っていく。由沙はカメラを止め、二郎の耳元に顔を寄せた。


「お妙ちゃん来てるの?」

「ああ、前に話したとおり、彼女がここを見つけてくれたからな」

「スゴイのね、お妙ちゃん。わたしも会ってみたいなぁ――」


 由沙がお妙を見ることができた機会は一度だけだ。大蛇の妖魔に障られて寝かされていたときに見るチャンスはあったが、残念ながらそのときは気を失っていた。回復したあとに、水瀬からお妙と会った話を聞かされ、お妙がどれだけ可愛かったか力説されたらしい。


「――そういえば、あのとき由沙は寝てたか」

「水瀬ちゃんだけ見たんでしょ。こんどわたしにも会わせてくださいね」

「ああ、機会があればな」


 そんなことを話しているうちに、電話を終えた刑事が警部と共に近づいてきた。


「斉藤さん、犯人の件についてお話を伺いたいのですが、できれば二人きりでお願いします」


 警部はそう言って二郎を誘ってきた。なぜ二人きりで? という疑問も沸いたが、余計なことを言って面倒くさいことになるよりはましだと、彼はただ頷き返す。その様子をうかがっていた由沙が口を開いた。


「わたしは鑑識の様子を撮影してきますね。いいですよね、警部さん」

「構わないが、邪魔にだけはならないように注意したまえ。渕上巡査長、案内してやれ」

「はっ」


 刑事は由沙と共に再び廃屋へと消えていった。普段なら『気が利くじゃねぇか』と褒めてやるところだが、相手が相手だけに、このときばかりは彼女の気遣いに『そうじゃねぇだろ。相手を見てものを言え』と言い聞かせてやりたくなった。


 二郎は渋々、警部に誘われるがままに車の後部座席へと乗りこみ、続いて警部も隣の座席に乗り込んでくる。


「斉藤さん、早速ですが犯人について聞かせてください」


 体ごと顔を近づけ、なぜか嬉しそうに聞いてきた警部。二郎は気にするだけ無駄だと、喜多川みゆの遺骨から伝わってきた光景を思いだす。


「喜多川みゆを殺したのはテレビKTの牧野とかいうADだ。状況はレイプ後の絞殺。スマホのフラッシュライトが何度も光っていた」

「凄いです! そこまで詳しく分かるんですね」


 話を聞いた警部は興奮冷めやらぬ様子で顔を上気させ、さらに顔を近づけてくる。彼が醸しだす雰囲気に、二郎は危機感を覚えた。


「顔が近い! うぜぇぞ」

「申し訳ありません。ちょっと興奮してしまいました」


 そう言いながらも警部は嬉しそうだ。虐められて喜ぶ彼の性癖を思いだし、なんとも言えない悪寒に襲われた二郎は、今後彼をどう扱えばいいのかと頭を悩ませるのだった。

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