第29話:犯人を追え――その一

 翌日、二郎は由沙を伴い警察署におもむいていた。検死台に乗せられ、生きていたときと同じように奇麗に並べられた喜多川みゆの遺骨を前に、降霊術を終えた二郎が首を振った。


 遺骨はきれいな状態だが、彼女の霊が反応することはなかったのである。二郎は神妙な面持ちで語りだした。


「自ら望んで殺されたということはないだろうからな。成仏は考えづらい。おそらく悪霊にでも喰われたんだろう」

「降霊はできないということか」


 降霊による事件捜査に何度か関わったことがある刑事は、二郎から告げられたことに無念さを隠そうともしなかった。はじめて彼の降霊術を生で見た警部は、結果が伴わなかったことに一瞬悔しげな顔を見せたが、期待を込めるかのように問いかけてくる。


「降霊以外にも犯人特定の手段があると聞いていますが」


 性格が百八十度変わったかのように従順になった警部は、そう言って二郎を熱いまなざしで見つめてきた。その様子は、あるじに心酔する下僕のようでもあり、考えたくもないが、好きな男を見つめる女のようでもあった。


 男からこれほど熱い視線を向けられるのはさすがに勘弁願いたかったが、二郎はできるだけ気にしないように平静を装っている。


「あることはある。が、繊細な作業が必要でな。悪いが全員、この部屋から出てくれ」


 警察の依頼で降霊術を行い、犠牲者の霊が降りなかったことは何度かあった。二郎がこれからしようとしていることは、そんなときのためのものだ。それを聞いているであろう警部と刑事は、なにも言わずに粛々と部屋をでた。もちろん由沙も部屋の外だ。


 二郎は精神を集中し、遺骨に残った喜多川みゆの感情を読み取っていく。結果、殺される直前のものであろう、恐怖の感情が色濃く残っていた。しかしそれだけでは犯人に繋がらない。彼は注意深くその感情を紐解いていく。そしてようやく浮かんだ死ぬ直前のイメージ。


 ゴミが散乱する廃屋らしき部屋。犯人であろう男の狂気に満ちた顔が、恐怖による涙で歪む。視界の隅に映る脱がされたであろう散乱した衣服。網膜に焼き付くようなスマホのフラッシュライト。


「アイツか」


 二郎はその顔に見覚えがあった。しかし、その結果を告げる前にやっておかなければならないことがある。ジャケットのポケットに右手を突っ込み、梵字が掛かれた小さな木片を取りだす。


『お妙、出てきてくれるか』


 彼の問いかけに、お妙はすぐに反応してくれた。木片をよりどころに、彼女が湧きでるように姿を現す。


『ジロちゃん、またお手伝いすればよかと?』


 コテっと頭をかしげたお妙の頭を二郎は優しく撫でる。彼女は気持ちよさそうに目を細めた。


『そうだ。この娘が死んだ場所を探してくれないか? お妙には簡単だろ』

『うん、まかせて。これなら簡単。まだ死んだばっかみたいやけん』


 喜多川みゆが死亡して一年以上経つが、お妙が幽世で過ごした年数に比べればたしかに死んだばかりとなるのだろう。


 二郎には生身の体がある。お妙にはそれがない。彼女は幽世と現世を自由に行き来でき、幽世を経由して現世のどこにでも瞬時に移動できた。だからお妙に頼んでいる。


 幽世からなら、喜多川みゆの念が強く残る場所を探しだすのは、お妙にとってそう難しくない。念を探って場所を特定するのは彼女の十八番おはこである。


『いつも済まないな』

『てへへ、ジロちゃんの頼みやけんね』


 そう言ってお妙は嬉しそうにはにかむと、姿を薄くしていった。



「なにか分かったのですか?」


 部屋をでてすぐに声をかけてきたのは警部だった。期待がこもったような顔で見上げてくる。刑事も口を開きかけたが、上司を立てたようだ。由沙はさっそくカメラを構えてカメラマンになり切っている。


 本来はカメラマンというか撮影スタッフを雇うところだが、機密を知る人間を増やしたくないという警察の意向に沿って、彼女がカメラを回しているのだ。


「ああ、見たことがある奴だった。だがその前に行くところがある」

「いったい犯人は誰なのでしょうか」

「それは車の中でおいおい話すさ。それよりもだ、先に証拠を探すぞ。そのほうが都合良いだろ?」

「助かります」


 憑いていた霊を払って以来、警部の高慢ちきさはなりを潜めている。それどころか、恋する乙女が想い人に見せるような従順さに、二郎は戸惑っていた。


 その戸惑いを顔や口調にだすことはなかったが、張り合いがないというか、かなり気持ち悪いというか、むしろ以前の高慢ちきな方がマシだったとさえ思えた。そんななんともいえない感情を二郎は飲み込むしかなかった。


 プライドが高そうで他人に対する思いやりが全く感じられなかった警部が、その若さと童顔も相まって、まるで男の娘のような印象を振りまいている。女装と化粧をすれば、少女と言われても違和感がなくなるのではなかろうか。そんな感想を二郎は身震いしながら葬り去る。


 それはさておき、警部と刑事、二郎と由沙は警察の覆面車両に乗って目的地方面へと向かっていた。


 お妙はすでに目的の場所を見つけていて、今は二郎の肩に寄り添っている。ときたま耳打ちし、彼が方角を告げることで刑事が運転する車は走っている。


『やっぱり間違いないですよ。高時さん、二郎さんに恋してます。あれは完全に乙女の目でした。恋する乙女です。わたし、人が恋に落ちる瞬間をはじめて見ました。昨日は怪しいなぁ、くらいしか思わなかったんですけど、今日確信しましたよ。うん』


 後部座席でカメラを回しながらも、由沙は二郎の耳元に顔を寄せて聞こえるか聞こえないかの小声でそうささやいた。かなり興奮しているようだ。耳にかかる吐息が熱い。


『やめてくれ、俺にそのはねぇ』


 由沙が言っていることが本当だとして、二郎には気持ち悪いという感情しか湧いてこなかった。彼はまだ二十代前半だ。性的にムラムラすることも多いし、現世に復帰したころは、親にもらったお金を使って泡姫たちとよろしくやって発散することも多かった。


 それが理由でお金の減りが早くなり、生活に困窮したという教訓を経て、そういったお店に行くことはなくなったが、相手はあくまでも女性であって、男相手にそういったおぞましいことに至ろうとは毛ほども考えていない。


「次の信号を右だ」


 というか、そんな話題すら勘弁願いたかった。


『二郎さんはどうする気なんですか?』

『どうするもこうするもない。この話はもう終わりだ』


 女というものは、どうしてこんなたぐいの話が好きなのだろうか。そんな疑問も浮かんだ二郎だったが、同時に警部の顔が脳裏に浮かんでブルブルと首を振るのだった。

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