第28話:高時警部再び

 朝一から来客があった。とはいっても事務所の朝は遅い。斉藤芸能探偵事務所は午前十時が公の始業時間だ。実際にはもっと早くから波留は出勤してくるが、二郎や由沙や水瀬は始業時間などあってないようなものだった。


 なにもなければ波留だけは毎日決まった時間に出社し、決まった時間に退社する規則正しい生活を送っているが、ほかの三人はロケにでたり出張にでたりで拘束時間が決まっているわけではない。


 それはさておき、事務所の入り口から入ってすぐ横にある応接室下座には二郎と由沙、上座に橋爪警視長と高時警部、渕上刑事が顔をそろえていた。


 二郎は武嶋真由事件の遺体捜索時に刑事本人から聞いていたことを思いだし、おやっという顔で問いかける。


「刑事さんはこの件から外れたと聞いていたが」

「それは私から説明させてもらいます。渕上巡査長は御社の協力のもと、すでに二件の事件を解決するという実績を上げています。元々は本案件の担当であったことも加えての判断となりました」


 警視長と刑事の間で警部は不貞腐れている。そんな彼一人には任せられないという判断があったことは、二郎にも容易に推測できた。


「そうか、理由は分かったが、警視長さんが指揮を執るわけじゃねぇんだよな」

「指揮は高時警部が引き続き執ることになっています」


 周りが結果をだしていくなかで、結果をだせずに捜査から外されるということは経歴に傷がつくということだろう。あくまでも警部に指揮を執らせ、傷はつけさせない。警察が身内に甘いとは噂されているが、こんなところからも噂が立つんだろうなと二郎は思った。


「そうか。で、言わなきゃならんことがあるよな」


 警察がそういう姿勢で来るならこちらにも考えがある。二郎はもの別れに終わった前回の打ち合わせを思いだし、警部に鋭い視線を送った。


「クッ、この前は失礼な物言いをして申し訳ありませんでした。捜査にご協力願えませんでしょうか」


 以前の刑事のようにテーブルに両手をつくことはなかったが、警部はしっかりと由沙と二郎を見て深く頭を下げて謝罪してきた。その悔し気な口調から、心がこもっていないと一蹴することもできたが、そんな下らないことをして話をややこしくする気はない。


「そんなイヤそうな顔で言われてもな。だが、形だけでも約束は守ったわけだし捜査には協力する。もちろん有料だぞ。それから、高時といったか、警部さんアンタ憑かれてるぞ」


 一目見て二郎には分かった。というか視えていた。警部の左肩から霊が顔をだしている。以前会ったときには憑かれていなかった。捜査の進展がなく、精神的に参っている状態を突かれて最近憑かれたのだろう。しかも憑いているのはただの浮遊霊ではない。


「疲れている? たしかに疲労は溜まっているが」


 そういえば水瀬も同じ勘違いをしたなと思いだしながらも、二郎は間違いを正す。日本語はこういった誤解を生みやすいなと、最近彼は思うようになっていた。


「字が違う。日本語は同音異義語が多いからな。霊に憑かれてるっつってんだ。最近左肩のあたりが重くなったりしてねぇか?」

「たしかに肩が凝っているとは感じているが、そんなことはあり得ない」

『テメェ俺が見えんのか? ならとっておきを教えてやるぜ。ギャハハハッ、コイツさぁ、アヤカってぇ小娘にけつ掘られて喜んでんだぜ。女王様もっとぉ~てな。マジでウケる。つうかよ、コイツの弱み教えてやっからよ。もっと弱らせてくれや。ギブアンドテイクと行こうぜ――』


 視線を向けたときから霊は話しかけてきていた。べらべらとうるさい奴だと思いながらも聞き流していたが、今でも疑っていそうな警部を信じさせるには格好のネタだと思い、二郎はニヤリと口の端を吊り上げる。


「そうだな、アヤカ嬢といえば分かるか。お前に憑いてる霊がべらべら喋りやがって煩ぇんだ」 


 警部の顔は一瞬で紅潮し、所在なさげに瞳を揺らして動揺している様子がありありとしている。


「そっ、そのことについてはっ」

「安心しろ。べつにお前にどんな趣味があろうと口外はしない。が、これで信じるよな」


 警部にどんな性癖があろうと、身内に害が及ばない限りはなんとも思わない。それが二郎の考えだ。ただ、高慢ちきな態度から一転して慌てふためく姿を見ると、すこしだけ溜飲を下げることができた。


「信じる。信じるからなんとかならないのか」

「まぁ悪霊にもなりきれてない雑魚だからな。無料でいますぐ祓ってやる。こっちに来い」


 ガタっと席を立ち、テーブルを回りここんでおずおずと二郎の前に進みでた警部。二郎は椅子から立ち上がり、彼を見下ろす形で抱きこむように体を密着させる。


「動くなよ」

『おいっ、ヤメロ!』


 なにを勘違いしたのか、二郎を見上げる警部の顔がみるみる赤くなっていく。二郎はゾワゾワとする悪寒に襲われたが、ここで警部を突き放すまでには至らなかった。


『テメェ覚えてやがれ。つぎ会ったら絶対ぇコロス』

『黙れ!』


 わめき散らす霊を一喝し、二郎は霊力がこもった右手で警部の背中を軽くたたいた。その瞬間、彼の霊力が警部を包み、水玉が弾けるように霊は霧散していった。


「うっ」

「終わりだ。席に戻れ」


 まるで精気でも抜かれたような腑抜け顔で、警部は二郎を見上げている。その顔に高慢ちきな様子は一切見られず、人が変わったかのように彼は二郎をみつめていた。


「はい」


 妙に素直に、そしてしおらしくそう言った警部は、いそいそと席に戻り、大人しくなった。二郎は気にかけることもなく用件を確認する。


「でだ、犯人に当たりをつけるところまででいいんだな?」

「はい、それで結構ですが、できれば証拠となるものを見つけていただければ」


 申し訳なさそうに警視長はそう言ったが、二郎がなびくことはない。当初の取り決めどおりの答えを返すのみだ。


「探しはする。だが、それは成功報酬と言ったはずだ。安請け合いはしない主義なんでな――」


 その後も打ち合わせは順調に進み、議題が無くなったかに思えたころ、焦った顔で由沙が声を上げた。


「あのっ! 撮影の許可も欲しいのですが」


 警察側の聞き分けがよく、あまりにもするすると議題が消化できた。二郎は隣に由沙が座っていることを忘れてしまう失態をおかした。彼女の焦った声でそれに気づき、最も通したい要望があったことを思いだす。


 これは謝らなければならんなと考えているうちに、警視長が答えていた。


「仕方ありませんね。ただし、放送前にチェックはさせてもらいますよ」

「もちろんそれでOKです」


 終わり良ければ総て良しではないが、あとでホッと胸をなでおろしている由沙に謝っておこうと、二郎は心に留めたのだった。

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