第27話:橋爪警視長
政治家というのは尊大である。それが古参で大物ともなればなおのことだ。日本有数といって差し支えないような歴史ある屋敷に結界の護符を設置し、住み憑いていた地縛霊を幽世へと導いた二郎。
政治家は豪然たるもの言いながらも、二郎に対して満足げに礼を述べた。彼は愛想笑いを政治家に返すと、波留とともに帰路へと就いたのだった。
「政治家ってのはなんであんなに偉そうなんだろうな」
「周囲の環境もあるのでしょうが、政治家に限りませんよ。長いこと人の上に立つと、ああなりがちです。封建社会のなごりみたいなものでしょうかね」
たしかに身分制の封建社会ならば、上位者は尊大な態度を取ることが自然だろう。下位者を増上させない必要もあるし、身分をわきまえさせる必要もある。支配するという観点からもそのほうが合理的だ。
しかし、民主主義の今の時代にあっては、尊大な態度をとるお偉方が猿山のてっぺんで威張り散らすボスザルにしか見えないなと、二郎には思えてならない。
「たしかにな。お山の大将ってやつか」
「常に下手に出てきて人当たりの良いお偉方もいらっしゃるんですけどね」
「波留さんみたいにか」
べつに皮肉のつもりで言ったわけではない。ただ、言葉では敵わない波留に軽い意趣返しをしたかっただけだ。
けれども、そんなことは気にも留めないといわんばかりに波留に返される。
「私は下っ端ですが、その通りです。だからそんな方ほど注意したほうがいいですよ。腹の中じゃ、なにを考えているのか分かりませんから」
言われるまでもないと二郎は思った。人当たりのいい笑顔で近づいてくるのは、幽世の悪霊たちの常とう手段でもあるからだ。
「偉ぶってる奴の方が単純で扱いやすいってか」
「その通りです」
時刻は十九時過ぎ。夕食にはちょうどいい時間に、二郎と波留はスーツ姿の男と食事をとっていた。事務所から歩いて行ける場所にあって、お値段もそれなりにする日本料亭だ。
「では、捜査の方は全く進展していないのですね」
波留がスーツ姿の男にお酌をしながら、そう問いかけた。
「恥ずかしながら仰る通りです。捜査情報なので詳しいところまでは話せませんが、動機が確かな被疑者が多すぎるのですよ」
そう言ってスーツ姿の男は盃をぐいと煽った。歳のころは五十を超えているだろうが、あの刑事と違って身なりにも気を使い、肌の色艶も良い。なによりも顔に覇気がある。
「で、橋爪さんよ。まだあの若ぇ警部が指揮してんのか?」
「あの警部とは高時のことでしょうか?」
「そうだ、たしかそんな名だったな」
なにも知らない感じで警視長は問い返してきた。あのいけ好かない警部が、あの打ち合わせの様子をありのままに報告しているとは考えにくい。それでも、まったく知らないというのはどうも怪しい。
そ気持ちが顔にでてしまっていたようだ。
「以前高時と斉藤さんはお会いしているはずですが、そのときなにかありましたか?」
分かっているだろうに。そう思った二郎だったが、さすがにその疑念まで顔にだすことはなかった。彼もこういった駆け引きにおいては、すこしは成長ししているということだろう。
相手が悪霊ならば、そんなしち面倒くさい真似を二郎がすることはない。けれども、ここは幽世ではないのだ。処世術というものがある。それに従ったまでだ。
「それよりもだ、なんであんたがでてきた? 行き詰ってんのか?」
「まぁ、恥ずかしながらそのとおりです。それに、世間の目も厳しいですからねぇ」
「だからあんたが出てきたのか。警視長さんよ」
「そういうことになりますか」
「で、アイツは明日もでてくんのか?」
「はい。連れてきます」
再び由沙をあんな目にあわせることだけは避けたかった。だから二郎は極々わずかな威嚇を言葉に乗せることにした。
「そうか、じゃぁ伝言を頼むわ。俺が言ったこと忘れてねぇよな。そう俺が言ってたってこと、伝えてくれ。それとな、あのとき俺が言ったこと、奴が反故にしたらこの話は無しだ。テメェらで勝手にしろともな」
「あの、高時になにか不手際でもあったのでしょうか」
軽い威圧を受けながらも動揺しなかった根性は褒めてやりたいが、しらじらしいとはまさにコイツのことだ。二郎はそう思った。しかし、それを顔にだす愚だけは犯さない。
「ああ、うちのマネージャーが泣かされたからな」
警視長は驚きの顔で目を丸くしているが、そんなことで二郎が気を許すようなことはない。芝居をしているとき特有のわずかな違和感。それをこの警視長から感じ取っているからだ。
「それは……申し訳ありませんでした。高時にはキツく言い聞かせておきます」
「期待はしちゃいねぇが、ま、よろしく頼むわ」
いちおう釘はさした。べつに警察のお偉方とコトを構える気はないし、彼らが重要な客であることには変わりない。だから二郎はとびきりの笑顔でそう言って席を立ったのである。
事務所に帰ると由沙と水瀬が戻っていた。
「由沙、明日はお前もでるんだろ?」
「警察との打ち合わせですよね。喜多川みゆ殺人事件の犯人探し」
「そうだ」
輝いている。由沙の瞳に気負いはなかった。それどころか、顔にも言葉にもやる気がみなぎっている。というか、やり返す気満々なようだ。トラウマになっていないかと心配したが、どうやら大丈夫そうだと二郎は安堵する。
「もちろん行きますよ。そのために予定をキャンセルしてスケジュールを空けたわけだし。次こそは撮影の許可をもぎ取ってみせますから」
「そうか、まぁ頑張れ」
「あ、そうそう。主演ではないんですけどね、水瀬ちゃんにですね連ドラの出演オファーが来たんですよ」
「良かったな」
「もう、二郎さんももっと喜んでくださいよ。次は二郎さんの仕事取ってきますからね」
二郎は注意深く由沙を観察したが、無理をしている感じは受けなかった。いづれにせよ、この調子なら大丈夫というか、逆にもうすこし抑えてくれないかと彼は思うのだった。
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