第35話:霊能捜査――その二

 二郎は父親に案内されて糸川奏の部屋に通された。現役女子高生の部屋としてはシンプル。白を基調とした統一感のあるデザインだが、女子高生らしい小物は少なく、ベッドに小さなクマのぬいぐるみがあるだけだった。小さな本棚とタンス、勉強机、そして小ぶりな、しかし上品な化粧台。


「集中したい。部屋には入らないでくれ。由沙は入り口で頼む」


 応答はない。刑事も警部もわきまえてくれたようだ。由沙だけが入り口でカメラを構え、小さくうなずいた。


「お妙、出てきてくれ」


 間を置くことなく、二郎を包み込むように靄が現れ、お妙がその姿を現した。彼がポケットに依り代を忍ばせておいたからだ。


『ジロちゃん、またお手伝い?』


 お妙は嬉しそうだった。仕事柄、最近は彼女に頼ることが多くなっている。頼られるということは、煩わしいこともあれど嬉しいものだ。彼女もきっとそうなんだろう。


「ああ、いつも助かる。お妙、この部屋の住人が行方知れずなんだ。探してきてくれるか?」

『うん、ちょっと待っててねジロちゃん』


 お妙は部屋の中をちょこまかと動き回り、スンスンと匂いを嗅いでみたり、ぬいぐるみや布団に触れたりしていた。


『行ってくるね』


 二郎は黙って頷き、お妙はスッとその身を虚空に隠す。


「もう入ってきていいぞ」

「お妙ちゃん行っちゃったの?」

「ああ、だが時間がかかるかもしれん」


 生きた人間の探索は、お妙であっても難易度が高い。だから二郎は、すぐに自分の居場所が彼女に分かるように、目印となる依り代を持ち歩いている。


 部屋に残った奏の霊子と念を覚え、幽世から本人の居場所を捜しだす。それは霊体であるお妙にしか頼めない仕事だった。


「あの、奏はどこに」


 父親が部屋に入ってきた。横には母親もいて彼に支えられている。


「いま、探してもらってる。時間がかかるかもしれん」

「そうですか」

「そう落ち込むな。時間がかかるということは奏さんが生きている証明にもなる」

「それはどういう」


 父親は希望の光をその瞳にともして二郎に近寄ってきた。母親の顔にも若干ではあるが、生気が戻ったように見える。


 刑事と警部は部屋には入ってこなかった。邪魔をしないように気を使ったつもりだろうか。


「もし奏さんが死んでいた場合はだな。その場所がすぐに分かるんだ。だが、まだ見つけたという知らせがない。ということは分かるよな」


 父親と母親は黙って頷いたが、すがるような目で二郎を見ていた。その様子を見ていた由沙が、カメラを回しながら口を開く。


「二郎さん。もうすこし分かりやすく説明してあげてください」

「それもそうか……いいか、人が死んだときに霊体、魂と言ったほうが分かりやすいか。とにかくだ、死ぬと魂は体から別れ、自由になる。生きているときは体と一体化していてな。俺は霊子と呼んでいるが、その霊子が魂から振りまかれるんだ。生きているときに霊子はほとんど体の外に出ない。死んだときに沢山振りまかれる。その振りまかれた霊子を霊体の相棒に探してもらってるんだ」


 どちらかといえば感覚派の二郎は、こういったまどろっこしい説明は苦手だった。しかし現世で生活し、由沙たちと関わり合ううちに、言葉で語りあう重要性だけは理解していくことになった。それでも、説明することに彼が苦手意識を持っているのは変わらない。


「つまり?」


 由沙は二郎の不足を補うように合いの手を入れる。こういった細かな気配りができることに、二郎は助けられているし、その自覚もあって彼女には頭が上がらないのだ。


「探すのに時間がかかるということはだな、奏さんの霊子が振りまかれていない。魂は体からでていない。つまり生きているということだ」

「でも、それだったらどうやって奏ちゃんを探せるんですか?」

「生きていても極僅かな霊子は体から漏れるからな。だから彼女が多くの時間を過ごしたこの部屋に来る必要があった。幽世と現世を自由に行き来できるお妙が探してくれている。彼女なら生きている人間でも捜し出せるはずだ。ああ、お妙というのは霊体、分かりやすく言えば幽霊だな。俺の相棒だ」


 分かったような分かっていないような顔で、奏の両親は彼の話を聞いていた。それでも、その目にはわずかな希望の光が感じられた。二郎のつたない説明がすこしは役に立ったということだろう。


「ぶしつけな質問ですが、どれほど時間がかかるのでしょうか?」


 父親の問いかけに、二郎は即答する。


「そうだな、早ければ一時間。遅くとも半日もすれば結果が出る」

「では、お食事なども必要でしょう。私たちで用意いたしますから、リビングでおくつろぎください」

「由沙。いいよな?」

「ええ、もうすぐお昼ですしね。ここは甘えることにしましょう。警部さんたちもいいですよね?」


 部屋のすぐそばにいた警部に由沙が声をかけた。


「いや、我々は一度署に戻らねばならない。連絡要員を一人外に残すが、気遣いは不要だ」


 警部は由沙を一瞥し、二郎に深く一礼すると刑事を伴って辞去した。二郎に対する言葉遣いとそれ以外に対する言葉遣いに差がありすぎるが、気にしても仕方がないと、彼は案内されたリビングのソファに深く腰をおろす。


 母親は体調がすぐれないと言って寝室に引っ込み、父親と二郎たちはリビングでお妙の知らせを待つが、昼食を終え、そろそろ夕食という時間になっても彼女は現れなかった。


 状況が状況だけに世間話をする精神的余裕などなないのだろう、父親は落ち着きがない様子で部屋を出入りしている。由沙はカメラを止めて持ち込んだタブレットで静かに仕事をし、二郎はソファに腰を落ち着けて腕を組み、ただ黙していた。


 ふと、しびれを切らしたように父親が二郎の顔を見た。


「ずいぶん時間がかかりますね」

「ああ、悪いが難航してるみたいだ」


 二郎が答えたつぎの瞬間、彼の前にお妙が現れた。


『えっとね、見つからなかった。なにかに隠されてるかもしれない』

「そうか、ご苦労だったな。また何かあったら助けてくれるか?」

『うん』


 お妙がはにかむように頷いて、しかし残念そうに姿を消す。二郎は父親に向き直り、顔を引き締めた。父親はその顔を見てゴクリと喉を鳴らす。


「いい知らせと悪い知らせがある。まず、奏さんが生きていることは確定した。だが、居場所は掴めなかった」

「そうですか」


 喜んでいるのか悲壮にくれているのか分からない。そんな複雑な顔で父親は下を向いた。その心境は二郎にも分かる。娘が生きていることは素直に喜べるだろうが、居場所が分からないとなれば不安が拭えるはずもない。誰とも分からぬ者に拉致されている可能性が高いのだから。


「だが案ずるな。奏さんを探す方法が無くなったわけではない。時間はかかるかもしれんが、次の手を打つ」

「お願いします。娘を、どうか娘を助けてください」


 父親は二郎にすり寄って彼の両手を掴むと、頭を深く下げて懇願したのだった。

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