第14話:真由を捜しに

「刑事さんか。ああ、俺だ。昨日も話した件の遺骨の場所が分かった。両親も準備ができている。……ああ、すぐに迎えに来てくれ」


 昨日、由沙たちが退所したあとにひと眠りした二郎は、気は進まないが、あのときの刑事に連絡を入れていた。武嶋真由の死が確定し、遺骨の所在が特定できそうだからだ。


「三十分くらいで来るそうだ。それまでに大事なことを話しておく」


 昨日告げずにおいたこと。夫妻にとって、なによりもそれは重く、受け入れがたいことだろう。それでも二郎は告げなければならなかった。


「真由ちゃんと会えるのは今日が最後だ」

「…………」


 夫妻は目を見開いたまま固まってしまい、まさに茫然自失だった。しかし残酷なようだが、二人には克服してもらわねばならない。それだけの理由があるのだ。


「ショックだろうが聞いてくれ。真由ちゃんの魂は霊体として幽世と呼ばれる世界にいる。そこは現世に未練がある者やまだ成仏したくない者たちが住まう世界だ」


 二郎は人生の半分近くを幽世で過ごしてきた。数知れぬ住人、すなわち霊体と知り合い、あちら側の情勢もよく理解している。わりと平和な集落もあれば、地獄のような危険地帯もある。


「幽世には恐ろしい存在もいてな。悪霊とか悪鬼と呼ばれているんだが、そいつらは一般の霊たちを喰らうんだ。喰われた魂は成仏できなくなる」


 危険度でいえば、幽世のほうが圧倒的に高いのは紛れもない事実だ。集落に身を寄せていればわりと安全だが、悪霊に喰われたりするリスクを考えると、なるべく早く成仏するに越したことはない。


「でな、真由ちゃんはそんな危険な世界にいるわけだ。だからお前たちに会いたいという未練を晴らした今、早いとこ成仏したほうが彼女のためになる」


 二郎は夫妻の反応を確かめるように、間を空け空け話をしている。彼はもともと、こういった気を使う仕事は苦手だった。けれどもテレビ出演をこなすうちに、場の空気を読んで合わせる重要性とすべを学んできた。


 いくらディレクターとかプロデューサーに素でいけと言われていても、古参芸能人が放つ無言の圧に一瞬でも気おされることがあったくらいだ。彼らは場の空気をことのほか重要視する。


 そんななかで二郎が感じたことは、芸能界をわがもの顔で牛耳る古参の芸能人や、彼らを使いこなす局のお偉方たちの胆力、彼らが作る場の空気が、悪霊たちのそれに及びはせずとも警戒するに足るものだということだった。


 それはさておき、黙して考えこんでいた夫がついに口を開いた。


「あの、真由は天国に行けるのでしょうか」


 いくら二郎が長期間幽世にいたといっても、成仏した先のことまでは知るよしもなかった。だから彼は知っている限りのことを話そうと思った。嘘をついて夫妻を安心させるより、そのほうが誠実であり、真実味もでるだろうとの考えだ。


「それは分からん。幽世っつうのはな、言ってみりゃ三途の川と現世との境にある世界だ。川の向こうを知る者はいなくてな。そこが天国なのか極楽浄土なのか地獄なのか、知ってるヤツぁどこにもいねぇんだ」


 納得したという顔ではなかった。しかし、こればっかりは二郎にどうこうできる問題ではない。夫妻には飲みこんでもらうしかないだろう。


「そう、ですか」


 しばらくして夫が答えたが、その顔には納得したというより、あきらめた色のほうが濃くでていた。


「悲観するな。魂が輪廻転生するのか、次のステージに進むのかは知らんが、人間だれしもが通る道だ」


 ちょうど親子ほど歳が離れた夫妻相手に、どうみても偉そうな態度で人生の厳しさを説教している二郎。はた目から見れば、その様子は社会をなめきった勘違い野郎が、イキがっているように見えるかもしれない。


 しかし二郎には、常人には計り知れないほどに特濃の人生経験があった。一筋縄でも、二筋縄でも、三筋縄でもどうにもならない数多あまたの悪霊含む霊体たち。彼らとの深く長い関わりが、彼の人格形成に色濃い影を落としている。


 それはさておき、夫妻はしばらく目と目で語りあい、互いに頷くと、夫が二郎の目を直視した。


「そう、ですね。分かりました。成仏することが真由のためになるなら、私たちに異存はありません」


 ようやく二郎が笑顔を見せる。夫妻が断腸の思いであることは間違いない。だから彼はその決断が鈍らぬように、あえて冗談めかして念を押す。


「よしっ、決まったな。土壇場でゴネんなよ」

「そんなことは……」


 冷たくあしらっているように見えるが、それが世界のことわりであり、曲げようがない真実だ。だから二郎が考えを変えることなどあり得ない。


「まぁいい。由沙、準備できたか?」


 ビデオカメラのチェックをしながらも、会話に耳を傾けていた様子の由沙が、悲しげな顔で二郎に近づいた。背伸びして耳元に顔を寄せ、小声で話しかける。


「カメラも予備のバッテリーもばっちりよ。でも、なんとかならないの?」

「可愛そうだが仕方ねーだろ。世界ってのはそうできてんだ」


 由沙の顔は、納得しているようにはとても見えなかった。なにか思いつめたように、ブツブツと呟きながら考えこんでいる。そんな彼女を見て二郎は危機感を覚えた。これはダメな兆候だ。とんでもないことを言いだして突っ走る。そしてたいていはロクなことにならない。


 だからブレーキをかける。なんども振り回されてきた経験がそうさせるのだ。


「うだうだ考えんな。お前の仕事はなんだ。俺たちの目的はなんだ」


 由沙はハッとしたように顔を上げ、二郎を見上げてきた。この目なら大丈夫だ。かなり危うかったが、やるべきことを思いだしたようだ。しかし、ここで気を抜くとダメなのが彼女の仕様だ。釘をさしておくべきだろう。


「分かってると思うが、今日お前には真由ちゃん会わせないからな」

「そんなぁ」

「全然分かってねぇじゃねぇか。それとな、刑事にも言われたんだが、絶対に遺骨は撮影すんなよ」

「残念だけど仕方ありませんね……あっ、今のは真由ちゃんに会えないことですよ。ご遺骨を撮るなんて失礼なことするわけないですから」


 必死になって言いつくろっているが、そんなことは分かっている。由沙の性格からして、夢中になって映りこむことがないように釘を刺しただけだ。


「水瀬、お前はどうする? 行くか? 留守番でもいいぞ」


 まるで気配を消したかのように二人のやり取りを眺めていた水瀬に、このとき彼二郎は初めて気づいた。人の気配には人一倍敏感な彼に気づかれないのというのは、賞賛されるべきことなのだろうが、はたして彼女は意図して気配を消していたのか、仮にそうだったとして、なぜ今そうする必要があったのか。


「行くに決まってる。二郎の晴れ姿を見逃すなんてあり得ない」


 そんなことをついつい考え込んでしまっている自分に気づいた二郎は、水瀬に悟られないように、ちょうど到着したパトカーのほうを見て、そっけなく返すのだった。


「そうか。おっ、来たみたいだな」

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