第13話:遺体のありか
二郎は休憩部屋におろしたての布団を二組敷き、気を失っている夫妻を休ませた。部屋の隅にもたれかかり、放心状態で座り込んでいる由沙に声をかける。
「由沙、ちゃんと撮れたか?」
「ええ、バッチリよ。でももったいないなぁ。こんなにいい話なのに」
息も絶え絶えに答えた由沙。彼女が悔しがる理由も、二郎には明白だった。霊体はカメラに映らないのだ。映像では熟年夫婦が虚空に向かい、涙ながらに語り掛けているようにしか見えないだろう。
しかし映像を見た誰にでも、真由の姿が幻視できるはずだ。演技をしているわけではない。夫妻には娘が見えている。親子の再会を果たしているのだと。
「しょうがねぇだろ。それよりも大丈夫か? いくらお前が体力があるっつってもだな、限度ってもんがあんぞ」
「かなりダルいけど大丈夫よ。これくらいのことっ!?」
由沙は立ち上がろうとしたが、腰を浮かせた瞬間に前のめりに倒れ込んでしまう。
「そうか、あんまり無理すんなよって、やっぱり無理してんじゃねぇか! お前も寝てろ」
「なっ、なんのこれしき。今からV編しなくちゃだからね」
「んなのはいつでもできる。水瀬! すまんがタクシー呼んで由沙を家まで送ってくれるか。無理やりにでもひん
どう見ても大丈夫ではなかった。夫妻よりマシな状態だが、霊力が枯渇寸前なことに変わりはない。
霊力の枯渇。それは精神的に疲労
「了解したわ。ひん剥いてスッポンポンにすればいいのね」
ビシッと敬礼して水瀬はそう言ってのけた。二郎はとたんに不安になる。はたして彼女に任せてしまってもよいのだろうかと。なにせ今の発言は素だったのだから。
水瀬の性癖までも理解しているわけではないが、常日頃から何を考えているのかよく分からないミステリアスな彼女がなにをしでかすのかと、二郎は心配でならなかった。
「完全に剥かなくていい! いいか、疲れさせないように楽な格好で寝かせるだけでいい。それ以外のことはするな」
「
「なぜ棒読みになる」
「乙女の秘密よ」
本当に水瀬のことが分からない。我が道を行き、ブレない性格なのは理解できる。だから信頼はしているが、ミステリアスな部分が二郎を
「俺にはお前が分からん。が、任せたからな」
二郎にはそうするしかなかった。この際に由沙をモノにしてやろうとか、エロい関係になろうだとかは微塵も思っていないが、世間の目を気にかけるだけの用心深さくらいは彼にもあるのだ。
「さてと」
女性陣が帰宅し、にぎやかだった事務所に静寂が訪れた。安物だが真新しいデスクにソファやテーブルが、おろしたての蛍光灯に白く照らされ、ここで新たに紡がれていくであろう営みを祝福しているかのようだった。
門出を祝う初の仕事は、彼の思惑通りに事が運んだ。明日、幼女の遺骨を捜しだせれば、週刊誌にリークしておいた策略が成就する。
世間はどんな反応をするのだろうか。ふだん世相にはほとんど関心を示さない二郎であっても、さすがに今回だけはという気持ちがある。そんなことを考えながら、彼はソファに身を任せるのだった。
「起きてください。二郎さん、朝ですよ」
翌朝、事務所のソファで寝ていた二郎を起こしたのは、聞きなれた女の声だった。由沙だ。横には水瀬の顔も見える。
「もうそんな時間か」
寝転がったまま思いきり伸びをし、上体を起こして二郎はソファに深く腰を落ち着けた。眠そうに大きなあくびをし、目をこすっている。
「もうすこし寝顔を見ていたかった」
「水瀬ちゃんはふざけてないで武嶋夫妻を見てきてちょうだい。二郎さんは顔洗ってきてくださいね」
二郎は言われるがままに奥の炊事場へと向かい、蛇口をひねって勢いよく流れ落ちる水道水に頭を突っ込んだ。冷たい流水が頭皮を刺激し、彼の意識が覚醒していく。
流れ落ちる水から頭を引き抜くと、服が濡れるのもかまわずに、濡れた髪を手櫛でワシャワシャとしごいて水を切った。それでも髪からは、水滴がポタポタと滴り落ちている。見かねた様子で由沙がタオルを渡し、二郎は乱暴に頭髪をしごいた。
そこへ夫妻が現れた。十分な睡眠がとれたようで、霊力が戻っているのが二郎には分かった。
「おはようございます。
「おう、真由ちゃんの遺骨は必ず見つけてやる。安心しろ」
断言できるだけの自信が二郎にはあった。真由本人が教えてくれるからだ。
この依頼を受けたとき、真由が生きている可能性も当然考えた。心情的には生きていてほしいと思っていたが、さすがに幼女が家出をするとは考えられない。ならば迷子か誘拐。捜しだしても面倒なことにはならないだろう。誘拐されて他人の子として育てられている可能性も捨てきれないが、そのときはそのときだ。成り行きにまかせるしかない。
もし真由が死んでいて、その霊が成仏してしまっていると話が変わってくるが、現世に未練が残っている霊は、そのほとんどが成仏できない。
成仏という言葉が正しいかどうかはこの際おいておくとして、幼子が事件に巻き込まれ、あるいは、迷子になって死亡した場合、親に会いたいという未練が残らないほうがおかしいのだ。だから二郎はこの家族を選んだ。探してやりたいと最も思えたからだ。
由沙がメールでやり取りしてくれた際も、誠実な対応で好印象を覚えたものだ。これだけ世間で騒がれ、インチキ臭いとレッテルが貼られている二郎の話に乗ってきたということは、それだけ藁にもすがりたいという想いが強いのだろう。
「あの、良かったら召し上がってください。おにぎりとインスタントの味噌汁だけですけど」
「まぁまぁ、気を使って頂いて。おいくらかしら?」
「調査料に含まれていますから、お気になさらずに」
調査料を貰うつもりなどなかった。この案件はテレビ放映されることを前提にしているからだ。出演料と調査料で差し引きゼロ、さらに二郎の疑いが晴れれば、成果報酬を上乗せしたいくらいなのだ。
しかし夫妻は調査料を支払うと言って引かなかった。だから成功報酬として、娘を発見できたら僅かだが調査料を頂くことで納得してもらっている。
「食いながら聞いてくれ。今日も真由ちゃんを降ろすが、遺骨が見つかるまでは会わせることができない。理由は分かるな」
「はい、身をもって実感しましたから。あれほど消耗するとは考えてもいませんでした」
「分かっているならいい。それでだ、昨日真由ちゃんに聞いた感じでは遺骨が埋まっている場所はそう遠くはない」
夫妻はごくりと唾を飲み込んだ。夫のほうがなにかを言いたそうにしている。その様子を見て二郎は一度話を切った。
遺骨といえども娘に再会したいという思いと、遺骨を見て現実を突きつけられる厳しさ。その間で葛藤でもしているのだろうか。二郎には推し量ることしかできない。けっきょく夫はなにも言いだせなかった。
「ここからだと車で二時間ほどだ」
「はい」
「俺たちは由沙の車で現場に向かうが、お前たちを乗せる余裕はない。だから警察の車が来るまでここで待つことになる。それでいいな?」
遺骨が見つかることが分かっているのだ。警察を呼ばないということはあり得なかった。感情論だけでいえば、あんな無粋な連中を立ち会わせたくはないという思いもある。
しかしそうしてしまうと、後々厄介な現場検証に駆りだされ、夫妻ともども長時間ヤツらにつき合わされることが容易に想像できた。
だから二郎は、最初から立ち会わせることにした。共に発見者になってもらえば余計な手間が省けるかもしれないし、夫妻にかかる負担も軽減できるだろう。
さらにまだ、夫妻には伝えなければならないことがあった。それを思うといたたまれないが、先に面倒ごとを済ませておくべきだと二郎は思っている。
「はい。よろしくお願いします」
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