第4話:新企画

「やっぱ由沙は面白いな。いつ見ても飽きない」


 それは嘘いつわらざる二郎の思いだった。彼女と共にいると飽きないし、傍にいても飾らなくていいという安心感がある。だからついつい彼は調子に乗ってしまう。


「なんですかもう。わたしで遊ばないでください。それでっ、仕事のアテってなんなんですか?」

「そっちか」

「だって興味あるじゃないですか! もしかしたら企画のネタになるかもしれません」


 夢見る少女のようなキラキラした瞳で見つめられ、二郎は思わずたじろいだ。可愛いと思ったわけではない。裏切れないと思わせてしまう、説明できない破壊力に負けたのだ。


「おまえもメゲないな……まぁ、それが由沙の長所っつうか持ち味だから仕方ねぇが。というかお前にはそれしかないしな」

「それって褒めてるんですか? けなしてるんですか?」


 両手の甲を腰に添えてデカい尻を後ろに突きだし、プクっと頬を膨らませて由沙は抗議の姿勢をとった。可愛いと思ったわけではない。思春期前の少年が、気になる少女にちょっかいをかけたくなる心理。それと方向性を同じくする感情が二郎の口を動かした。


「両方だ」

「相変わらずデリカシーがないですね、二郎さんは」


 そう言ってプンプンと怒って見せた由沙は、きっと遊ばれていると分かった上で許している。だからこのまま彼女の温情に甘え、あわよくば話題のすり替えができないかと、二郎はたくらんでいる。


「はっ、またはぐらかされるところでした。なんの仕事をするつもりなのか教えてください」

「チッ」

「チッ、じゃありません。チッ、じゃ」


 しかしそのかすかな期待は、当然のように砕け散った。それでも二郎は、この他愛もないじゃれ合いをもうすこしつづけたい気分だった。


「ところで由沙」

「なんですか? もう騙されませんからね」


 由沙は余裕しゃくしゃくな顔で、いかにもマウントをとったような顔でつづきを促すが、二郎にはそんな彼女が頼もしくさえ思えた。


「しゃぁねえな」

「コワイ顔してもダメですよ」


 出会ったばかりのころはこの顔を見て怯えていた彼女も、今では華麗にスルーできるまでに成長している。慣れだけではないのは明らかだった。胆力、気骨、肝っ玉、あるいは特別な信頼感。ともに在ることで、それらがはぐくまれていることは間違いないだろう。


「ふぅ、どうしても言わなきゃダメか」

「ダメです。もしかしたら疑いを晴らす切っ掛けになるかもしれませんから。二郎さんのことだから、霊能力を使った新しい仕事でしょ?」


 バレていることなど分かりきっていた。二郎にはそれしかないのだから。それでも彼は演じつづける。


「なんで分かった?」


 しらじらしいとは思わない。今、この心地良い時に浸りたい。そう思えるだけの存在に、気づけば彼女はなっていた。


「分かるもなにも、中学も出てなくて社会勉強真っただ中の二郎さんにそれ以外の仕事があるなんて思えません。だって、マジックショーの営業じゃ食べていくのがやっとじゃないですか」

「知名度がが上がった今なら違うかもしれんぞ?」

「またそうやってはぐらかそうとする」


 そろそろこの楽しいひとときも終わりのようだ。これ以上続けると、へそを曲げてしまうかもしれない。そう、由沙の顔が告げているのだ。なにごともほどほどに。それくらいのことは学歴皆無の二郎にも分かっている。いや、生きた人間との関わりあいが皆無に近かったからからこそ、彼女との対等な関わりあいが楽しいのだ。


 だからこの関係を壊したくなかった。


「わーったわーった。警察に協力すんだよ。最初はタダで引き受けるが、実績積んで認められたらそれなりの額にはなりそうだからな」


 合格点は貰えたようだ。由沙の瞳が輝いた。活路を見出したような満面の笑み。愛嬌のあるその笑顔を、乗りだすように背伸びしてズイと近づけてくる。


「それです! 最初の依頼は喜多川みゆ殺しの犯人探し。これで行きましょう。これしかありません!」


 寸分たがわず予想どおりの回答だった。しかし嬉しそうにウンウンとうなずいている由沙には悪いが、警察という組織は無慈悲に利己的で保守的に凝り固まっている。


「やっぱりそうなるか……だが、撮影はできんかもしれんぞ。いちおう捜査機密にあたるみたいだからな」


 いまだに笑顔の由沙を落胆させないように、オブラートに包んで二郎は忠告したつもりだが、そんなことは彼女の足かせにもならなかったらしい。


「そんなの、交渉してみないと分からないじゃないですか。それに、初回はタダでやるんでしょ? だったら交渉を有利に進められます。それにそれに、二郎さんを任意同行したのは警察ですからね。噂の否定をしてもらわなきゃ風評被害がひどくてやってられません。損害賠償ものですよコレは」


 その考えは甘すぎるだろう。警察という組織は潔いほどの縦社会だ。いかに担当官に訴えようと、前例のない要望は絶対に通らない。組織の上層部、それこそ警視監クラスの人物を納得させるだけの材料が必要になると、二郎は考えている。


 だからといって彼女の希望を打ち砕くようなことを、ストレートに言ってしまっていいのだろうか。彼はすこしばかりの逡巡を経て結論に至る。


 タイミングがいつになるかの違いだけだ。だったら、早めに知っておいたほうが由沙のためにもなる。


「いや、それは無理だろ。警察ほど利己的で庶民の事情を考えない組織はないぞ」

「だったら警察と戦争です。警察の闇を暴いてテレビで特集するんです。いまは警察を肯定する特番ばっかりですからね。きっと視聴率取れますよ」


 企画の要望がまず通らないだろうことは、由沙も理解していると思う。それでも彼女はメゲなかった。しかもそれを、すぐさま逆手に取ってみせた。けれどもそのアイディアは、大きな危険と困難をはらんでいると、容易に推測できる。なんらかの力学が働き、おそらく彼女の望みは打ち砕かれるだろう。


 それでもだ。今の時代の報道はテレビがすべてではない。いずれWebのほうが強くなるだろう。そこならば権力の魔の手も及びにくい。だとすれば発信力をつければいいのではないか。力を世間に周知させ、権力を凌駕可能な影響力を、手に入れるのもいいかもしれない。


 現世で生きていく目標が、なんとなく構築された瞬間だった。


 目立つことは本意ではないが、あり得ないほどに特異で困難な経験を活かさない手はない。それに彼女との関係も、面白いことになるかもしれない。ならばこれ以上否定的なことを言うべきではない。彼はそう思ったのである。


「そう興奮すんな。ちょうど今日話をする予定になってるからな。そのとき連れてってやる」

「すぐ行きましょう。今すぐ行きましょう。さ、二郎さん。なにボーっとしてるんですか」

「焦るな。話は夕方からだ」

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