悪魔の産声
最終話「悪魔の子」
バーサスが死んでから3か月後。
エリザベスは海辺のリゾート地に構えた邸宅にて、バケーションを取っていた。
真っ赤なシャツにホットパンツというラフな出で立ちで、テラスから太陽が落ちていく様を眺める。
夕陽が周囲を血のように赤く染めるとエリザベスはおもむろに立ち上がり、テラスから室内に入る。
朝からテーブルに置きっぱなしの新聞を取った。
パラパラとめくり、ニュースを確認していくと1つの記事に目が留まる。
「ドニーも派手にやっているみたいだね」
新聞の3面記事の見出しに、
『湖畔のリゾート開発頓挫か!?』
こんな文字が踊り、中身は、湖畔のリゾート開発に乗り出した業者が次々に変死を遂げているというものであった。
「ドニーも何人か生かしておけば、さっさと中止になるものを、皆殺すから長引くのに。まぁ、そっちの方が私好みではあるがね」
独り言を言いながら、新聞を投げ捨てると、シャツの袖をまくっただけの恰好で、キッチンへと立つ。
冷蔵庫から解凍した肉を取り出しつつ、BGM代わりにテレビを点ける。
肉にはすでにブラックペッパーとハーブがふんだんに振られ、ブランデーに浸されており、あとは焼くだけの状態となっていた。
エリザベスはフライパンに肉を乗せると、テレビに注視した。
テレビではちょうど今話題のユーチューバーのニュースになった。
「これが、いま話題で1億回再生されている動画です」
キャスターのVTRへの声がかかると、画質が若干悪い映像へと変わる。
そこには日本の幽霊の姿をした女性たち18人がベースボールを行う動画が映し出される。
だらんと弛緩した姿勢から、投げる、打つ、という気味の悪い映像が受け、いまや大人気動画なのだが、この動画が人気の秘密はまだあった。
「この不気味ですが、どこかお茶目な動画ですが、実はこの動画は呪われているという噂がありまして、この動画に対し、批判的なコメントを送ると、数日の間に死ぬというものです」
キャスターが大真面目に説明すると、それを笑い飛ばす声がコメンテーターから発せられる。
「そんな噂なんてデタラメですよ。だいたい私、昨日、その動画に批判コメント書きましたけど、ピンピンしていますし!」
コメンテーターは笑い声を上げていたのだが、次第に顔が青くなり、口からは泡を吹きだし始めた。そのまま、ドンッとテーブルへ倒れると、幾重もの悲鳴の後、すぐに画面は川のせせらぎを映し出した。
エリザベスは当然の結果だなと思いながら、肉が焼けたので、テレビを消した。
食卓には肉とワインが置かれ、ワインを優雅に一口含むと、ナイフとフォークで肉を切り分け始めた。
エリザベスは高級食材、いや、それ以上の大切なもののように慎重に肉を口へと運ぶ。
「うん。やはり美味だね。少し泥臭かったのが欠点だと思ったが臭いを消す工夫をすれば、これ以上の肉はないってくらいの美味しさだ」
心の中で感謝の意を示し、さらにもう一口。
そして全てを食べ終えた皿の上には、爬虫類の薄い鱗のようなものが、避けられていた。
「ごちそうさま」
バーサスへの感謝の言葉を発した。
エリザベスはナプキンで口を拭きつつ、立ち上がると、洋書が並ぶ本棚から一冊の本を引き抜こうと斜めにする。
すると、本棚は自動で動き出し、後ろに鋼鉄の扉を出現させる。
ナンバーロックを解除して、エリザベスは扉を開けた。
その先には地の底にまで続いていそうな階段。エリザベスはためらいなく降りていくと、人感センサーにより明かりが点いていく。
※
長い階段を降りた先には拓けた空間があった。
様々な機器が並ぶ中、一際目を引くものが、巨大なカプセル、そして、その中に入る人間の赤子。
ただし普通の赤子ではなく、体や顔つきは人間そのものだが、皮膚に鱗のようなものが見える。
「やぁ、ベイビー元気にしていたかい?」
コンコンとカプセルをノックし、エリザベスは慈愛に満ちた瞳でその赤子を見る。
「…………」
なんの反応もなく、カプセル内に送られる酸素のポコポコとした音だけがエリザベスへ返ってくる。
いつものことなので、特に気にした様子のないエリザベスは、機器の様子を見る為、モニターを覗く。
モニターには赤子の情報、さらに、バーサスとエリザベスのDNA塩基配列が表示されている。
「ふむ、流石、バーサスの子というところかな。通常の人間より遥かに早いスピードで成長しているようだね。この調子なら、母子そろってピクニックに行く日もそう遠くない未来になるね」
妖しく舌なめずりするエリザベス。そのことからも、ピクニックがただのピクニックでないことは想像に難くない。
「唯一の懸念は、食の好みが私に似るかということだが、まぁ、私の子なら大丈夫だろう」
エリザベスが腹を痛めて生んだ子ではないが、バーサスとエリザベスのDNAを組み合わせ出来た赤子はDNAという観点から見れば、間違いなくエリザベスの子であった。
「そうだ。今日はプレゼントがあるんだ。さっきようやく乾いて出来たばかりなんだ」
赤子から見える位置にテーブルを移動させ、その上に、山羊頭の仮面を置いた。
しかし、その仮面は、バーサスがしていたものとは明らかに形状が違い、尚且つ、傷も少ない。
代わりにところどころ砕けたのか、石膏で補強されている。特に口に当たる部分は特に損壊が酷く、ほとんど石膏であった。
「これは、パパとママの最初で最後の共同作業の賜物さ。魔王っていう品種の骨でなかなかお目にかかれないんだぜ」
「…………」
「さて、ベイビーの顔も見たし、そろそろ行くよ。またすぐに来るからいい子にしているんだよ」
反応のない我が子に笑みを投げかけ、エリザベスはその場を後にした。
あとにはコポコポと酸素の水泡が弾ける音だけが、木霊する。
「…………」
カプセルの中の赤子は、不意にパチッと瞳を大きく開け、仮面を見た。
「……ま、お、う」
悪魔の子が産声を上げ、人間にとって新たな脅威が誕生した。
(完)
ローカル・キラーズ タカナシ @takanashi30
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