第58話「?????VS魔王」
「くっ、くそぉ、余が、この余が……」
魔王は森の中、一人地面は這いずり、殺人鬼たちから遠ざかっていた。
顔は血まみれ、至る所の骨は砕け、立ち上がることすら出来ずにいたが、それでも辛うじて生きてはいた。
「まさか、余が
ズリッ、ズリッと牛歩のように遅々としたペースで進んでいく。
「ここまでくれば、死んだと思っている余を追いかけてくることもあるまい」
魔王は木陰で一息つくと、バキバキッと不吉な音が鳴ると共に、巨木が魔王の体へと倒れこむ。
「ぐっああああああああああっっ!! と、倒木っ!? つ、ついていない。この余が運にも見放されるだとっ! クソがぁっ!!」
押しつぶされた魔王はなんとか樹の下から抜け出そうともがく。
パチッパチッと空気が弾ける音、さらに焦げ臭さが鼻をつく。
「お、おおおっ! この樹、火が点いているのか。早く脱出しなくてはっ」
燃えた為に樹が弱り、倒れてくる不幸にあったと魔王が思っていると。
「いやぁ、バーサスたちは実に良い仕事をしてくれたね」
凛とした美しい女性の声が魔王の耳へと届く。
「なっ、貴様はっ!」
魔王は自身の眼を疑った。
そこに立つ真紅の女性、それは殺したと思っていたエリザベスその人であったからだ。
エリザベスは、「このコート、特注で耐火に防弾、防刃なんだぜ」とまるでドレスを見せびらかす令嬢のようにクルリと回転してみせる。
「死んだと、貴様の仲間が言っていたぞっ!!」
魔王の言葉にエリザベスはイタズラっ子のような笑みを浮かべる。
「ゾンビパウダーって知っているかい? 人間が服用すると一時的に仮死状態になる薬なんだが。元々、こちらでゾンビといえば、それを飲ませ死んだことにされた人物を奴隷のように使役するものだったんだが、まぁ、いらない話だったね」
エリザベスはバッグから優雅にベレッタ・ナノを取り出すと、間髪入れず、魔王の両腕を射抜いた。
「私はこう見えても慎重でね。まずは抵抗されないように両手を抑えさせてもらうよ」
ベレッタ・ナノをバッグへと仕舞うと、今度は中から赤黒いシミのついたビニール袋を取り出す。
「これはもういらないね」
ポイッと捨てられた衝撃で袋が破けると、中からは大量の血液が漏れ出す。
「血のり? これで死んだように見せかけたのか? だが、なぜだ! なぜ貴様、死んだと思わせたっ!」
よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに朗らかな表情を見せると、手をぽんっと叩きつつ説明を始めた。
「そりゃ、バーサスに1対1を辞めさせる為が第一さ。あとは、ユキエの呪いの力を上げる為とバラバラのドニーに動いてもらう為、その為に私の死が必要だった訳さ。あ、あとこれは本当についでなのだが、皆の驚き悲しむ顔を眺めたかったというのが、いや、本当にほんのちょっとだけあったね」
魔王は直感的に最後の理由が最大にして一番の理由だと理解した。
「さて、ここまではキミの要望を叶えてあげた訳だから、そろそろ私の番だね」
エリザベスはバッグから用途の知れぬモノを次々に取り出す。
「えっと、バーサスが撲殺と射殺はほぼやってくれたし、圧殺はいま私が頑張って切り倒した樹で良しとしよう。あとは何が残っていたかな……」
エリザベスは、指を折って、殺の種類を数え始めた。
「あとは斬殺、絞殺、刺殺、暗殺、毒殺、轢殺、爆殺、焼殺、抉殺、溺殺くらいかな。暗殺はほぼ今の状況だし、轢殺はさすがに森の中じゃ無理だね。残りくらいは全部いけるかな~」
ルンルンと鼻歌まじりに、まず手に取ったのは鋼鉄製のワイヤー。
それを魔王の首にかけると、小走りに高い樹の下へ向かう。
「さっき、この上にもワイヤーを張っておいたんだ。それと繫げます!」
魔王は首が締まらないよう軽くエビぞりのような形になるが、そこまでキツイということはなかった。
「知っているかい? この辺りは避暑地として別荘がよく建つんだが、なぜ避暑地になっているかというと、この時期は強くて涼しい風が吹くんだぜ」
まるで魔王の首が繋がれるのを待ってましたとばかりに風が吹きすさぶ。
樹は大きくしなるとワイヤーを引っ張りあげる。
「ぐっおおおおっっ!!」
すぐに風は収まり、魔王の首は元の位置へと戻された。
ゴホゴホッとむせ込む魔王をニヤニヤと楽しそうに眺めながらエリザベスは、「絞殺はこれでOK。次は――」と呟く。
「よしっ! 次は斬殺と抉殺、ついでに焼殺も一緒にやってしまおう」
そう言うエリザベスは小型のチェーンソーを取り出すと、魔王の腕を掴んだ。
「な、何をする気だ……」
「いや、実は山羊頭の人間の肉ってどんな味がするか興味があったんだよね」
魔王の悲鳴と鮮血をまき散らしながら腕が切り取られ、さらにそこから最高の部位が
エリザベスは一流コックさながらの手並みでフライパンに肉を乗せ、小型のバーナーで焼いていく。
鼻孔に食欲を誘う脂が解けた香りが届くと、炙るのを止める。
軽く塩・胡椒をし、素材の味を最大限に楽しむ調理を終えると、フォークで肉を刺すと口へと運んだ。
自身が食われる様をまじまじと見せつけられた魔王は、
「に、人間か、貴様?」
酷く真っ当でつまらない質問を投げかけていた。
エリザベスは魔王の質問を無視し、恍惚とした表情で肉を味わっていたが、次第に不満げな表情へと変化していく。
「んっ。ごちそうさま。まぁ、あれだ。山羊肉としては凄く美味しいのだが、人肉としては全然ダメだね。独特の酸味も鉄っぽさも臭いもまるでなっていない。良いのは食感だけじゃないか! これなら美味しい山羊肉を買えば済む話でガッカリだね」
謎の酷評を受け止められずに、魔王は呆けていると、それを見たエリザベスは肩をすくめ、急にフォークを魔王の背中へと突き刺した。
さらにその上からボトルに入った液体を注ぐ。
「ぐああああっ!!」
「肺にまで到達しているね。これで、刺殺。あとはその水分で溺殺と同じような苦しみ方ができるぜ。ついでにその液体はガソリンだから、しばらく待っていてくれれば樹から火が移って、しっかりと焼殺も出来るって寸法だ。そして最後に」
エリザベスはエビぞりになっている魔王の下に、触れたら起動する爆弾を仕掛け、さらに腕に注射器から毒を注入する。
「さて、これで殺され方オールスターの完成だっ! いや、実に贅沢だね。まさか自分で殺され方が選べるなんてね」
サムズアップをして見せるエリザベスに、魔王は吐き捨てるように、「この悪魔めっ!」と言った。
「おいおい。こんな美女を捕まえて悪魔とは酷いね。一応私でも傷つくこともあるんだがね」
両手で目元を覆い、バレバレのウソ泣きを演じる。
そのとき、注射器の薬品名が目に入ると、「あっ!」と声を漏らした。
「しまった。私としたことが、即効性のある毒を打ってしまったよ。もっと苦しみのたうつ様を見ていたかったのだが残念だ」
魔王はガフッと吐血すると、体が地面へと付き、爆弾に触れる。
「なん……だと……」
魔王は最後の光景として、光輝く爆破の瞬間を目撃する。
首は爆風の勢いでワイヤーに切断され、体はごうごうと燃え盛かるという最後を迎えた。
「あ~っ! スッキリした!」
エリザベスは一度大きく伸びをすると、仲間たちがいる方へと足を向けた。
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