インジュリー・バーサスVS

第59話「VS人間 その1」

「やぁ! みんな元気かい?」


 エリザベスは、勝ったものの、心身ともに疲労している3人に明るく声を掛けた。


「こっちはエリザベスが死んだのよ。勝ったからって、そんな浮かれていられないわ」


 沈痛な面持ちで、ユキエは答え、うっすらと目元に涙を湛える。


「いや、生きているんだけど……」


「そんな慰めの言葉なんていらないわっ! いくらエリザベスだからって死人のことをネタにしていい訳……、えっ? エリザベス? なんで生きてるの?」


 ようやく実はエリザベスが生きていたことに気づいたユキエに、エリザベスは胸を張って告げた。


「ふっ、良く言うだろ。敵を騙すにはまず味方からってね。それにどうやら私は演技が下手みたいだからね。徹底してやろうと思ってね。いや、私に演技力があれば、もう少し上手く敵だけを騙す方法があったかもしれないんだけどねぇ」


「エリザベス、もしかして、アタシが演技が大根すぎるって言ったこと根に持ってる?」


「いいや。全然」


「絶対根に持っているやつね。悪霊より執念深いってどういうことよっ!」


 スマホからユキエのわいのわいのとした声がうるさく響くのを横目に、体を半分くらい集め終わったドニーの元へ向かう。


「大丈夫かい? 体を集めるのを手伝うか?」


 ドニーは首を横に振ると、バーサスを指さした。


「おれより、バーサス診て。気絶。戻らない」


 その言葉でバーサスの元へ駆け寄ると、息はあるものの、右腕の切断と腹部の刺し傷が酷い。

 すぐに治療すれば命に別状はなさそうではあったのだが……。


「バーサス。生きてるか? おい!」


 エリザベスは素早く止血しつつ、バーサスに声をかけ続ける。


「う、ううっ」


 バーサスは目をうっすら開けると、そこに映る死んだはずの存在に、


「ここは、地獄か……?」


「確かに、キミは地獄に落ちるだろうが、品行方正な私が居るのだよ。どう見ても天国か現世だろ」


 地獄ではないとなると、まだ自分もエリザベスも死んでいないと悟る。

 万全な状態なバーサスだったら、エリザベスは絶対に地獄以外行かないだろうと思うところだが、重症の今、そんなことを考える余裕もなかった。


「さて、目を覚ましたところで1つ選択肢を示そう。今のキミの状態は、すぐに治療すれば死にはしないが、2度と戦うことは出来ないだろう。それでも治療を望むかい?」


 バーサスは肘から先のない右手。腹に空いた深々とした刺し傷を眺め、エリザベスの言葉に嘘はないと確信した。


「我の願いは戦いの中で死ぬことだ。戦えぬ体となってまで生き永らえようとは思わん。このままで良い。ただ、もし叶うのならば――」


 最後の願いを無駄だと思いながらもエリザベスへと伝えると、ゆっくりと深く呼吸をして、バーサスは瞳を閉じる。


「流石バーサスだ。そうこなくてはね」


 エリザベスはバーサスをその場に残すと、ドニーの体を集め始めた。


「ドニー、仲間の最後の願いだ。手伝ってくれるね?」


 ドニーは無言で頷き、自分でも急いで体を集め始めた。

 全てのパーツが揃うと、ドニーは立ち上がった。


「最後にドニー、これを」


 エリザベスはドニーにビニール袋を渡し、ユキエのスマホを拾った。


「さて、バーサスを運ぶとするか」


 ドニーはエリザベスの指示を受け、バーサスを背負った。


「私の予想が正しければ、そろそろ来ているはずだからね」



 4人の殺人鬼キラーたちは森を抜け、そろそろ街道に出ようかというところまで歩いた。

 そこまで来ると、数台の軍用車両の姿が伺えた。


 エリザベスはタクシーを止めるかのノリで大きく手を挙げる。


「おぉい!! 止まってくれ!」


 軍用車両はキキィとブレーキ音を鳴らし、荒々しく止まる。


 すると中から、一人の少年とも思える男が日本刀を携え、車両から降りる。


「大丈夫ですか? 今ここは危険です。送って行きますから乗ってください」


 最低限の礼節と迅速な対応を見せる男に、エリザベスは宣言した。


「やぁ、名も知らぬ少年よ。私はキミを死に導く者だ」


 エリザベスの言葉にすぐに日本刀を鞘から抜くと、エリザベスに切りかかる。


「おっと、待て待て、戦うのは私じゃない」


 日本刀での一撃をギリギリで避けたエリザベスは、ニッと笑みを浮かべ、「バーサスが気に入る訳だ。思い切りが良い」と呟いた。


 脇からドニーが現れると、背中のバーサスを降ろす。


「はっ。ありがたい。まさか、最後の最後まで戦いの中に身を置けるとはな。初めてエリザベスに手放しで礼を言いたいな」


 バーサスは終始笑み浮かべ、現状を喜ぶ。


 脛当てからナイフを取り出すと、お決まりのセリフを男へ放った。


「さぁ、1対1だっ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る