第53話「ユキエVS魔王」

 ドニーがバラバラにされているのと同時に、エリザベスは冷静に魔王の力を分析していた。


「なるほど。魔法で遠距離、それに強靭な身体能力で近接戦も強い。まるで完全武装したキミのようだ」


 エリザベスはバーサスの方を見ながら述べた後、「キミなら、何をされるのが一番困る?」と聞いてきた。


 バーサスは即答する。


「勝ちを確信した瞬間の不意打ちだな」


「なるほどね。なら即死を狙ってユキエに行ってもらおう!」


「えっ?」


 急に自分の名前が出たことで、素っ頓狂な声をあげる。


 エリザベスはスマホを弄ると、画面には着信を知らせる文字が浮かび上がる。

 その事で今から何をされるのか大方予想のついたユキエは文句でも言おうかと考えたが、ドニーを助ける為の策であることも同時に理解した為、作戦への不満はあったが、ぐっと堪えるという大人な対応を見せた。


「作戦を説明する――」


 エリザベスが簡潔に話し終わると、ちょうどドニーの首が切断された。

 魔王が勝ちを確信したその瞬間を狙い、ユキエは魔王へと向かって投げつけられた。



 魔王の頬へと当たったスマホは、電話を取った扱いになり、通話画面へと切り替わる。

 そこから、響くのは悪霊、ユキエの恨みのこもった声だった。


「ドニーにこれ以上酷いことはさせないんだからね!! このアタシが来たからには覚悟しときなさいよ!!」


 魔王はよく分らぬモノに幾ばくかの注意を向けたが、それが声を伝えることしかしないと分かると、破壊しようと手をかざした。


「動くなっ!」


 ユキエの声で魔王は、なぜかそれ以上魔法を発動することが出来なくなり、さらに体の自由も奪われる。


「なるほど。声を聴いたものを縛る呪いカースドか。なかなかに強力ではあるようだが無駄なことよ」


 魔王はせせら笑い、余裕の態度を崩さない。


「余裕でいられるのも今のうちだけよ。まずはアタシを拾いなさい。いつまでも冷たい地面の上に可憐なレディを置いておくのは失礼ってものよ」


 その言葉通りに魔王は動き、スマホは魔王の手の中に納まる。


「じゃあ、今から言うことをしっかり聞いてね」


 ニコリとスマホの中でユキエがほほ笑む。


「死んで」


 それだけ告げると、ユキエの体はスマホから出て、魔王の肩を這うように滑らかに背後に回る。

 そして、冷たい両手で、魔王の空いた手を取ると、ドニーの首を地面へと降ろさせる。そのままその手は首元へと伸び、細い首を手の平が覆う。


「ぬぅっ!」


 皺くちゃな手に血管が浮き出るほどの力が込められていく。

 普通であれば、死に瀕すれば手の力は解け死ぬことはないが、そんな甘いことを許すほどユキエの呪いは弱くない。


 爪が皮膚に食い込み、魔王から赤い血が滴り落ちる。


すさまじい。動きを制限する言葉より、殺す言葉の方が強制力が強いとは。余の配下に加われば、貴様は許してやるぞ」


「えっ!? 本当? 待遇は好待遇?」


「無論そうだ」


「それなら、いいかも! あとは気に入らないトップが代われば完璧ね!」


「なにぃ!」


 思ってもみない返事に、さらに強まる手の力。魔王は思わず驚きの言葉を漏らす。


 ミシミシと骨の軋む音がし始めたところで、魔王は口元を動かす。


解呪ディスペル


 その一言を唱えると、上空に魔法陣が現れ、金色の光が降り注ぐ。


「ふぅ。余のスカウトを受けておけば良かったものを」


 魔王はユキエの呪いから解放され、手を首から離す。

 流れ出た血はすぐに止まり、魔王にとって大したダメージでは無かったことが伺える。


「一回解かれたくらいなによ! こちとら何百人と呪ってきてるのよ。たまに解かれることなんてざらにあるわよ! もう一回、死――えっ?」


 魔王の手から伸びた光は霊体であるはずのユキエの体を貫いていた。

 溢れるはずのない血が真っ白なワンピースを赤く染めていく。


「嘘、でしょ。なんでアタシに……」


「霊には攻撃できないと思っていたのか? 余はありとあらゆる魔法を使える。霊体に攻撃するくらい訳はない」


 光が消えるとユキエはゆっくりと地面へと落ちた。


「これで、2人か。さて、次は、この物体を投げた者がそこに隠れているな?」


 森の闇の中から、山羊骨の面をした異形は静かに姿を現した。


 バーサスは倒れる2人を見ると、仲間をやられた怒りと強敵の出現という喜びを感じ、なんともいえない複雑な表情を浮かべた。


「1対1だっ!!」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る