第2話「呪いの悪霊」

 黒髪の女幽霊ユキエは絶望していた。

 その心は夕日が沈み闇が訪れた今と同じでどんよりと仄暗くなっている。


「えぇー、マジないわ。なんなのこの自称ライターの男」


 避暑地に位置する別荘の一室。

 永らく使われていないのか、荒れ果てほこりが積もる。その部屋には大きなブラウン管テレビとVHSのプレイヤー、ガラパゴス携帯、ビデオカメラが散乱していた。

 旧世代の機器ばかりが並ぶが、その主はすでにこの世にいなかった。

 

 その主は同室ですでに首をくくり息絶えていたのだ。


 女幽霊はそんな部屋の隅で体育座りをしながら、呪詛のような言葉を吐き捨てる。


「なんで、アタシの呪い全部受けて独りで死ぬかなぁ! こちとら、誰かに見てもらえないとダメなタイプだから、ちゃんとリスクマネジメントでリスク分散して、呪いを、ビデオテープ、携帯、ビデオ動画、それとここっ! 呪いの屋敷の4つにしてたのよ! なんで全部集めるのよっ!! 呪いマスターか!? 1つでも致死量なのに4つって」


 ユキエは、男の死体を一瞥すると、不機嫌な様子で顔を歪める。


「とにかくまずいわ。このまま誰にも見られないと、アタシ、ここから動けないじゃない。せめてネット回線があれば、呪いのユーチューバーとかに方向転換できるかもしれないのにっ!」


 うろうろと部屋をうろつき始め、何度も誰か来ないか外の様子を伺う。


「はぁ~、やっぱり誰も来ないわね。この屋敷を呪いの屋敷にしたときは賑わっていたのに、どうして急に人が来なくなったのかしら」


 女幽霊は自身の悪霊としての噂の所為で人が寄り付かなくなったことには全く考えが及んで居らず、独り言を垂れ流す。


 そのとき、窓の外にサッと動く影が。


「今の動き。たぶん獣ね。狼とかかしら。でも見たことない種類だったわね」


 永く独りの時を過ごした為か思ったことをすぐに口に出してしまうのが常のようだった彼女は、外の見たことない獣に興味を惹かれ、しばらく外を眺めていた。


「なかなか現れないわね~。やっぱり珍しい種だったのかしら? もしかしたら動画に撮ってインターネットに出したら、凄い人気になるんじゃ!?」


 女幽霊はビデオカメラを持って再び窓際にスタンバイした。


「ニホンオオカミだったら、マジでやばいわよね」


 黒髪から覗く口元はニタリと大きく開かれ、ビデオカメラを持つ手には力が入る。


「早くまた来ないかな~」


 窓のサッシに寄りかかり、足をパタパタとさせていると、ユキエにとってはニホンオオカミよりも貴重なモノが現れた。


「えっ! ウソッ!? あれってもしかして、人間っ!?」


 窓の外には2人の男性が走ってこちらに向かってくる様が伺えた。


「もしかしなくても、こっちに来る? きゃ~~! 待ちわびた人だわ!! ああ、どうしましょう。とりあえず携帯が一番手頃かしら、それともビデオ? このビデオカメラでもいいけど、やっぱり最初は軽めで携帯よね。うん!」


 何で呪い殺すかをルンルン気分で吟味していると、男性2人のうち、一人が急に視界から消え去った。


「えっ? えっ? どういうこと?」


 ユキエが不思議に思って、視線を動かすと、どうやら男性の一人は転んだようで、地面に這いつくばっていた。


「ふふっ。慌てちゃったのね。大丈夫よ。慌てなくても、お姉さんはちゃんと待ってるからね~」


 そんな独り言を呟いていると、その男性の異変に気づく。


「あれ? なんか、下がってない?」


 男性は凄まじいスピードでこの別荘から遠ざかっていき、悲鳴を上げる。


「どういうこと?」


 女幽霊はその様子を眺めていると、男性の足元に狼のようなものが噛み付いており、それがありえない力で男性を引っ張っていく。


「あ、あれってさっき見た狼よね。なんか銀色の毛だし、全然ニホンオオカミじゃないわね。シルバーウルフとかって名前が付きそうなファンタジー物のモンスターって感じね。ってそうじゃなくて、あの犬っ! 私の獲物を横取りするなんて、厚かましいヤツね。まぁでも、私の分は1人いればいいから、今は見逃してあげるわ」


 ユキエは広い心でもって、シルバーウルフのことを許すと、もう一人が逃げ込みやすいように、いつでも扉を開けられる準備をする。


「さぁ、そいつから逃げて、私の元へいらっしゃい!!」


 女幽霊は手招きしながら、男性は飛び込んでくるのを待つ。

 男はウルフから逃れる為、急に開いた扉のことなんか気にせず、別荘へと入ろうとした、そのときっ!


「ガウッ!!」


 突然横から現れた2体目のシルバーウルフによって首を噛み千切られ絶命する。


「……え?」


 しばし、事態が飲み込めず呆然としていたが、「はぁぁぁぁぁっ!?」と叫び声を上げる。


「ちょっ! ふざけんじゃないわよ! それはアタシの獲物でしょうが!! ちゃんと順番守りなさいよ! なに? またアタシここから動けないの!? い、いや、まだ希望を捨てるのは早いわ!」


 言うやいなや、携帯から着信音が響き渡る。


「今まで動物にはやってみたことないけど、動物に取り憑くことができれば!」


 しかし、シルバーウルフたちは聞く耳を持たず、男性たちを引きずっていく。


「ガッデム!! やっぱりダメじゃない!!」


 女幽霊は絶望のあまり膝をつき、すすり泣く。


「ウオォォーーン!!」


 外でウルフたちがうるさく吠える。

 部屋の中は、携帯の着信音とすすり泣き、狼の咆哮によって埋め尽くされた。


「不快な音だ。異世界は品がないから来たくなかったんだ」


 不意のそんな呟きと共に、矢が携帯へと突き刺さる。


「これで静かになった」


「えっ? 携帯が壊れた。しかも矢で?」


 女幽霊は急いで矢が飛んできた方を見ると、銀髪、褐色肌、長耳の人物が数十匹の狼を従え、遥か遠方に去って行く。


「あいつが飼い主ね……。よくも……。この恨み、晴らさで置くべきか!! ここから動けたら、確実に呪ってやる。憑いてやる。後悔させて、絶望させて、泣かせて、殺してやるんだから!!」


 壊された携帯を持ち上げ、血が出る程に唇を噛み締めながら呪いの悪霊ユキエは誓った。

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