ローカル・キラーズ

タカナシ

それぞれの引き金

第1話「仮面の異形」

 キャンプ場の裏にあたる深い森の中、一組のカップルが泥だらけで険しい顔を見せる。

 

 彼らは普通のカップルという様相ではなく、男の方は手に刀を、女の方は弓をたずさえている。

 闇の中、徐々に雲から姿を現す月は不気味なほど明るく周囲を照らしだして、二人の険しい表情を映し出す。

 彼らの視線の先には、自分たちを追い詰めている怪物の姿が月明かりに照らされている。


 爬虫類や昆虫やらが混ぜ合わさったような表皮を持つ筋骨隆々な人型の異形。それは機械的な籠手(こて)と脛(すね)当て、そして傷だらけの山羊のような動物の頭蓋骨を仮面として被っている。


 カップルたちもただやられているだけではなく、数多くの犠牲を払ったが、怪物を罠に誘い込み、武器を奪い、矢を突き刺すに至った。


 仮面の異形は腹部に受けた矢を引き抜くと、傷の深さを触診する。


「グググッ」


 低い呻き声と共に、異形は自身の状態の危険を確認した。


(傷が深い。すぐに治療しなくては。だが――)


 仮面の異形は自身の眼前にいる戦士たちの存在に生命の危機を覚えると同時に歓喜していた。

 戦士と認める程に強き者がいた喜び。それは戦いの中で生き、戦いの中で死ぬことを信条とする異形にとって至上のものだった。


 仮面の下で思わず口元が緩む。


「ハッハッハ」


 笑い声をあげ、仮面の異形が重心を落とすと、脛当てからコンバットナイフが飛び出す。

 素早くそれを掴み、怪物は構えを取ると、低いガラガラ声で、ところどころ聞き取りづらいが確かに人語を話した。


「我が名は、バーサス! キサマらを戦士と認めよう!」


「喋れるのかよ!」


 異形が高い知能を有している事を悟り、男は苦々しくそう吐き出すと、チラリと一瞬、バーサスと名乗った怪物の脇を見る。


(なるほど、まだ罠が存在するようだな。だが、ここからはなんの小細工もなしだ!)


 バーサスはまっすぐにカップルに向かって疾走した。


(まずはやっかいな弓を封じるっ!)


 仮面の異形はまっすぐに女の方へ向かった。


「させるかっ!!」


 当然男はその行動を予期し、刀を振り下ろす。


「ガァアアアアッ!!」


 怪物はナイフで刀を受け止めると同時に矢が迫る気配を察知し、男を蹴り飛ばしその場から飛び退いた。


(浅い。蹴った感触がほとんどなかった。あの男、蹴られる瞬間、自分も後ろに飛び退いたな。女の腕を信じてか……。面白い!)


 仮面の下からクツクツとした笑いが漏れる。


 バーサスは上機嫌に再びカップルへ向かおうとしたその時、視界の端に子供のような何かを捉えた。

 

(こんなところに子供?)


 そう思った瞬間、その子供のような何かは、女に襲い掛かった。


「きゃっ!!」


 意識しない背後から強襲に女はなすすべも無く倒れる。

 「子供」は1体だけでなく、さらに別の「子供」たちが現れると、倒れていた男にも襲い掛かる。


(こいつらは一体何なんだ?)

 

 突然、よくわからない生き物に戦いの水を差されて、バーサスはわずかに警戒して動きを止めた。


「緑色の子供? ゴブリンかっ! クソ!!」


 男は懸命に振りほどき、切り裂きながら、ゴブリンという単語を口にした。


(これは、ゴブリンというのか? 初めて見たが)


 緑色の肌に子供大の大きさ。頭には小さな角が生えており、人間でないことは一目瞭然であった。

 棍棒を手にゴブリンは、まるで無差別に異形にも襲い掛かるが、ナイフで軽く切り裂かれる。


(弱い。だが、こいつらも弱いなりに罠を張り、こうして我々を追い詰めたのだろう)


 戦士を横取りされる事に少ないながらも不満はあったが、こいつらの戦略が勝ったのだと一定の敬意を払い、自身に向かってくるものだけを相手にしようと心に決めていたのだが。


「いやっ! やめてッ!!」


 あろうことか、ゴブリンはまだバーサスも男も生きている内から、女の服を剥ぎ、これから犯そうと下卑た笑みを浮かべたのであった。


「オオオオオオオッ!!」


 その光景を見たバーサスは雄叫びをあげ、自身がゴブリンからの攻撃にさらされることもいとわず、女の元へと向かい、女にまたがるゴブリンを八つ裂きにした。


(勝利者が女を得るのは良い! それが自然の摂理だ。だが、我も男もまだ生きている内に手をつけるなど、戦いへの侮辱だっ! 侮辱には死の報いをッ!!)


 仮面の異形は戦力確保の為、男へと群がるゴブリンに向け、ナイフを投擲とうてきした。


 棍棒を今にも振り下ろそうとしていたゴブリンに突き刺さり、そのまま力なく倒れる。

 男はその機会を無駄にせず、すぐさま立ち上がる。


「これは……」


 ゴブリンの背中に突き刺さるナイフを見て、男は戸惑いながらも、バーサスの意図を察し、刀でゴブリンを切り伏せながら、女と異形の元へ転がるように辿り着く。


「ハァハァ、まさか、こいつと共闘する羽目になるとはな」


 男と異形は共に女を庇うような位置取り、それに対し、ゴブリンは包囲するようにわらわらと集まる。


 男は向かってくるゴブリンを切り倒し、異形は襲ってきたゴブリンを掴まえると、鈍器のように扱い骨の砕ける音を響かせる。


(数が多すぎる。怒りに任せ、ぶち殺したいが、それでは我らは死ぬだろう。何か策を打つべきだ)


 バーサスが思案していると、男から目配せが飛ぶ。


(考えていることは同じか)


 一度は全身全霊を持って斬り合った2人はまるで長年の親友のように、一瞬で意思疎通を図った。


「ガァアアアアッ!!」


 仮面の異形は咆哮と共に、手にしたゴブリンを投げつける。

 それと同時にカップルは走り出し、必要最小限の敵だけ倒し、その場から逃げ出す。

 ゴブリンたちはまるで寄せ餌に釣られるがごとくカップルを追いかけ始めた。


(やはり、あまり知能は高くないようだな)


 カップルをガムシャラに追いかけるゴブリンが多数出たおかげで包囲はなんなく崩れていく。


(あと幾ばくかこの戦線を崩せば、あの戦士たちは逃げ切れる。そして、我も戦況を立て直すことができるだろう)


 バーサスはこの破れた包囲ならば、易々と逃げることも出来た。

 だが、しかし、戦士と認めたカップルと自身、両方が助かるために戦いを継続した。


(戦いを汚したこいつらは、何も手にすることはないっ!!)


 骨の仮面から覗く異形の瞳を熱く滾らせ、怪物は攻勢へ移る。


 そこからは酷く原始的な戦いだった。

 バーサスは拳大の石を拾い、投げつけ、近づく者は殴り飛ばした。

 自身の出血もいとわず、狂戦士のように暴力を振るい、周囲を血の海へと変化させる。


 返り血と自分の血で赤に染まる怪物の姿にゴブリンたちは怯みだし、中には逃げ出すモノも出始めた。


「この後に及んで逃げるだとッ!! やはり戦士の風上にも置けんっ!!」


 仮面の異形は怒号を上げた。その怒号でさらにゴブリンたちは逃げ出す。

 バーサスは怒りに任せて暴れたいのを堪え、冷静を保ち、周囲を観察する。


「フゥー、フゥー、そろそろ頃合か」


これならば、逃げ切れると確信した、そのとき!

まるでバーサスの周囲だけ光が切り取られたかのように暗くなる。


(これは?)


 周囲の状況の変化に一瞬、気を取られると、低いダミ声が聞こえた。


現地人ローカルがっ。無駄な抵抗を」


 言葉と共に人間程はありそうな拳が降りかかった。

 バーサスはその場から、跳び退こうとしたが、かろうじて生きていたゴブリンの1体に足を掴まれる。


(しまっ!)


 なんとか防御しようとするが、拳はそんな防御の上からでも異形を森の奥深くへと殴り飛ばすには充分だった。

 木々に体を打ち付けられ、地面へと落下したバーサスの口元には不敵な笑みが浮かんでいた。


「クックック。あいつらにも歯ごたえのある奴がいるのか。いいだろう。まとめて狩りとってやる」


 今見た新たなモンスターに対し、倒し方をまず模索した。

 武器、それと周りの雑魚共を寄せ付けない為の仲間がいると考えたが、それよりも、殴られ動けなくなった体、深手を負い、止まることのない出血をどうにかしなくてはと現状を振り返り、なんとかしようと足掻くが、ずりずりと体を少し動かしたところで、倒れた。


(武器と仲間さえいれば……)


 バーサスは意識を失う最後の最後まで戦いの事を考えていた。

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