最終話 僕達の意思 その8

「この力で……俺はマグーの意思を継ぐ! 奴隷のゴブリン達を解放し、自由の身にするんだ!!」


 地獄の業火に身を包んだヘルはフィシュナ、ロプト、カイザの三人を一斉に吹き飛ばし、さらに辺りの温度を上昇させていく。


「まさか白の力を凌駕するほどの威力を持つとは……! 直接体内に取り込んだ分、ダンさんの時とは大違いですね」


 エボルロボットはフィシュナのラウザーにひっつき、他人事のように喋っている。


「そんな事言ってる場合じゃないと思うんですけど、エボルさん?」


 やや呆れ気味になっているフィシュナはエボルの体をコンコンと人差し指で叩いた。


「そうやっていられるのも今のうちだ……二度とその口、聞けなくしてやる……!!」

「私もファラリスに操られていた、そんな事言っても止まらないでしょうね……」


 ヘルに対しても呆れ気味に話すフィシュナ。このままだとやられてしまうとは感じていたが、いざとなれば創造の力で壁を破壊し逃走すれば良いと思っている。


「……この感覚は」


 今まで黙っていたロプトが呟いた。それと同時に、彼が感じていたものをヘルも察する事ができた。


「まさか?」


 さきほどヘルが入ってきた入口から足音が響いてくる。灼熱の空気がそこからは感じられた。


「ヘル……お前!」


 来ていたのはボルガだった。驚愕と困惑が混じった声が漏れていたが、剣は動揺する事なく構えている。


「お前かぁ、ボルガ……」


 ヘルは余裕の表情で笑みを浮かべると、熱風をボルガへと飛ばしてみせた。


「その姿は!?」


 そう問いかけながらボルガは熱風に対して自身も熱風を生み出しかき消した。


「やっぱり……マグーを追い詰めたのは本当なんだ」


 ヘルはボルガの問いには答えず、マグーが負けた事について納得した様子を見せた。


「いいか? 今の俺は、マグーよりも強い。きっとマグーはお前に負けたせいで仲間を失った事を後悔してる。だから……お前も倒してやる」


 ヘルの体にまとわりついた炎の勢いがよりいっそう強くなり、翼からも火の粉が吹き出た。


「ヘル、お前も親友を殺されて……『復讐』を考えるのか……グリーの様に」


 ヘルに親友の姿を重ねたボルガはグリズリーカプセルをラウザーに差し込んだ。


「フィシュナ……お前は『白』に選ばれたんだな? さっきエルナから聞いた。ファラリスの事も」


 哀しみの表情を浮かべるボルガに対し、ヘルは煽るように話し始める。


「ボルガ、今のうちに降参しておいた方が良い。今の俺はフィシュナすら退ける。さっさとしっぽ巻いて逃げるんだな!」

「断る」


 一秒の間もなくボルガは答える。彼の親友、グリーはミーナからの誘いを受けていたから敵対した。マグーが反逆なんて考えなければ、グリーは命を落とさずに済んだはず。そう考え、ボルガはその場を離れなかった。


「今、お前を止められる人間が他にいないなら……俺が、やるしかない」


 剣に炎を宿したボルガは、そのままヘルへと走る。その目に写っているヘルの姿は、ボルガが5年前まで家族のように可愛がっていた鳥のシルエットのようにも見えた。


「……そっか。フェニックスも、ボルガをこらしめたいか……」


 フェニックスと一体化したヘルは彼の意思も感じ取っており、アリスを助けに行かなかったボルガへの憎しみが、多少だが感じていた。


「わかるか? 俺たちの炎は、お前を上回っているという事が」


 ヘルは火球を生み出し、ボルガへと放った。彼の剣に直撃すると火は辺りの空気を食い尽くしながら広がる。


「俺の勝ちだな」


 ニヤリと笑うヘルだったが、ボルガは火を割って目の前へと現れた。


「なっ!?」

「うおおお!!」


 縦に一振り。横にも一振り。


「あっ……」


 ヘルの弱々しい声が漏れ、ぐったりと倒れ込んだ。ボルガによる傷は実際は浅かったが、一瞬で負けた事による心の傷は深かった。


「終わりだ、ヘル」


 哀れみの顔をヘルに向け、ボルガはラウザーからカプセルを引き抜く。


「トドメは、刺さないんだ……」


 涙目になっているヘルにボルガは手を伸ばす。


「お前の友を想う気持ち自体は悪くない。だけどそれが……人の命を危険に晒すような事に繋がれば……俺が止める」

「……そうかよ」


 指で涙を拭ったヘルはボルガの手は掴まず自分で立ち上がり、そのまま部屋を出ていく。


「……もしかしたら、もうボルガ達には会えないかもね。でも俺は、マグーの無念を晴らす」


 ヘルは振り向く事なく彼らに言った。その時の背中は、復讐などは無くただ悲しみだけがあるように見えた。

 ヘルの足音が遠くなりもう聞こえてこないまでになると、壁にもたれかかったいたカイザが口を開く。


「なんだよ、美味しいところ持っていきやがって」


 そう言っていたが、カイザの顔は笑っていた。


「ボルガさんの能力は“目の前にいる家族同然の大切な人や動物、それらへの想いが最大に達した時、熱やパワーが圧倒的に上昇する”ものでしたね。つまり5年前に家族だったフェニックス……あれが対象になった事でヘルさんの炎もかき消す事ができた、という訳ですか」


 フィシュナは火傷した頬を撫でながらグリズリーカプセルを見つめていた。


「ファラリスも倒せたみたいです。ついに、私達が勝ったというわけですね」


 フィシュナの肩の上でくつろぎながら、エボルは優しい笑顔を見せていた。16年前のリベンジを果たせたのだからだろう。


「……ですが、これからこの国はどうするんです? トップがいなくなったんですよ」

「ファラリスの悪事を国全体に広めるのは決定事項だとして……次にこの国をまとめるのは誰だあ? 誰も名乗り出ないってんなら俺が頂点に立つ皇帝になってやるが」

「いえ、ファラリスの真実を公表してからトップを決めるのではなく、決めてから公表するんです。私達の味方になってくれる人がトップになれば、反対意見の世論も動かしやすくなるでしょう」

「……そのやり方汚い気もするな? まあ、ファラリスよりはマシか」

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