最終話 僕達の意思 その7

「フィシュナぁ……!」


 怒りと憎しみにまみれたヘルがファラリスの部屋に入る。次の瞬間、ヘルの真上からハンマーが叩き込まれようとしていた。


「無駄だ!」


 ヘルの体を覆うように炎が現れ、ハンマーとカイザは弾き飛ばされた。不意打ちが失敗したカイザは舌打ちを鳴らす。


「天井で待機してるのは結構キツかったんだけどなあ……? 俺の苦労をどうしてくれる」


 苛立ちが溜まるカイザだったが、ヘルはそれ以上だった。


「俺はマグー達を裏切ったフィシュナを許せない……! 邪魔をするな! ……お前たち出てこい!」


 ヘルはゴブリンのカプセルをばらまくと、そこから多数のゴブリン達が現れた。呼び出された彼らはフィシュナ達を襲う。


「グギャアァァァ」


 ゴブリン達は簡単になぎ倒されるも、ヘルの手によって何度も蘇る。じっくり痛ぶってやろうと考えたヘルはゆっくりと歩いていく。


「マグー達が所持しているカプセルは元々フィシュナが持っていたもの。つまり、ファラリスはずっとゴブリンの動きを探知できてたってわけだ。自分がゴブリンの反逆を沈め、民衆からの支持を更に強固にしようとでも思ってたんだろ! だからそれを見越したマグーは……部外者の人間である俺を仲間にしたんだ……!」


 ヘルが放った炎はフィシュナへと勢いよく飛んでいく。するとフィシュナは瞬時に青いカプセルをラウザーに差し込んだ。

『ブルー!』


「ここは水を使って……!?」


 刀身から水の衝撃波を放ったフィシュナだったが、それは一瞬にして蒸発した。威力は減退したものの、彼女の体は炎に包まれてしまった。


「くっ……!」

『グリーン!』


 今度は緑色の風の力を使ってなんとか炎を消す事に成功した。火傷の痛みに動揺しているフィシュナへと、ヘルは体を火炎に変え飛び立つ。


「これが……俺とマグーの力だ!」

「元々は、ダンさんに渡していたものなんですがね……」



 *



 城の外へメリーを運び出そうとしている僕とアベルの前に、ヘルが呼び出したゴブリン達が立ちはだかっていた。彼らの感情は復讐ただ一つだけのようだった。


「どうするの? この数を、しかもメリーを守りながら相手にするなんて……」


 僕は弱音を吐いた。当たり前だ。シュウに変わればやる気のない僕とは違ってゴブリンとは戦えそうだが、メリーが無事という保証は無い。シュウがメリーを守る理由が無いからだ。


「メリーはこのまま、俺が背負いながら戦う。何年アイアンメイデンを背負ってきたと思ってんだ」


 ほぼペスの体だったんじゃないかとツッコミを入れそうになったが、感覚も共有していたという事を思い出し引っ込んだ。


「行くぞアラン!」



 *



「……と、いうわけだ。僕達はずっとファラリスに利用されていたんだ」

「残念だけど、ね……」


 ファラリスと同じ顔にされてしまった兵士達に事情を説明したファランとエルナ。顔が完全にファラリスのものに変化していたおかげで、兵士達は戸惑いながらも頷いてくれた。


「きっと今、アラン……弟がファラリスを討ち倒しているはずだ」


 自分と同じ顔をした弟の事を信じ、城の方を見つめていた。


「おいファラン!」


 何やら焦っている表情で、ショオは必死に走ってきた。


「ああショオ、ちょうど今ファラリスの洗脳を……」

「それよりもだ!」


 いつになく大きな声で叫ぶショオに、ファランは黙る。


「アランの母さん……フランがいなくなったんだ……!」

「え、母さんが!?」

「ああ、目覚めたショアとカブトの三人で仲良く七並べしてたらいつの間にか部屋からいなくなってて……って、やっぱりフランはお前の母親……?」

「……細かい説明は、後にした方が良さそうだね。母さんを探そう。エルナ、ここは任せてもいい!?」


 エルナは聞くと深く頷いていた。彼女に兵士達を任せ、二人は城の中へと足を踏み入れる。



 *



「もう、体力も限界だよ……」


 なんとか応戦する僕のスタミナはファラリスとの戦闘で激しく消耗していた。主に精神的にだったが。


「お前が諦めたら、俺とメリーまで……っ! おいアラン! 後ろだ!」


 ぐったりしていた僕の背後からゴブリンは迫っていた。振り向いて反撃しようと体を動かす。だが、眼には意外な人物が写る事となった。


「え……母さん!?」


 ゴブリンから僕を庇ったのは、実の母であるフランだった。彼女の首にはゴブリンの歯が深く突き刺さっており、血が吹きでている。


「なんだと……!?」


 もちろん、アベルは母さんと会うのは初めてだった。すると母さんはベージュ色の力を使って腕を増殖させ、周りにいたゴブリン全員を絞め殺した。


「一瞬で……」


 呆然としていた僕とアベルだったが、次の瞬間母さんは倒れてしまった。


「っ!? 母さん!」


 僕は自分の母親が色の力を手にしている事については知らなかった。けど今はそれよりも、今再び目の前で大切な人が息絶えそうな事実に危機感を抱いているんだ。


「嫌だよ! 母さん……」


 必死に母の肩を揺するが、苦しそうな表情しか見せてくれない。


「アラン……ごめんね。私、ずっとファラリスに……」

「なにも言わないでいい! ベージュの力は、肉体を治せるんでしょ!? なら早く自分の体を!」

「もう無理なの。今ゴブリン達を倒して……それが、限界だったの」


 母さんの首からは血が止まらず流れ出ている。急所に噛み付かれていた。


「でも、アランとメリー……それから、新しいお友達を守れて、良かった……! お願い、新しいお友達さん。アランのそばに……ずっと着いていてあげて。この子が自分なりの勇気を持って進む、その日まで……」

「友達……」


 アベルがそう呟いた時には、母さんの体は動かなくなっていた。でも僕はボブが死んだ時のように激昴はせず、ただ静かに涙を流した。


「ファラリスに操られていても、僕を想ってくれてた気持ちは……本物だったのかな……」


 願望も篭った声をひねり出す。するとアベルは僕の右肩を叩き、手を伸ばした。


「さあ行くぞ。今のうちに、メリーになんて言うか考えておけ」


 一瞬だけ背負っているメリーに視線を向けたアベルの手を掴み、疲れた体を起こした。


「……わかったよ」


 とは言ってみたものの、何も思いつかなかった。僕が生まれてしまったせいで、母さんは死んでしまった、そう思ったからだ。

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