最終話 僕達の意思 その4

「城の上から侵入します」


 フィシュナのその発言を聞いた一同は、冗談かと疑った。エルナの力を使えば全員で壁を登る事が可能かもしれないが、そうなるとエルナの体力が持たないだろう。

 フィシュナ、ロプト、メリー、ファラン、カイザ、エルナの六人。彼らが城の上に登る事は、白の力をもってすれば容易いものだった。


「こうすればいいだけです」


 フィシュナが城の壁に手をかざすと、そこから城の頂上まで階段状の足場が現れた。ご丁寧に手すりつきで。


「白っつうのは……こんな事もできんのか」


 カイザは目をキラキラと輝かせながら足場を眺めていた。自分の『欲望』をこれで自由に満たせるかもしれない。そう考えていたのだ。


「こんな強大な力を持っているのに、ファラリスには勝てないのか?」


 一同が階段を登りながら言ったファランの問いに対して、エボルロボットは手すりに乗って答えた。


「あなたも、ファラリスに操られていたでしょう。彼の目に映ってしまった時点でもう……操り人形になってしまうんですよ。さっきまでのあなたのように」

「っ…」


 何も言い返せないファランだったが、フィシュナがフォローするように話す。


「ファランさんはあまり操られていなかったと思います。現にショオさんによって洗脳を解かれましたから……」

「でも、なんでそんな事をする必要があるの? 思いっきり意思を操った方が良いと思うのに」

「それはわかりません。……きっと何か、理由があるはずですが」


 意味深な返答にエルナは満足できなかった。だが今はその事を考えている場合ではない。


「……やっぱりアランに似てるね」


 ファランの隣にいたメリーが彼の顔を見て言った。


「ん? ああうん、ショオにも言われた。もしかしたら親戚かも……ね」


 長い前髪を弄りながら、ファランは歩いている。メリーは自身の兄の顔を詳しく思い出そうとしたが、嫌いな男の顔をそう容易く思い浮かべる事はできなかった。



「もうすぐ……頂上ですよ」


 ロプトはしばらくぶりに口を開いた。その言葉通り、数秒後に城の頂上へと辿り着いた。


「言い忘れていましたが、『創造の白』は何かを破壊しなければ創造はできません。つまり……今階段を作ったおかげで、城のどこかが欠けたかもしれませんね。バレるかもです」

「えぇ……」

「まあでも、見てください。ちょうど近くに欠けた箇所がありました」


 ファランの不安を無視した様子でフィシュナが指さした先には、先ほど登ってきた階段の床部分と同じ形状の穴が空いていた。


「ここから侵入しましょう。慎重に、ですよ?」


 フィシュナは再び階段を創り出そうと穴の奥へと手をかざした。しかし次の瞬間、彼女達の体は宙に浮く事となった。


「あっ」


 情けない声を出したフィシュナ。それもそのはず、創り出したはいいが、立っていた足場を階段のために破壊してしまったのだ。


「間に合えっ!」


 咄嗟にエルナが腕を増殖させ、無数の腕で階段と仲間達を思い切り掴んだ。床に激突するギリギリのところで落下は抑えられた。


「……お前おっちょこちょいってレベルじゃねーだろ」


 一人エルナの腕から離れ着地したカイザは、フィシュナの方を向いて言った。


「すみません……まだ慣れていないもので」


 澄ました顔で反省もしていないようなフィシュナ。するとカイザは突然険しい表情に変わった。


「その事じゃねぇ……俺達は敵の根城、いや寝床まで来ちまったんだよ」


 カイザはゆっくりと後ろを向きながら言った。その視線の先には、玉座とそれに座ったファラリスが居た。


「あっ」


 再びフィシュナが情けない声を出す。ファラリスに視られたら終わり。そうだというのに、まんまと目の前に現れてしまったのだから。


「……こういう時の私、だったよね?」


 メリーが呟く。すると彼女は玉座の後ろから現れ、ファラリスの顔面を思い切り殴った。ファラリスは泡を吹きながら無残に倒れる。


「いつの間にそこに……」


 弓を構えようとしていたファランは、メリーがいつ玉座の裏に回ったか全く分かっていなかった。


「ここに落ちた時。玉座が見えたから、猛スピードでここまで来たってわけ。バレないように皆の影に隠れるのは難しかったけど……」

「それでも即興で行動に移すとは、流石ですね」


 ロプトが賞賛の言葉を送るが、それをかき消すように何者かの声が部屋に響く。


「やはり……現れたか」

「!?」


 メリー達は謎の声に驚き、声の主を探すが見当たらない。初老の男性の声、という事くらいしか彼女達にはわからなかった。


「『創造の白』とその手先達……再び我の前に!」

「……ファラリス!!」


 エボルは確信したのか、彼の名を叫んだ。すると部屋の壁が次々と崩れ、砂煙の中に無数の人影が見えた。


「こいつらはなんだあ……?」


 カイザがハンマーを振り、その風圧で砂煙をかき消すと、人影の正体が姿を現した。だが全員が王の格好をしており、誰が誰だか見分けがつかない。


「妙に人の気配が無いと思っていましたが……そういう事でしたか」


 エボルが少し震えた声で話すと、再びファラリスの声がどこからか聞こえる。


「……そう、この者達は我に忠実な兵士達だ。誰が本物の我か、見分けがつかないであろう」


 ベージュ色の力を使い、格好だけでなく顔も全員が同じだ。


「だが、最後の一人の調整中に入ってくるとは思わなかったぞ……?」


 つい先ほどメリーが打ち倒したのはその最後の一人であった。


「だったら今すぐ全員……っ!?」


 メリーが駆け出そうとするが、彼女の体は動かない。それに気づいた時にはもう遅く、他の仲間達の体も動かなくなってしまっていた。自由に動かせるものは表情くらいだ。


「これが……意思の白か……!」


 ファランだけはかろうじて声を発する事が出来たが、直後兵士二人が彼の前に立つ。


「お前はフィシュナやその父親らよりは意思を操っていなかったからな……今も少し手加減してしまったみたいだ」


 兵士二人がファラリスの声で話し、一人がファランの前髪をあげ、もう一人が顎を掴んで顔が良く見えるようにした。


「おお……愛しき我が子よ……」

「なん……だと!?」


 ファラリスの言葉で困惑にまみれるファラン。すると彼の意識はそのままに、体だけが倒れた。


「それと……」


 するとメリーの前に一人の兵士が立った。


「我が本物のファラリスだ。貴様らの動きを自由に操れる今、姿を隠している意味は無いからな」


 ファラリスは余裕の表情でそのまま話を続ける。


「メリーと言ったな……お前の父親が死んだ原因を知っていると言ったら、どうする?」


 メリーは珍しく驚いた表情を見せた。


「そう……我がお前の父親、クリスを処刑する事を決めたのだ」


 メリーの右手がピクリと動く。


「何故そうなったか、今ここで話してやろう。それは……」


 次の瞬間メリーの拳が、ファラリスの顔面を直撃していた。


「げぇふ……!」


 彼の情けない悲鳴が響く。何が起こったか理解できていないようだった。

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