最終話 僕達の意思 その3

 自我を失ったペスに向かって走り出す。正気に戻す方法は分からないが、ひとまず拘束しようと考えた。


「少し痛いと思うが……我慢してくれよ」


 背負ったアイアンメイデンの中からロープを取り出し、左手に持った。これで身動きを封じている間に、ペスを操っている元凶を潰すしかない。


「……!」


 何も言わず突っ込んでくるペスの右手にはジャラジャラと音を立てる鎖が掴まれており、一撃でも生身に受けてしまったら相当の衝撃と怪我を覚悟する事になるだろう。最も、俺の体はエルナによって創られたもの。常人以上には耐えられるが。

 胴体を狙ってきた鎖を斧で弾き、そのまま右足に斬撃を浴びせた。赤い血が吹き出し、ペスは倒れ込む。


「よし、このままロープで……」


 だが、ペスは無傷の左足だけで飛び上がり、右の足裏でキックを放つ。それは俺の右肩に直撃し、無様に倒れた。


「くそっ……!」


 予想外の反撃だったせいか、起き上がろうとするのが一瞬遅かった。その隙にペスは馬乗りの体勢となり、鎖を思い切り振り上げた。


「……まずい!」


 瞬時にペスの腹に蹴りを入れ後退させる。今度はすぐに立ち上がり、迎撃の構えを取った。


「怪我を気にしないとはな……意思を操られてるからか」


 右肩を確認したが出血はしていないようだった。少し安心したが、またペスは鎖をジャラジャラと鳴らす。


「殺す勢いでいかなきゃ、こっちがやられるってのか……?」


 迷いが現れ、斧を握る手から汗が出てくる。ペスには悪いが、少し大きな怪我を与える必要があるみたいだ。スパイダーカプセルをラウザーに差し込み、ペスの足元を狙って蜘蛛の糸を放出する。

『スパイダー!』

 だがそれは跳躍によって避けられ、そのままペスは急降下し俺の左手に鎖の一撃を与えた。


「があっ!!」


 あまりの激痛にうずくまってしまった。ペスはすぐ側にいるというのに。


「ここまでか……!」


 諦め目を閉じてしまったが、何故かペスは攻撃しない。目を開けるとペスは自分の首に鎖を巻き始めた。


「ペス! 何を……!?」


 問いかけても何も反応しない。鎖はどんどんきつくなり、ペスの体全体が震える。


「そのままじゃ死ぬぞ!」


 急いで鎖を外そうとするが、力が強く止められない。


「……こ、れで……」


 ペスの声がはっきりと聞こえた。


「これ、で……いいの……ごめんね、アベル……!」


 彼女の目から涙がこぼれ落ちる。だんだんペスの体から力が抜け、倒れる。唐突な死を理解できず、俺はペスの肩を揺らす。


「おい、おいペス! な、なんで……!?」


 彼女の体は完全に機能を停止していた。


「まさか……『支配』のピンク色?」


 あの大男から奪ったピンク色の能力は

“ある一つの意思や目的。それ以外の知能の速度を低下すればするほど、筋肉や身体の動きの速度、さらにパワーを上昇させる事ができる”

 というものだった。

 まさかペスはこれを……? 俺を殺さないために“自身の首を絞める”という目的以外の知能速度を低下させて『意思の白』の力さえも低減させた!? それ以外に、自分を止める方法が無いから!?


 ……だったら、ペスが死んだ原因は、あの大男を殺した俺なのか? 俺が……?



 俺はぐったりと失意していたが、そこに向かってマグーが吹き飛んできた。シュウがマグーを吹き飛ばしたようで、飛んできた雷の体が元へ戻るとマグーの首をナイフで切り裂いた。


「……そっちも死んだか」

「俺が……殺したんだ。殺してしまった……!」




 後悔するアベルに僕は右手を差し伸べた。だがアベルは応えず、何もしていない。アベルの右手を無理やり掴むと、無理やり振りほどかれた。




「俺に構うな! ……!?」


 アベルは驚愕した。そこにいたのは、シュウではなくアランだったからだ。


「元に、戻ったんだな!?」


 アベルは驚きながらも、アランの帰還に喜びを隠せなかった。


「うーん……戻ったっていうよりは、入れ替わったって言う方が正しいかな」

「入れ替わ……?」


 頭を掻きながら話すアランの姿は、前よりも大人びたような雰囲気を醸し出していた。


「うん。シュウはもう一人の僕、だと思っていいよ」


 そんな事をいきなり言われても、アベルは当然受け入れられていなかった。突然アランの体を乗っ取ったっというのに。


「……悪いが、シュウを仲間だとは思えない」


 そう言うとアランは少し考え込んだ後、悲しそうな表情で話し始めた。


「あのさ、僕が乗っ取られてた時に、僕は……僕の『意思』は、何をしてたと思う?」

「……そんな事、今は関係ないだろ」

「いや……関係はあるよ。少なくとも、シュウに対する気持ちは、変わるから」


 アランは優しい口調で俺に語る。本当に、人が変わっているようだった。前はもう少し、淡白な人柄だったはず。


「僕の『意思』は、シュウの記憶……シュウ達とファラリスの戦いを見ていたんだ。数時間くらいだったけど。ほんと、色んな事があったよ」


 ため息をつき、疲れきったような声で話している。


「復讐に走るのも無理はないよ。だって、ファラリスはシュウの故郷を焼き払い、家族や友人を意のままに操り、殺し合わせた。ほんと、許せないよ」


 アランは歯ぎしりの音を鳴らし、拳を強く握っていた。


「その時の光景……シュウにとって最大のトラウマなんだと思う。そして、ファラリスへ復讐する事の、最大の動機。僕はそれに……同感したんだ」

「そう、だったのか……シュウも大切な人を失って……」


 アベルはたった今、大切な友人を亡くしてしまった自分と重ね合わせる事で、シュウの性格が悪くなっても仕方ないとは思えていた。


「うん。だからさ、シュウとは仲良くしてくれない? ああ見えて、悪い人じゃあ無いんだ」


 アベルは頷いた。その場の勢いだったかもしれないが、仲間の、アランの言う事を優先した結果だ。


「……それで、これからどうしようか」


 アランは真顔になり、わざとらしい問いをアベルにぶつける。


「……ペスを殺してしまったのは、確かに俺だ。だが、殺すきっかけを作ったのはあのファラリス。ただの押し付けにも聞こえるかもしれないが……」


 アベルはアランの目をしっかりと見つめた後、歯を食いしばって言った。


「復讐、だな」

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