第12話 黒幕の正体 その6

「ドラァ!」

「があっ……」


 ショオは一方的な戦いを押し付けてきていた。シヴァ、ハヌマ、スザクの三匹の援護もあり、僕はほとんど手を出せずにいる。


「あの時の借りを返そうと思ったのに……! くそっ、これじゃあただやられるだけだ!」


 咄嗟に矢を背後に放ち、後ろの建物内に避難する。窓を豪快に割りながら入ったため、小さいガラスの破片が所々に刺さってしまった。


「この家には今は誰もいない、か……」


 平凡な一般家屋で、侵入したのは二階。ショオから身を隠すために一番近くの部屋のドアを開け、急いでその中に駆け込んだ。


「このテーブルでドアを開けられないようにする……!」


 ちょうど近くにあった木製のテーブルを引っ張りドアの前に移動させる。傍にあった本棚には『並行世界の可能性』というタイトルの、ステーシが書いたであろう本があった。現実味がなく読む気はそそられない。

 その時、部屋のベッドの奥に何かの気配を感じた。


「……?」


 静かに、物音を立てず気配の元へ向かう。もしショオが操る動物だとしたら万事休すだ。


「!?」


 ベッドの奥に隠れていたのは、恐らくこの家に住んでいるであろうまだ小さい少年だった。ブルブルと震えながら僕を見つめている。


「なんだ子供か」


 安堵の息を漏らしたと同時に、男の子はドアの方へと駆け寄った。そしてテーブルを元の位置に戻し始める。


「ま、待て! あいつが来るだろ!」


 急いで少年を止めようとし、背中を掴むも遅かった。テーブルはドアの隣に追いやられ、直後にそれは開いた。


「っ! 危ない!」


 ショオの拳が少年の顔面に迫っていた。その時、無意識に少年の前に飛び出した事で自身の胸部に再び打撃を受けた。


「あっ……」


 少年の弱々しい声を聞き無事を確認すると、少年をベッドに向かって投げ込んだ。


「子供……!?」


 ショオは顔半分だけを見せており、中に誰がいるか確認せずに殴っていた。


「関係ない人間は、できるだけ巻き込みたくはない……」


 唖然とするショオの手首を弓で思い切り殴り腕を引っ込ませ、瞬時に弓を引く。


「くらえ!」


 すると何故かショオは自分から矢に当たりに行き、胸部に矢が突き刺さった。すぐにその矢は折られたが、そこからは血がドバドバと溢れ出ている。


「……なんで自分から受けに行った?」

「俺はあの子供を危うく殺すところだった。それに対して……自分なりの償いをしてみたってもんだ」

「お前……」


 僕はなんとなく申し訳ない気持ちになった。そして自分が今一番やりたい事をショオに打ち明ける。


「頼む、僕を……正気に戻してくれ」

「全力でぶん殴ればいいのか?」


 野獣化の影響により戦いに貪欲になっているショオに呆れと共に微笑んだ。構えていた弓を下ろし、男の子の方を向く。


「一応それで間違ってはないけど……ここじゃあ、あの子とこの家に被害が出る。表に出よう」


 意外な提案にショオは関心した様で、彼も口角を上げた。


「いいぜ? ついてこい。」



 *



 二人は割れた窓から飛び降り、お互いを見つめながら走り出す。民間人はカフェでの騒動によって避難したのか、人っ子一人いない。大通りに出ると、道の真ん中に立ち向き合った。


「ここでやるのか? 誰か来るかもしれない」


 そう問うと、ショオは赤とオレンジが混じった色のカプセルを取り出した。


「確かにここじゃあ関係のない人間を巻き込むな。だったらこいつの出番だ」


 背中にそのカプセルを挿すと、タカの羽が勢い良く生える。すぐにショオは飛び上がった。


「その弓矢で俺を狙え。ずっと空中で戦っていたら、被害が出る事は無いだろ」


 ファランの能力でショオに矢を命中し続ければ、ずっと空中に留まる事ができる。そう閃いたのだ。


「ああわかったよ。僕を……目覚めさせてくれ」


 そう言いながら弓を構え、矢を放つ。ショオの硬い爪に命中し、瞬間移動すると腕に掴みかかる。


「それじゃあ、もっと上に行こうか」

「……行くぜ? しっかり掴まってな!」


 大きい羽を羽ばたかせ、二人はさらに上昇していく。かなり高度のある王城までも越えたところでショオは止まった。


「こんなところでいいか?」

「ああ。始めよう……!」



 少年は突如飛び出していった二人を追った。大通りの上空に二人を見ると、その戦闘に少年は心を奪われた。


「わぁ……」


 縦横無尽に飛び回るショオに対し、ファランは矢を命中させ続け、激しい空中戦を繰り広げている。今まで童話や絵本で読んだ事しか無かったような戦闘が、今この場で起きている。その高揚感が少年を包み込んだ。



「あいつ……来たのか」

「まあ予想できた事だけど……」


 取っ組みあった二人は追ってきた少年を発見し、避難させようかどうか迷った。


「……頑張って! 二人とも~!」


 少年は今までの人生の中で一番の大声を出し、両者を応援し始めた。複雑な気持ちになる二人だが、少年の声に応えるように再び戦いを始める。


「あんなに応援されちゃ、精一杯頑張る他ないな?」


 ショオはニヤリと笑うと、ファランを投げ飛ばした。落ちながらファランは弓を引き、ショオのつま先に矢を命中させる。そこに瞬間移動し、しがみつきながら話した。


「……もう僕の目は覚めた気がするけど、あの子のためにもうちょっと付き合ってくれるよね?」

「おうよ!」


 すると二人は落ちていきながら殴り合いを始める。弾き飛ばし飛ばされのその戦闘は、勝敗の予想がつかなかった。


「僕は……16年前に生まれてから今までずっとファラリスの言いなりだった。言動を制限されて、思考を制限されて、本当につまらない人生だった……!」


 何もかもを吐き出すように話すファランは、話が進むごとに力を増していった。自分が押されるとは思っていなかったショオは徐々に焦り始める。


「なかなか…やるじゃねえか!」


 ショオは右手で払い退けようとしたが、瞬時にファランは体を逸らしギリギリで避ける。さらにファランは弓を使わずに矢を手づかみでショオの右手に突き刺した。


「でも今、あの子の純粋無垢な心を高揚させていると思うと……初めて他人のために、役に立てたと思えた! 例えこの後で死んでもいい……だって、今が一番生きているのが嬉しいから!」


 もがくショオに食らいつくファランのその顔は、今までの人生の中で一番の顔だった。


「くっ……けどお前は死なせない! さっき言ったろ? 気になる事があるって。それに……」


 ショオは毛深い腕をファランの背中に腕を回し、ぐっと引き寄せた。


「今一番生きているのが嬉しいんなら、今と同じ嬉しさを感じるものを、俺達と一緒に見つけようぜ?」

「……いいのか?」


 ショオは大きく頷き、羽を再び羽ばたかせる。


「それじゃあ最後に一発かますぜ?」

「……ああ!」


 ファランは地面目掛けて矢を放ち、無事着地すると上空のショオに弓を構えた。ショオもファランに向かって急降下し始める。


「当たれ!!」


 ファランは無数の矢を出現させ、一斉に放つ。ショオは全ての矢を体で受け止め、血を流しながらも落ちていく。


「たぁぁぁっ!」


 全ての矢を撃ち尽くしたファランは、ただ迫ってくるショオを見つめるしかなかった。ショオは思い切り拳を振り上げ、ファランの顔面を狙う。次の瞬間、衝撃によって大きな砂埃が舞い上がった。


「わあっ!」


 少年は砂が目に入らないように顔を背けた。案外早く砂埃は無くなり、少しづつ二人のシルエットが見えてきた。


「……!」


 ファランの顔面の真横にショオの拳は打ち付けられていた。二人は真顔で見つめあっていたが、すぐにショオは手を伸ばした。


「立てよ」


 ファランは差し伸べられた手を掴み立ち上がると、服についた砂や砂利をはらった。


「ありがとう。改めて、正気に戻った気がする」


 握ったままの手をぎゅっと掴み、ぎこちない感謝を伝えた。ショオは照れくさそうに鼻の下を指で擦る。


「まあ……お前が意外と親切な奴で良かった。俺もお前を助けられて嬉しい」


 ファランは頷き、口角を上げた。


「ところで、さっき言ってた気になる事ってなんだ? 僕には身に覚えが無いんだけど……」

「ああ、ちょっとその前髪をどけてくれないか?」


 言われるままファランは長い前髪を手でずらし、顔面をさらけ出す。だがその顔のパーツはある人物と酷似していた。


「やっぱり……アランと似てるな」

「アラン? あの黄色の奴か?」

「そうだ、まるで双子みたいで……」


 するとその場は静まり返った。まるで、ではなく、本当の双子なのではないか。そんな考えが二人の頭の中を過ぎったのだ。


「これは……確かめないといけないな。」

「……そうだな」


 その後彼らは少年に自分達の事を話さないようにと伝え、家に返した。そして他の仲間達の元へ足早で向かっていく。

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