第10話 創造の白 その8

「……来たよ。ここから見えるのは一人だけど、もういい?」


 紫色の能力は欲望をその人間の限界まで引き出せるというもの。エイモナが五感を集中させ、それに敵が引っかかった瞬間、俺たちに合図を知らせて一気に片付ける。一人の敵をノーリスクで倒せるチャンスだ。これを逃したくは無い。


「もうすぐだよ……」


 シャイニーがバイザーを取り出し、いつでも飛び出せるようにかがんでいた。俺も瞬時に稲妻を放てるように、奥に見える人影を睨む。


「今だ!」


 次の瞬間、エイモナが人差し指を目の前に向ける合図を出した。


「分かった!」


 奥の人影に向かって、思い切り稲妻を放つ。あちらも俺たちに気づいたようだったが、もう遅い。なぜなら、既に稲妻はワインドが放った風に乗っている。何気なくそこに吹いた風はだんだんと勢いが増し、稲妻と共に人影へと飛び込んでいく。


「これはっ……クッ!?」


 しかし、稲妻は倒れ込む事で寸前で避けられた。声からして男か?


「左右に一人ずついる! 真ん中からも一人、来るぞ!」


 ワインドが叫ぶ。恐らく、風の動きで居場所を探知しているのだろう。だが流石に敵の色はわからないらしい。


「……なんだ!? 生き物じゃあ無い、何かが近づいてきている!」


 地面が揺れる。ただの地震じゃない、俺たちの居場所だけを狙って地面を揺らされている、そう確信できた。


「くっ……おわっ!」


 体勢を崩してしまい、その場に情けなく転がり込む。なおも地面は揺れ、立とうとする俺を拒むようだ。



「……ん? 誰か近くに、いるのか?」


 人の気配を感じる。咄嗟に顔を上げると、緑色の長髪の男が空中に浮いていた。いや、何かに乗っているように、足元はびくともしていない。


「なんだ、お前は……!? ぐはっ!」


 見えない何かに吹き飛ばされ、拠点の壁に激突してしまう。

 まるで硬い球状のものにぶつかったみたいだ。だが実際は何も見えない。ワインドと同じように風を操るのなら、やはり風を俺にぶつけたのか? いや、そうだとしてもあれは硬すぎる。


「……流れている風を固定化しているのだ」


 すると長髪の男は丁寧に答えてくれた。敵に自身の能力を伝えるというのは、かなり悪手だが。

 風を固定化だと? 確かに、そう言われると辻褄が合うが……これにどうやって対抗すればいいんだ? どこから飛んでくるかもわからないし、ワインドが吹かせた風は、まだ周りにある。


「これは……どうする?」


 自分の頭は比較的柔らかい方だとは思っているが、こんな状況になる人間は俺含め数人しかいないだろう。

 そう心の中で弱音を吐いた瞬間、荒削りの作戦を思いつく。


「……閃いた」


 俺の色の能力は稲妻を操る能力。全方位に稲妻を放てば、固定されている風の位置は分かってくるはずだ。分かるだけだが。


「やってみるしかない…」


 拠点の壁を背にし、長髪の男の様子を観察する。上着は半袖の服に長ズボン、宝石のようなものも服のあちこちに着けている。

 服装だけだとチャラそうな印象を受けるが、丁寧な発言とぴしっとした姿勢からは真面目そうな性格が伺える。


 とりあえず、俺の前の180度に電撃を放つか。後ろには拠点の壁がある。ここから敵が攻撃してくるなんて事は無いだろう。


「よし……探すぞ」


 電撃を少しづつ放っていく。確認するには目視しなければならないため、無駄にハラハラしてしまう。あちらも俺を警戒しているはずだから、そう簡単に攻撃はしてこないのではあるが。


「……あそこ、か?」


 不自然に稲妻が途切れている場所があった。長髪の男の、俺から見て右横だ。だが、俺が気づいた事に気づかれては台無しだ。自然に振る舞うしかない。


「おい……! 誰か助けてくれないか~?」


 後ろに向かって助けを呼ぶ。俺以外の仲間達が戦っている音も聞こえていて、望み薄だが。


「俺は手が空いてるぜ?」

「……ビーン。お前は暇してたのか?」


 拠点の屋根の上から俺をのぞき込んできたのはビーンだった。彼が隣に飛び降りると、長髪の男を見つめながら俺の肩に腕を乗せた。


「いいや、奴らに吹っ飛ばされて近くに着地しただけだ……おー痛い痛い」


 ビーンは足首を持ち上げ必死にさすっていた。演技くさいが……まあいいか。


「んで、あいつはどんな攻撃を仕掛けてくるんだ? やっぱ緑髪だから風なのか?」

「ああ。奴は風を固定化して、俺にぶつけてきた。風だから目には見えない。……だが、一箇所だけだが固定化された風がある箇所は分かっている。あいつの右横だ」


 バレてしまわないように小声で伝えると、ビーンは風を確認し頷いた。


「……どうする? 俺たち二人じゃ、あいつに触れる事すらできない気がするぜ?」

「考えはある。風を固定化してあいつはその上に乗っているのだから、恐らく俺たちも風には乗れるだろう。なんとか風をこちらに飛ばさせて、踏み台にして近づく。どうだ?」

「風を飛ばさせるのが一番難しそうだな。だけど俺は頭が悪い。お前の作戦に頼るぜ!」


 やはり他人に頼られるというのは、どこか嬉しいものがある。だが今の状況は生命を賭けた戦い。浮かれてる場合ではない。


「ああ、頼られた」

「で、どうやって風に乗るんだ?」

「このまま突っ込む。これ以外無いだろ?」


 そうニヤリと笑いながら小声で伝えると、ビーンは頷き笑った。


「ヘッ、確かにそうだな! 行くぞ!」

「ああ!」


 できるだけ敵には作戦を悟られないようにするためには、表情にメリハリをつける必要がある。ビーンは普通に暮らしていても表情豊かだし、問題はない。だが俺は問題だ。処刑人として生きていくには表に出す感情を抑えなければならず、それに慣れてしまった。


「いかにも焦っている表情を……!」


 自分に言い聞かせるように呟き、歯を食いしばる。眉をしかめ、目に力を入れた。

 どうだ? これはなかなかの演技なんじゃないか?


「何か分からんがくらえ!」


 長髪の男は俺たち二人の、まるで操り人形のように動いてくれた。稲妻を俺とビーンの前に放ち、いつ風が来るか分かるようにする。


「来た!」

「よっしゃ!」


 俺たち二人はほぼ同時に固定化した風に乗り、一気に踏み込み飛んだ。風の影響があるからなのか、人間とは思えない跳躍力を発揮した。


「なにっ!?」


 長髪の男は俺たちの行動に驚いたようで、瞬時に対応できなかった……はずだった。


「……なんてな」

「……がっ!?」


 どこかに隠されていた風が、俺の胴体に直撃した。吹き飛んでいく途中、ビーンも攻撃を受けていたのが見えた。男が後ろに手を回していたのも確認できる。


「そうか……! 自分の後ろにあらかじめ固定化した風を隠しておく事で、俺たちを油断させていたというわけか! ぐっ……!」


 地面に転がり込む。染み込んでいた雨が服に付き、うっとおしい。


「チッ! 失敗かよ!」


 ビーンは無事着地したが、口から血を流していた。このままでは非常にまずい。


「つまらん奴らだったな。消えろ、我ら『王』の邪魔をする者は」


 よく見えないが、恐らく男は固定化した風を俺たちに向かって飛ばそうとしている。

 これで、終わるのか?



「……諦めるな!」


 どこからともなく聞こえたその男の声と同時に、長髪の男の腹に針が刺さった。


「バカな……こんなスピードで、針を……!?」

「悪いけどあんたの仲間、撃退してもらったから」


 シャイニーは倒れる男を哀れみの目で見つめながら言い放った。


「フッ。流石、地獄の力を手に入れた選ばれし者達だ。私も含むがな」


 エイモナは幸せに浸っている。その横でワインドは笑みを浮かべていた。


「シャイニーの針をエイモナが飛ばして、それを俺が風で加速させたってわけだ」

「なるほど……それにしても、他の敵を全員倒すなんて、すごいな」


 そう褒めると、ワインドは顔を赤くしながら頭を掻き始めた。


「なんか、褒められるって照れるな……」

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