第10話 創造の白 その9

「グハアッ!!」


 俺は情けなく痛みによる叫びを上げ、公園の花壇まで吹っ飛ばされた。俺の下敷きになった花達は、どこか物悲しく感じた。


「あなたは……大丈夫ですか?」

「お前ももうボロボロだろ……早く、逃げろよ……!」


 頭から血を流し、息も荒くなっているロプトに気を使う。

 こいつが敵にさらわれたりでもしたら大損害だ。他の色も持っているだろうし、あのよくわからない鉄の塊も、あいつらに利用されたら残った仲間達には勝ち目はないだろう。


「いいえ、ここで退くわけにはいきません。戦争を、止めるんです……!」

「なんだってそこまで戦争を止める事にこだわってんだ? いや、今聞いても仕方ないな。なんとかこの状況を……」


 力無く立ち上がる俺に、ピンクの大男はじわじわと近づいてくる。迎撃体勢をとる俺に全く警戒はせず、余裕の笑みを浮かべていた。


「うおおおお!!」


 しかしその声と同時に、突然大男へと斧が振り下ろされた。大男は軽々と後ろへ飛んで避けたが、斧を持った仲間はとても頼もしく見えた。


「アベル……!」

「大丈夫か? 俺達と同じ色のこいつは俺が相手になる。お前は……あのおっさん、頼めるか?」

「……ああ、任せとけ!」


 やっぱり俺は、新しくできた仲間に弱いのか。それとも、こんな状況でできた仲間を信頼するのは当然なのだろうか。どちらも仲間を信じているから、どちらでもいい気がする。


「……う、んん?」


 振り向くと、先ほど黄緑色の男に飲み込まれた女の子が意識を取り戻していた。無事だった事を内心ほっとしている暇もなく、灰色の男は俺に向かってナイフを投げてきた。


「うおっと!」


 寸前で弾いたが、このまま戦うとなると女の子に被害が及んでしまう。放っておくにしてもまた人質にされるかもしれない。ここは……


「ごめん。俺と一緒に来てくれよ」


 女の子を右手で抱き上げ、左手で掴んだロッドで氷の道を作り、そこを滑った。普通に走るよりもかなり速い。どんどん公園から離れていく。



「……こんな状況だけどさ、君の名前なに?」


 脇でロッドを挟み、両手でお姫様抱っこをしながら問う。まだ十歳くらいみたいだし、こんな風に抱っこしても問題はない、よな。


「名前……? レイ、だよ」

「そうか、お母さんに名付けてもらったのか?」

「……答えたくない」


 俺は黙った。きっと何か事情があるんだろう。俺は昔っから兵士として体を鍛え上げてきたが、この子はただの女の子だ。俺はこの子の気持ちを理解できないだろうな。


「レイ。いい名前だと思うぞ?」


 そう褒めと慰めが混じった言葉を渡す。ふとレイの体を見ると、あちこちにアザが出来ていた。足や頭はまだしも、首にさえ傷跡がある。特に手首が青くなっており、相当な衝撃を受けたのだろう。


「なあ、結構な傷があるみたいだが……何かあったのか?」

「……言いたくない」


 レイはそう言いながら俺の胸の方に頭を向けた。前を向いた方が、色んな景色を見られて飽きないとは思うが、今はそんな状況ではないな。


「あいつ、まだ追ってきてるのか……」


 背後から迫ってきている灰色の男は、足に車輪を装備して走っている。何も知らない人が見るとあまりのダサい姿に笑ってしまいそうだ。


「……こっちです、こっちです!」


 突然、ポケットから声が聞こえる。これは今朝渡された通信機とかいうものだったか。こいつから聞こえた声はロプトの声だ。


「恐らく、この先に敵の研究室があるはずです」

「なぜそんな事がわかる?」

「さっきまで地形センサーで色々と調べていたんですよ。そうしたら見つけたんです、灰色の力で作られていた扉を」

「ああそうか、わかった。その部屋を人質にする事だってできる可能性があるわけだな。道案内してくれ」

「はい。ただこちらも戦っている最中ですので……突然僕の声が聞こえなくなるかもしれないという事は、わかっていてください」


 住宅街の道のど真ん中を走る。俺はロプトの声に従う形で走り、氷で滑っていくが、突然周りの動きが遅くなった。何かの攻撃を受けたのかと思い意識を集中させると、さらに周りの動きが遅くなる。だが自分と自分が作り出した氷だけは通常の速度で動いている。


「な、何故だ……?」


 数秒間困惑していたが、気づいた時には元通りの感覚に戻っていた。


「……どういう事だ? くそっ、ただでさえ色んな事が起こりすぎているっていうのに……!」


 もう深く考えるのはやめる事にした。スピードを落とし、さっきまでと同じように滑る。


「ここを右です!」


 ロプトの指示通り路地裏へと入っていった。


「その扉の向こうです」


 着いたのは鉄でできている、地面に取り付けられた扉だった。サイズは小さく、大人一人がやっと通れるくらいの大きさだ。


「さあ、はや……」


 次の瞬間、通信機は頭にナイフを突き立てられ、小さく爆発した。ナイフが飛んできた方向を確認すると、男がこちらを鬼の形相で睨んでいた。


「……っ! レイ! 早くこの中に!」

「えっ……」


 瞬時に扉を持ち上げ、中も確認せずにレイを放り込む。直後に、俺の脇腹と肩にナイフが刺さった。


「ガはっ……!」


 一瞬だけ体が言う事を聞かなくなったが、即座に氷の壁を生成した。すぐに壊されるだろうが、ここを凌ぐにはこれしかない。


「今のうちに……」


 扉を再び持ち上げ、ふらつく体をその向こうへと傾かせた。暗いその空間に飛び込むと、冷たい床に不時着する。


「痛ぇ……!」

「大丈夫?」


 レイは俺が落ちた場所のすぐそこで待っていたらしく、心配の声をかけてくれた。


「ああ、大丈夫だ。だがいつあの男が襲ってきてもおかしくは無い。……奥まで逃げて、ロプト達が来るまで粘るぞ」


 再びレイをお姫様抱っこし、氷の道を作った。氷の練度を上げるとよく滑る事ができるが、あの男にいつでも対抗できるようにある程度出力を抑える。


「怪我してるじゃん……!」

「ん? このくらい……俺は平気だ……。それより、レイの怪我の方が心配なんだがな、俺は」


 俺はレイの首を見つめる。そこには間違いなく、大人の手で締め付けられた跡があった。


「なあ、話してくれないか? お前が、なんでこんなに傷ついているのか」

「……パパと、ママ達に殴られたり、蹴られたりした、から」


 案外早く答えてくれたが、その時の顔は今にも泣き叫びそうな顔だった。優しくレイの頭を撫で、慰める。


「これが終わったら、俺達と一緒に来いよ。仲間として……迎え入れてやる」


 そう提案した直後、後ろから氷が砕ける音が響き、誰かが通路に着地した足音も聞こえた。


「くっ……一秒でもいいから時間稼ぎしてやる!」


 氷の壁を次々に生成する。純度が低く脆い氷だが、そうでもしないと早く滑る事はできない。


「いいかレイ、俺の体から絶対に手を離すんじゃないぞ、いいな?」


 レイはコクリと頷き、「いい子だ」と一言だけ告げた。

 だが氷の壁が割れる音はどんどん近づいてきている。振り向いてはいけないという恐怖が、俺を包む。


「頼む……早く部屋に着いてくれ……!」


 そう神頼みをしてしまった直後、曲がり角を曲がると、すぐそこに扉があった。


「よし、開け!」


 思い切り押すとあっさりと扉は開き、勢い余って部屋の中へと倒れ込んだ。急いで体勢を立て直し、扉を閉める。


「こいつを氷で固めてっ……と」


 直後に扉を叩く音が聞こえたが、突破される気配は無い。ほんの少しだけ安心し、部屋を見渡す。


「何だかわからないな、この部屋」


 壁や床は無機質なグレーで染まっており、あちこちに俺にはよくわからない物体がある。気味の悪い黄緑色の液体が入ったガラス瓶や、赤色の光が点滅している分厚い鉄の箱。今までの人生でこんなものは見た事も聞いた事も無かったが、ロプトが創り出したモニターと同じようなものはあった。

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