第10話 創造の白 その6
少年の頭に思い切り突進した直後、またしても真っ白な空間に辿り着いた。
「よし……どこかに奴の意思、というか魂みたいなもんがあるはずだ」
ぐるっと周りを見渡すと、ちょうど背後に青色の魂がぽつんと浮いていた。
「ペスの体を動かしている時と同じ要領で……」
青い魂に触れる。俺もこれと同じような形に変化している事は、伸ばしている手で分かる。いや、手のように形を変えているだけだが。
「ぐ……こいつが放った水の塊を、こいつ自身にぶつけてやる……!」
案外上手く行ったようで、少年の視点は水の塊に向いている。どんどん近づいているという事は簡単に分かった。
「よし、このまま近づけて、こいつが水の塊の中に飲み込まれた瞬間、俺は飛び出して逃げてやる!」
我ながらかなりずる賢い戦法だが、俺達が生き残るためだ。許せ、少年。
だがそう簡単にはいかなかった。唐突に少年の魂が暴れだし、アベルは魂から離れざるをえなかった。
「くっ……! 一旦撤退するか」
引き際をわきまえる事が重要だ。それに、ずっとここにいたら何かやばい気がする。
「ぐあっ! 離れろぉ!」
白い空間から抜け出した直後、少年の叫び声が聞こえてきた。
俺の存在を探知できたのか? だが今はそれを気にしている場合では無い。今のうちにペスの体に帰らなくては。
「水よ! 還れ!」
そう少年が手のひらを水の塊に向けて声を荒らげると、瞬時に水は彼の手のひらに吸収された。
「よし、今だボブ! 象に乗ってあいつに突っ込め! 俺に考えがある」
ペスの体に戻った直後、早々に攻撃を提案した。するとボブは大きく頷き、軽やかにボビーの背に乗った。
「分かった。お前を信じる!」
一人と一匹は勢い良く走り出したが、内心申し訳ないと思ってしまった。考えと言っても、象の影から隠れて攻撃する、ただそれだけの案なのだから。
「何の考えもなしに突っ込んでくるとは……愚かだな」
今度は水の壁を少年は出現させた。ラウザーを使っていないのはやはり、『白』には種類があるという事だろう。と、走る象の後ろに隠れながら思う。
「この牙で、お前を貫いてやる!」
さらに象の走る速度は上がった。もうすぐで少年の作った壁へとたどり着く。
「無駄だ。この壁は象なんぞの一撃で壊れはしない」
「ああ確かに、お前の言うとおりだな。ボビーには無理だ。だが……来い! アベル!」
そう聞こえたと同時に、ボブの手が俺に差し伸べられていた。瞬時に彼の手を掴み、象の背中を思い切り蹴る。水の壁を超えるくらい飛び上がると、少年めがけて急降下した。
「恨むなよ!」
殺す勢いで斧を振り下ろす。一瞬の出来事だったが、首の付け根から腰までを切り裂いた事は分かった。
少年は血を吹きながら倒れ込み、痙攣した後はピクリとも動かなくなっていた。
「殺した……のか?」
ボブは早歩きで倒れた少年の元へ駆け寄ったが、一秒もしない内に目を背けた。
「こりゃもう死んでるな……」
「ああ、いい気分じゃあ無い」
少年の死体を視野に入れないように振り向く。ロプトの元へ戻り、この事を伝えなくては。
「大勢の人が死ぬ戦争を止めるために、少数の人が死ななきゃいけないのか……。ん?」
ボブが何気なくセンサーに目を向けると、モニタには黄緑色の点が自分達の後ろで点滅していた。
「後ろに誰かいるぞっ!」
二人は同時に振り向くが、そこには何も無かった。さっきまでそこにあった少年の死体までも。
「な……!? あいつの死体も、センサーの反応も消えた……どういう事だよ!?」
周りを見ても人っ子一人いない。もうすぐ朝だというのにおかしい。何故誰も家から出てこないんだ?
「とにかくロプトの所に戻るぞ……それで、いいよな?」
その言葉に俺は小さく頷いた。
*
「センサーに反応がありました。正面、黄緑色と灰色です」
公演の椅子でくつろいでいるっていうのに、なんでこう邪魔が入るんだ。まあ、この件に首を突っ込んだ俺が悪いんだが。
「貰うぞ、その命」
だが、実際に現れたのは灰色のあごひげを生やしたスキンヘッドの男だけだった。見た限りだと四十代のおっさん。
「……父さん?」
「あ? 父さんだ?」
確かにあの男はロプトの父親って言われても特に疑わない容姿だが……思いっきり殺しにかかって来てる目だ。
「注意してください。黄緑色の持ち主はなんらかの方法で透明化しているかと」
「……そうみたいだな。微かだが、足音が聞こえる」
足跡も確認したいところだが、いかんせん足音が小さすぎてどこから発せられているのかがわからない。
それに、敵はもう一人いるんだ。どちらか片方に集中してしまってはもう片方にやられる。ここをどう切り抜けるか……俺ならできるはずだ。
「……ロプト、お前は下がっていてくれ。センサーも必要無い」
「ですが……」
「俺はお前を信じる事にした。だからお前も……俺を信じてくれ」
そう言い聞かせるとロプトは公園の入口へと走っていった。
まあ、完全には信じていない。この状況の打開策を思いついたはいいが、ロプトも巻き込む恐れがあるからな。そのための言い訳だ。
「さあ、来いよ? 二人同時でもいいんだぜ」
ラウザーをロッドに変化させ地面に突き刺す。そこを中心に氷が広がった。
「ほら、氷を踏むと音が鳴るだろ? 見えない奴もどこから来るか、これで丸わかりってわけだ」
水色の能力は、ロッドが触れた箇所に氷を貼り付け、徐々に大きくしていく事もできるらしい。地面に氷を貼るなんて、楽な作業だ。
「……私一人でやる。手を出すな」
灰色の髪の男は独り言のように話したが、きっともう一人の仲間に向けて言ったのだろう。
「かなり、自信があるみたいだが?」
「当たり前だろ? 俺は違うんだよ、オッサン」
「そうか……」
小声で呟いた男は、唐突に内ポケットからダガーを取り出した。見た限りではジャマダハルのようだ。
「行くぞ」
親切に攻撃する事を予告してくれるのは嬉しいが、オッサンがトコトコ走るのは内心笑ってしまう。
「俺がこの棒だけしか使えないと思うなよ?」
俺は自分の腕にロッドを押し当て、氷を創り出した。あいつと同じ、ジャマダハルの形にする。
「どんな武器でも俺は氷で創り出せる。アンタの能力は知らないが、知る前に叩きのめしてやるよ」
こっちに向かってくる男は俺の思惑通り、地面に貼っていた氷を踏みつけた。その瞬間、氷は針のように尖り、男の身体を貫く……はずだった。
氷の針を男はギリギリで避けた。まるで、俺の戦略を分かっていたかのように。
「チッ…! なかなかやるじゃねえか……」
「褒め言葉なら……ありがたく受け取ろう。だがその威勢がいつまで続く?」
「……舐めやがって!」
もう一度ロッドを地面に突き刺し、今度は複数の氷柱を生み出す。
さっきのはあらかじめ仕込んでおいたトラップ。だが今から放つのは直接生み出した氷だ。威力は……もちろん高いはずだ。
「喰らえ……!」
五つの氷柱が男に向かって伸びる。次の瞬間、あっさり全ての氷柱が男に刺さった。
俺はこんなに早く終わるものなのかと戸惑ったが、その予感は見事的中した。男に気を取られているその隙に、背中に重い一撃を叩きつけられたのだ。
「ぐッ……!」
急いで体勢を立て直そうとするが、その間も透明な何者かの打撃をもろに受ける。骨は折れていなさそうだが、体の芯に響く感じだ。
「何故だ!? 貼った氷に足跡なんか、一つもできていないのに……!?」
「当たり前だ。奴は体を動植物に変化させる事ができる男……飛べる虫にでもなったのだろう」
俺の疑問に答えたのは、ついさっき氷柱を胴体に突き刺したはずの男だった。
「な……その体は!?」
破れた服の奥に見える、鉄の歯車や棒。ロプトが生み出したものとそっくりな形だ。
「よそ見をしている暇はあるのか?」
「なに……!? ガッ! や、やめろォー!」
俺が悲鳴を上げた瞬間、目の前に何かが倒れ込んだ。人間サイズのカメレオンだ。何かの羽のようなものもくっついているが。恐らく、今の今まで俺を攻撃していた奴だろう。
「な、なんで……俺の体が動かなく……!?」
カメレオンの姿のまま、男は自身の体が動かなくなった事に驚いていた。まんまと、俺の罠にハマったというわけだ。
「親切に教えてやるよ。俺はさっきジャマダハルを作るために腕にロッドを押し当てただろ? で、ロッドから生み出された氷は俺の意思で増大する。俺は少量の氷を少しづつ体に纏っていたんだ。つまり、お前は俺に攻撃するたび、自分の体に氷を付着させてしまっていたんだ……そして、氷で動きを制限されこう無様に倒れているというわけ、分かったか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます