第10話 創造の白 その5
俺達四人は三時間ほど使って目標の街へと辿り着いた。もう夕方、近くのホテルで一晩過ごす事に決めた。
外装が古そうで建物の規模も小さいホテルへと足を運んだ。ホテルのドアを開けると、壊れそうなくらいボロボロになっているカウンターと、そこに立つ老婆の姿があった。
「ん? まさか客が来るとはねえ。ちょっと待っててくださいね……」
そう言われると、十秒も経たないうちに部屋の鍵を渡された。
「今日の客はあんたらだけだよ。その鍵は全ての部屋の鍵を開ける事ができる。好きな部屋に泊まりな」
一番広い部屋にした。ベッドも多く、五つある。ボブは二つのベッドを一人で贅沢に使っている。
「センサーの反応は三つ……黄緑、青、灰。その三色の敵がこの街にいます」
化粧台の鏡に写る自分の姿を見つめながら、ロプトは静かに話す。
「黄緑は動植物を、青は水を操ります。そして灰は……僕と同じような力を持っています。気をつけてくださいね」
相変わらず無気力な奴だ。まあ、感情的になられたらそれはそれで困りそうだが。
「あちらも僕達の気配に気づいている可能性があります。あらかじめこの部屋の周囲にセンサーを張り巡らせ、他の色を感知すると爆音が鳴り響くようにしておきます」
そう話しながら彼は一切の無駄が無い動きで準備を進めている。窓から見える太陽は、部屋をオレンジ色に染めていた。
「……一般人は助けるが、俺はお前を助けるつもりは無い」
フロウスロプトに向かって話しかけていたが、彼は気にする事なく体を動かしていた。ラウザーから生み出された鉄の箱を置き、ロプトは言葉を返す。
「好きにしてください」
その一言を聞いてフロウスは嫌そうな顔をしていたが、何も返す言葉は無かったようで、黙ってベッドに転がり込んだ。
「んで、明日の朝になったらどうするんだ? またセンサーを使って敵を探すのか?」
ボブはベッドに横たわり、天井を見つめながらロプトに問いかける。俺も同じように天井に顔を向けたが、気分が変わる事は無かった。
「そうですね。拠点に待機しているあの人達のために主要センサーは置いてきましたが、持ち歩ける小型センサーなら、ここにあります。周囲50メートル程度なので、あまり期待はしないでくださいよ? れと、これは通信機の役割も果たせます」
「はいはい、俺は今のうちに寝ておくぞ……朝早く起きるためにな……」
急に静かになった。街の人々の小さい声と、左のベッドで寝ているボブの鼻息だけが、俺の耳の中に入ってくる。こう何もないと、だんだん眠くなって……
「アベルさん、起きてください」
無機質な声が俺の目を開ける。センサーに反応したのかと体を起こしたが、窓からは眩しい陽射しが差し込んでいた。
「ああ……かなり眠ってたみたいだな」
「他の二人はもう起きていますよ? 早く準備してください」
ペスの体に乗り移って初めて眠ったが、寝ている間の時間が無いようでもあった。やっぱり、不気味と言えば不気味だな。
「ではアベルさんとボブさんであちら、南へ進んでください。携帯型センサーはいくらでも作れるので、一つ渡しておきます」
「ああ、死なない程度に痛めつけてやるよ」
俺達は朝食を済ませてから二手に分かれた。何の変哲もないこの街に敵がいるとは思えないが、それはただの主観的意見に過ぎない。
「アベル!」
象に乗ったボブに手を差し伸べられる。象の体長は三メートルほどあり、上に乗るには鞍を掴む必要がある。だがペスの体は俺の体と比べて小さく、ボブの手助けが必要だった。
「悪いなボブ。早くペスの体に慣れないといけないな……」
そう呟いた直後、「ごめんね」と頭の中でペスが囁いた。
いや、別にいい。そもそもこうなったのは色の力を求めた俺のせいだ。ペスが謝ることじゃない。
そう心の中に語りかけると、「ありがとう」と一言だけ告げられた。
「よし行くぞ!」
ボブが鞭でペチペチと優しく叩くと、ゆっくりだが象は歩き始めた。
「このくらいのスピードで大丈夫か?」
「ボブ……俺達を心配してくれてるのか?」
そう問うと、ボブは鼻の下をさすりながら答えた。
「質問を質問で返すなよ~! ……ま、ゆっくり慣れてくれ。俺が困った奴を放っておけない、おせっかいな人間だってお前ら理解ってるだろ?」
「……ああ、そうだったな。ありがとう」
一言礼を言ったと同時に、センサーが反応する。さっきまで黒色だったモニタに青色の点が点滅し、こちらに近づいてきていた。
「どうやら休める時間は……無いみたいだな」
建物の影から歩いてきたのは、青色の髪をした少年だった。外見は俺達より少し年下のようだが、全く表情を変えず、真顔のまま近づいてくる。
「……何だ何か用あんのかよ~?」
ボブは迫真の棒読み演技を繰り出した。これはさすがにバレるだろう。少年の外見は至って普通。紺色のシャツに、灰色のズボンを履いている。
「いや……人違いだったみたい」
安堵する。初めて他の色の相手をするんだ。緊張しないはずがない。
「ところでさー、後ろに乗ってるそこの人、色の力持ってるよね?」
「な、なんでその事を!? ……しまった!」
俺が反応するより先に、ボブが口走ってしまった。
「質問を質問で返すな……でしょ?」
次の瞬間、少年の手のひらから水が飛び出した。俺に向かって放たれたそれをギリギリで頭を傾ける事で避ける。
「今すぐ走れ!」
ボブは象の腰を思い切り鞭で叩く。象は意外と足が速い。普通の人間ならば追いつけないだろう。だが、あいつも色の力を持っている。何を仕掛けてくるかわからない。
「あいつは……!?」
振り向くと、少年はまるで地面を滑るかのようにして迫っていた。彼の足元をよく見ると水が流れている。まるで川に流れている木の葉のようだ。
「逃がさないよ」
水がナイフのように変化し、五つ同時に投げつけてきた。
「くっ……!」
座りながらの体勢、そして象から落ちる可能性もある。ここは避けずに、この斧で防ぐしかない。
「一つ! ……二つ、三つ!」
順調に水を弾いたが、四つ目は三つ目の後ろに隠れていたため、斧が間に合わなかった。
「がっ……! 痛ぇ……」
ペスの体だったが、俺も痛みを感じてしまっている。やはり感覚を共有するというのは楽でもあり苦でもある。
「これで終わりだ」
無機質な声が聞こえた直後、目の前に水が迫っていた。諦めかけたその瞬間、ボブの鞭でそれは弾かれる。
「これは……逃げるより真正面から戦った方が良さそうだな。まだ早朝、人も少ない。……大丈夫か?」
「ああ……ありがとな」
申し訳程度の礼をボブに告げる。水の流れを止めた少年は、またしても手のひらに水を生み出し、こちらを向いて構えていた。
「必ず潰す……。我らが王のために……!」
「王? いったい何の事だ?」
「お前達に話す必要など無い。散れ」
そう言い放たれた瞬間、今までとは比べ物にならないほど大きな水の塊を少年は生み出した。
「さっきまでは水を極限まで細くする事で貫こうとしたけど……面倒だから、これで一気に溺死させてやる」
まずい。俺の武器は斧だけで、投げようにも距離がありすぎる。確か俺の能力は……そうだ、相手の中に入り込む能力だったな。だが、それでいったい何ができるっていうんだ……。ああもう考えるのはめんどくさい! とにかくあいつの中に入り込んでなんとかしてやる!
「よし……ペスの体から、抜け出す……!」
昨日やった時と同じように抜け出せたが……。そういえばビーンの中に入った時は試して無い事があったな。できるかわからないが、ペスの体を操っている時と同じ感覚でやってやるか。
「ボブ、少しの間だけでいい。あいつの気を引いてくれ」
小声でボブにそう伝えると、彼は小さく頷き、少年に向かって話しかけた。
「まさか、本当にそれをこっちに投げつけるつもりじゃあないよな? お前はアベルの能力をまだ理解していない……もしかしてもしかすると、それを弾き返されるかもしれないんだぜ?」
「……確かにそうだな。もう少し警戒はしておくべきだ」
かかった! 今のあいつは隙だらけだ! あいつの中に入り込んでやる!
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