第8話 支配者への反逆 その4

「……おいキリ、勝手に先行してんじゃねえぞ。ま、おかげでこのガキを人質に取れたがな」


 遥か上空から飛んできたカブトのゴブリンが今にも崩れそうな建物の柱に座った。その腕は気を失っているヘルを抱えている。

 ヘルはゴブリンの仲間だと思っていたが、俺の勘違いだったか……?


「人質を取るなんて、とんだゲスだな……?」


 フウガが一歩前に出る。彼が近くにあった木の棒を投げると、カブトが座っている柱に当たった。すると瞬く間に建物は崩れ、一瞬の隙が出来た。


「よっしゃ、今だな!」


 真隣にいたビーンが走り出し、崩れゆく建物の砂煙の中に消えた。


「カブト!」


 キリがカブトの事を心配したのか砂煙の方を向くが、その隙をシャイニーが突く。次の瞬間にはキリの肩に針が刺さっていた。


「あんたの血、頂くよ……!」

「ぐっ……! があっ……!」


 よし、これなら二人を片付けられるが……あの蜂のゴブリン、ミーナとか言ったか? キリも存在を仄めかしていた。あいつはどこに隠れているかわからない。一応、警戒はしておくか……。


「……ぬおおおおおお!!」


 砂煙の中からビーンがヘルを抱え飛び出してきた。幸い二人に怪我はないようだ。


「あいつ、簡単にヘルを離しやがった。これで心おきなく戦えるぜ!」


 倒壊した建物を見つめる。あのゴブリンの力は未知数だ。どんな攻撃をしてくるかわからない。もちろんミーナの事も警戒し、意識を集中させる。


 ───ガラッ……。


 瓦礫が動く音が聞こえ、俺達は防御の姿勢をとったが、カブトはシャイニーに攻撃を仕掛けていた。衝撃波が微かに見える。


「あっぶなっ!?」


 ギリギリの所でシャイニーはジャンプして避けていた。しかし、避けた先には俺がいるんだ!


「うぉっ!」


 ボビーの上で体を左に傾ける。幸いにも手首から肘にかけて少しの切り傷ができただけで済んだ。


「キリ、ここは一旦引くぞ。フライが殺されて怒ってるのはわかるが、本来の目的を見失ったら駄目だ」

「く……くそっ!」


 小さくなっていく二人の声。やっぱり、キリが可哀想に思えてくる。できれば……平和的な解決をしたいんだがな……。



 *



 そして、今に至る。


 僕達二人を見つけ笑顔になっているショオは、間髪入れず質問を投げかけてきた。


「ショアは大丈夫か? 怪我とかは……してないか?」


 あのカブトってゴブリンに結構痛めつけられてたけど……しかも、あんなやり方で。

 脳裏にコロッセオでの出来事が浮かんでくる。確か、ショオの声を真似てショアを罵ってたんだよな。悪趣味だ……。


「ちょっと怪我はしちまったが、今はもう大丈夫だ。まだ起きてると思う、驚かしてやろうぜ。サプライズだ」



 気づかれないように静かに玄関を開け、数歩歩いたいた所にある、ショアの声が聞こえるドアの前に立つ。


「よ~し、俺が一気に扉を開けてやる……」


 ショオの手を見るとドアノブを強く握りしめている。やっぱり弟との再開は嬉しいのかな。


「せーの!」


 掛け声と共に開く扉。ショオは同時に唖然としたショアに飛び込んだ。


「ショア~! 探したんだぜ~、お前も寂しかっただろう? 森は動物や植物達みんなに任せて気たから安心してくれ!」


 ショオはショアの肩に手を回し強く抱きついている。頭も撫で始めていた。


「わっ! 力強いからやめてよぉ、お兄ちゃん……!」


 口ではそんな事を言っているが、顔は笑顔になっている。ショアも再開できて嬉しいんだな……。

 それからショオは弟について熱く語り始めた。



「ショアは俺の自慢の弟だ。外見は言わずもがな、性格も天使の様に心優しいんだ。なぁ~?」


 と言ってショアに頬を擦り付けたり。


「生まれて初めて走った時の動きが……もう可愛くて可愛くてな! 今は身長も伸びてるが、あの時は今の半分も無かったくらいだったからな……」

「俺でさえ親密な関係になれなかった湖のクロコダイルとも仲良くなったんだよ! おかげで、それからは俺はクロコダイルとも家族になれた。感謝してるんだぞ~?」


 ……それくらいしか覚えていない。気がつけば外は真っ暗でだった。周りを見るとビーンはぐっすりと眠っていて、ボルガもうとうとしている。


「……なるほどなあ。んで、お前らの両親ってどんな奴なんだ? 生物を操るなんて、ただものじゃないだろ」


 カイザの質問を聞いた瞬間、ショオの顔から笑顔が消えた。


「……俺の両親は、殺した。この手でな」


 唐突に部屋の空気が重たくなる。そう感じているだけで実際には何も変わっていないんだろうけど、ショオからは妙な圧迫感と悲壮感も感じられる。


「俺のせいで……ってどういう事だ? 俺は興味あるんだぜ」


 カイザに応えショオは小さく頷いた後、隣に座っている不安そうな目をしたショアを見つめる。


「……ショアにも話すいい機会だな。お前を悲しませるかもしれないが、そうなったら謝る」


 ごくんと唾を飲み込む。ショオは深く深呼吸をし、淡々と語り始めた。


「……俺達、森に住んでいるショーの一族は人間と動物、虫から成っていた。大昔に人間が動物と交わり、子を作った事から始まったらしい。知能の人間と身体能力の動物、体の小さい虫。それぞれが交わっていって、様々な生物が生まれた」


 他の動物や虫と交わるだって? 僕には……そんな趣味はないな。


「そしてショーの一族は森の中で栄えていったが、動物と人間のハーフである俺が生まれ成長した途端、一族の人間関係は破錠したた。……何故だか、聞きたいか?」


 僕とカイザは無言で頷き、ショアはぎゅっとショオの腕を握りしめた。


「……俺は────」


 するとショオの言葉をかき消すように轟音が鳴り響く。きっと建物が崩れた音だ。部屋にいた他の仲間達も目を覚ましている。


「どうやら、話すのは後になりそうだ」


 真っ先に部屋から出ていくショオ。僕も気になるけど、しょうがないか。



 僕とショオ、ショアにボルガ、ボブ、ビーン、シャイニーとヘルの八人は急ぎ足で外へと飛び出る。カイザは幽霊の鎖に縛られているため、同行はできなかった。レイはそんな彼の近くから離れようとはしていない。


「みんな大丈夫!?」


 家から出た直後にエルナが僕達の安否を確認してきた。全員が無事である事を確認すると安堵のため息を漏らし、倒壊した向かいの建物を見つめる。


「もしかしてロプトが言ってた、ロストの力を扱いながら『ドミネーション』に属している二人……?」


 空に浮かぶ月に二人の人影が映る。あれは……!


「しゅっ。我々に危険を及ぼす可能性のある白がいるという情報を掴みました。……ここに、いますよね?」

『ムサシ!』


 フィシュナのラウザーにムサシカプセルがセットされ、彼女の両手に刀が創造された。


「僕達に渡してくれない?」


 フィシュナとファランの二人がこちらに刃を向け脅してくるが、エルナは怯まず一歩前へと進んでいた。


「ハクガ達を隠す事はできないみたいだね……ほんとに『憂鬱』な気持ちになる……! 私はもう戦いたくないのに!」


 エルナの腕が鋭い刃の形に変化しフィシュナに切りかかったが、簡単に刀で止められてしまった。


「あなたの剣撃は人を殺そうとしていない。その程度の覚悟じゃ、私を倒せませ……っ!?」


 エルナの背後からフルルが飛びだし、黒いオーラを纏った鎌で大ぶりの攻撃を仕掛けようとする。フィシュナは不意を突かれたようで隙が出来ていた。


「させるかっ!」


 だがファランの矢が鎌の刃の部分に直撃し妨害され、エルナも後ろへ下がった。


「この二人はフルルと私が一緒に引きつけるから……みんなは、もう二人の方に注意して」

「はぁっ!? もう二人? まだいるのかよッ!」


 ビーンが驚くのも当然。それに今はアベルもいない。すぐ近くに頼れる人がいないというのは、とても心細い。



「……私の気配に気づくとは、なかなかの女だ。敵なのが惜しい所だが。……私の名は、ステーシ」


 路地裏から現れるスキンヘッドの男。顎髭が灰色だ。今まで対峙した人間の中で、一番威圧感がある。ステーシ……確か僕が読んでいた哲学書『平行世界の可能性』を書いた人物か? 二年半前に失踪したらしいのに。


「父さん……?」


 フルルがステーシを見て呟く。どういう事だ? この男がロプトの父なのか? でも何故敵に……?



「もう二人つっても、俺はその三人の仲間じゃあないけどな!」


 聞き覚えのある声。エルナの家の上に座っているのは……!?


「マ、マグー……!? なんで……!?」


 ヘルの弱弱しい声が響く。月夜に照らされているそのゴブリンはマグーだった。黄緑色の肌と髪。赤い服の上に黒いマントも羽織っている。マグーは確か、ヘルの親友のゴブリンだった……ゴブリンを調理しようと企んでいたあの料理店に捕まっていた被害者なのに、何故。


「ごめんな、ヘル。お前の命は取っといてやるよ」

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