第8話 支配者への反逆 その3

 ゆっくりとまぶたを開ける。木製の天井が見え、直後にエルナの可憐な顔が右から現れた。


「あ、やっと起きた……もう夜だよ?」


 窓から外の様子を見ると、星空が輝いていた。結構寝てたな……。


「びっくりしたよ、急に気を失うから。そしたら今度はメリーがアランを殴ろうとしてて……なんとか止めたんだけど、急な事だったから加減できなくてメリーも気絶させちゃった……謝らないと、ね」


 エルナの近くの布団にはメリーが眠っている。メリーを止めてしかも気絶まで追い込むなんて、この人が敵でなくて本当に良かった。


「お~い、ちょっと入っていいっすか?」


 男の声がドアの向こうから聞こえてきた。この声はボブだな。


「あっいいよ、入って」

「いや~疲れた。四人、ちゃんと助けてきましたよ」


 ボブは息を荒くしていた。何かあったのか?


「あ~ありがとう! 怪我とかは無かった?」

「四人には無かったですけど、俺は腕を怪我しちまったんすよ」


 ボブは服をめくると、手首から肘にかけての細い切り傷をエルナに見せた。


「痛そうだね……じゃあ、アランの横に座って」

「お、起きてたか。急にぶっ倒れるとか、無理すんなよ?」


 横になっている僕の頭をボブは撫でる。エルナの手と違って、妙にゴツゴツしている。


「今治してあげるから」


 エルナの腕の肉が伸び、ボブの傷口を埋めるように同化していった。だが二人の肌の色は違うため、目立ってしまっている。


「こんなすぐに治るものなんだなぁ……」

「このくらいはどうってことないよ。……ボルガの左腕も治せたし、今から私はアベルの体を作るから、二人を見守っててね」


 そう言うとエルナはドアを開け、隣の部屋に入った。足音でわかる。



「ん? ボビーが呼んでるな?」


 僕には聞こえていなかったが、ボブには聞こえているらしい。象の声は大きいものなんじゃないか?


「一緒に行くぞ」

「え?あ、うん……」



 起きたばかりだからあまり気が乗らなかったが、少し気になる。窓を開け月明かりを頼りにボビーの元へ歩くと、ボビーの鼻を触る人影が見えた。


「誰だ、あんた?」

「ん? その声は……!」


 人影は僕達二人に歩いてくると、ちょうど頭部が見える位置で止まった。 鼻にかかるほど長い、黄緑色の前髪。花柄のマフラーも。


「あっ、アランとボブじゃねえか!」


 人影の正体、それは『色欲』の黄緑色を持つショオだった。



 *



 数時間前────


「おかしいな、あの野次馬……? なんで俺たちが来た途端に集まったんだ?」


 小声でそう呟きながら、走って行ったヘル達の後を追う。ボビーはさっきの戦いで疲れているようだったが、それでもなお俺を運んでくれる。


「ごめんな、ボビー。無理させちまって」


 ボビーの頭を撫でると、尻尾と鼻が少し揺れた。


「そこの人達~? 何があったんだい?」



 率先してビーンが事情を聞きに行っている。人ごみに混じって少し経ったころ、彼は戻ってきた。


「……人が死んでる。しかも鎌で切られてるみたいだった。これは……」


 ビーンが話している最中に悲鳴が聞こえ、人ごみがこちらに押し寄せてくる。


「まさかあのゴブリンか?」


 コロッセオで現れたらしいカマキリのゴブリン。鎌と聞いて最初に思い浮かんだのはあいつだ。一瞬だけフルルも疑ったが、あいつは俺達とずっと一緒にいた。フルルには無理だ。


「……どこだ! どこにお姉ちゃんを殺した奴がいる!?」


 俺が思った通り、カマキリのゴブリンが腕を振り回しながら暴れ始めた。幸いにも他に死者は出ていないようで、血が少しだけ地面に染みていた。


「あいつを何とかして止めるぞ。……できれば、殺さずにな」


 あのゴブリンは姉を殺されている。俺も、少しあいつの気持ちが分かる気がする。弟が人間として死んだも同然だからな……。


「っ!? お前ら、あの緑の奴、どこだ!」


 俺達に気づいたゴブリンは鎌を向けながら大声で叫ぶ。あいつの姉を殺したメリーって女の子を狙ってるんだろうが……。


「ここを通すわけには、いかないな」


 人差し指で彼を指す。死人を出すわけにはいかない。


「あれ……? ヘルの奴どこ行った?」


 ビーンの発言で初めて気がついた。ヘルがいない。さっきの人ごみに紛れて逃げたのか? それとも誰かに連れ去られ……まさか!


「……おい、他のゴブリンはどこにいる? まさかとは思うが、そいつらがヘルを連れ去ったんじゃないのか?」

「え? あ、ああそうだよ! カブトとミーナに頼んで、人質にとったんだよ!」


 ……やけに慌ててやがる。さっきまでの態度とは大違いだ。


「……みんな、よく聞いてくれ。これは俺の勝手な推測だが……」



 すると話を遮るかのように、俺達の前に三人の子供が現れた。


「ガガガ牙ーズ、参上!」


 な、なんだって……?


「ライガ!」

「……フウガ」

「ハクガ~!」


 それぞれ三人が名前を言い終わると、真ん中の黄色い髪をした少年が一歩前へ進んだ。彼の服はボロボロで、ほつれが目立ってむず痒い。


「三人揃って、ガガガ牙ーズだっ!」


 ただの子供がこんな事に頭を突っ込むのは危険だ。早く保護しなければならないな……。


「なんだか知らないけど、お前ら子供は下がってろって、あいつ一人くらい、俺だけでも十分だ」


 ビーンが子供たちの間を通り抜けてバイザーを構える。だがその直後、子供たちが急に走り出した。飛び散った砂利がボビーの足に食い込む。象だから良かったが、人間に当たったら血が吹き出す威力だ……。


「二人共! この近くにもエルナと同じような力を持ってる人がいるみたい。これは……風?」


 三人の中で一番身長が高い、白い短髪の少年が緑のオーラを指先から出して他の二人を包み込んでいる。


「おぉ……メリーとまではいかないが、なかなかのスピードだな」


 見とれているビーンの背中をシャイニーが叩く。


「ほら、あんたもボケっとしてないでよ! あの三人だけじゃあ、ゴブリンを倒す事は多分できないよ」


 ライガ、フウガの二人は落ちていた木の棒を拾い、キリにそれを叩きつけていた。ハクガは動きの速い二人に何とかオーラを合わせている。


「だぁっ! 俺達の力、思い知ったか!」


 あの白い髪の子供が使ってる力はなんだ……? ロストとは違うみたいだが……。

 だが次の瞬間、ライガとフウガを纏っていたオーラは唐突に消えた。


「なっ!? 消してんじゃねえよ!」

「……クソッ!」


 二人はその隙を突かれ、キリに吹き飛ばされてしまった。


「距離が遠くなったか……。流石に『共有の白』にも限界があるからしょうがない」


 そう呟くハクガにキリが迫る。


「今だ!」


 死んだ。そう思っていたが、突如現れたもう一人の少年が、キリの攻撃を剣で防いでいた。


「全くお前らは……詰めが甘いな」


 その少年は水色のボサボサした髪をしていて、右手にヒビが大きく割れた木刀を握っている。


「ヒョ、ヒョウガ!」

「こいつらの茶番に付き合わせてしまって、すいませんね……ちょっと協力してもらえますか?」


 ヒョウガと呼ばれるその少年は、キリの攻撃を防ぎながらこちらに目線を向けている。


「ちょっとどいてくれないかなっ……!」


 キリの腹部に蹴りを入れ、その隙に俺達の近くに飛び移る。この子供、ロストの力を持ってないにも関わらずこの身体能力か……。


「おいヒョウガ! 俺達の獲物を横取りすんなよ~! せめてガガガ牙ーズに入ってから横取りしろ!」


 ライガはヒョウガの頭をぽこぽこと叩いているが、ライガ以外の全員が何かの気配を感じた。

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